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ダンジョンリノベーション 〜無能と蔑まれ追放された最強保全士、奈落の底で極上の家を造り、魔物たちと快適スローライフを始める〜  作者: 早野 茂
第2章:魔物たちのビフォーアフター

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第26話:未来を前提とした設計と、図面上の余白

ダンジョン・コアの歪みが解消され、迷宮の心臓部から正常な魔力の血流が戻ってから数日。

地下迷宮の拠点は、かつてないほどの穏やかな「静寂」と「調和」に包まれていた。

それは完全な無音ではない。

生活を支えるインフラたちが奏でる、極上の和音オーケストラに満ちた静けさだった。

壁の向こう側からは、ズン、ズン、という温水パイプの力強い脈動が、まるで安らかな心音のように響いてくる。

精霊たちが生み出す完璧な適温の空気が、シューッという微かな風切り音を立てて換気ダクトから居住区画へと流れ込み、春の陽だまりのような暖かさで空間を満たしている。

水回りではクリスタルスライムが純水を磨き上げるキュッ、キュッという薄く優しい音が絶え間なく続いている。

そして少し離れた岩室からは、アラクネの少女アリアが専用の機織り機で銀糸を紡ぐ、カタ、トン、という心地よいリズムが、メトロノームのように正確に刻まれていた。

入り口の防音室では、ワーウルフがアリアの織った柔らかな銀布のクッションに顔を埋め、何の警戒もせずに深い寝息を立てている。

生存のための張り詰めた緊張感は、ここにはもう一欠片も残っていない。

温度、湿度、水、空気。

すべてが『一度のブレも許さず』に維持されている。

世界から追放された保全士と、居場所を失った魔族の少女が作り上げたこの空間は、今や迷宮の脅威を完全に退け、絶対的な安心を約束する「家」として完成していた。

琥珀色のハーブティーが注がれた木彫りのカップから、ふわりと湯気が立ち上る。

「お疲れ様、リアン。少し休憩にしない?」

セレスが作業台の傍らにカップを置くと、リアンは木炭ペンを走らせていた手を止め、小さく息を吐いて背伸びをした。

「ああ、ありがとう。ちょうどキリがいいところだった」

リアンが喉を潤す間、セレスは彼の隣に立ち机の上に広げられた巨大な防水羊皮紙を覗き込んだ。

そこには現在の居住区画を中心にして、四方へと広がる緻密な線と図形が描かれている。

「新しい配管のルート図?いえ……これは、間取り図?」

「ああ。コアの血流が正常化したことで、インフラの出力を安全に上げられるようになった。だから、今の設備を基礎ベースにした、拠点の抜本的な増築計画リノベーションを引いていたんだ」

リアンは定規の端で図面を指し示した。

「ここがアリアの機織り部屋の拡張スペース。ワーウルフの防音室も、もう少しゆとりを持たせる。それから、水回りのダクトを分岐させて、セレス、お前がリクエストしていた『室内用の温室』を作るスペースも確保した。これで地下でも薬草や花が育てられるはずだ」

「本当!?嬉しいわ……。さすがリアンね、導線に一切の無駄がないわ」

セレスは図面をなぞるように視線を動かし、住人たちの快適な未来の生活を想像して、ふわりと微笑んだ。

しかし、彼女の視線が図面の中央付近に差し掛かったとき、ピタリと止まった。

そこは、熱交換器からの温風が最も届きやすく、水回りにも近い、言わばこの拠点で『最も条件の良い一等地』だった。

だがその四角いスペースには、他の部屋のような家具や設備の書き込みが一切なく、ただ点線で囲まれているだけだった。

「リアン……ここは、空けておくのですか?」

セレスは不思議そうに小首を傾げた。

倉庫にするには広すぎるし、何より場所が良すぎる。

その問いに、リアンは木炭ペンを持ったまま少しだけ動きを止めた。

彼は図面から視線を外し、居心地が悪そうにポリポリと耳の裏を掻いた。「……建築ってのは、今必要なものだけを隙間なく詰め込むと、必ず失敗するんだ」

リアンは、あくまで職人としての「設計思想」を語るように、ぶっきらぼうな口調で言った。

「生活が豊かになれば、いずれ必ず手狭になる。

足りなくなってから無理に部屋を増築して配管を割り込ませれば、圧力のバランスが崩れてインフラ全体が必ず歪む。だから……」

リアンはそこで一度言葉を切り、図面の空白部分を指先でトントンと軽く叩いた。

「最初から余白クリアランスを取っておかないと駄目なんだ。一番環境のいい場所を、空洞のまま確保しておく。……子供部屋だ。将来の、な」

それは、甘い愛の告白でも、情熱的なプロポーズでもなかった。

未来を前提に設計する男が導き出した、極めて論理的で、だからこそ揺るぎない『確定した未来』の提示だった。

「っ……」

セレスは息を呑み、言葉を失った。

図面の「余白」を見つめる彼女の顔が、みるみるうちに耳の先までカッと熱く染まっていく。

『将来の、子供部屋』。

その言葉が意味する事実が、ゆっくりと、しかし確かな質量を持って彼女の胸の奥に落ちてきた。

それはリアンがこの先何十年も、自分と共にこの家で生きる未来を「当然のこと」として設計図に組み込んでいるという、何よりも雄弁な証だった。

セレスは何も言えなかった。

ただ、図面の端を押さえていた彼女の指先が、きゅっと白くなるほど力強く曲げられた。

長い睫毛が伏せられ、視線が手元に落ちる。

彼女は空いたほうの手で、自分の肩にふわりと掛けられている極上の銀布を、愛おしむようにそっと握りしめた。

作業台の間に深い沈黙が落ちる。

しかしそれは、かつて地上で感じていたような冷たく張り詰めたものではない。

息が詰まるほど甘く、温かく、すべてを包み込むような極上の沈黙だった。

やがて。

セレスは真っ赤な顔を伏せたまま、震えるような、けれどどこか楽しげな小さな声で、一言だけ問いかけた。

「……その部屋、風は通りますか?」

リアンは図面を見つめたまま、静かに頷いた。

「ああ。一番清浄な空気が循環するように、独立したダクトを引いてある」

「……そうですか。それなら、安心ですね」

それ以上の言葉も、大げさな誓いも、もう必要なかった。

二人は肩を並べたまま、まだ何も描かれていない『余白』をいつまでも見つめていた。

壁の向こうの温水の脈動が、静かに拠点の夜を刻んでいる。

図面上の「余白」、その正体はリアンの無自覚かつ絶対的な愛の宣言でした。

このシーンを書くために第2章を積み上げてきたと言っても過言ではありません。

第2章完結を記念して、もしよろしければページ下の評価やブックマークでリアンたちの門出にエールをいただけると嬉しいです!

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