第24話:台座の歪みと、痛みを散らす仮設バイパス
「セレス、まずは安全マージンを取る。俺がコアに触る前に、あのゴーレムどもの動線を殺してくれ」
「ええ、任せて!」リアンの指示と同時、セレスは地を蹴った。
彼女の目的は、狂乱する防衛ゴーレムたちを「破壊」することではない。
職人が安全に作業できる領域を確保するための「現場の安全管理」だ。
「ハァッ!」セレスは双剣に氷結の魔力を纏わせ、巨大なゴーレムの足元を滑るようにすり抜ける。
刃が狙うのは強固な装甲ではなく、駆動を司る関節部の隙間のみ。
カキィィン!という高い音と共に、ゴーレムの膝関節が瞬時に凍りつき、その巨体がバランスを崩して前のめりに倒れ込む。
セレスはすかさず別の機体に跳び移り、腕の油圧シリンダー(魔力管)を的確に切断していく。
派手な爆発も、過剰な魔力放出もない。
徹底的に最適化された「無力化」の構築だ。
「リアン、第一防衛ラインの作業半径、確保したわ!今なら触れる!」
「上出来だ」
リアンは倒れ伏すゴーレムたちの間を歩き、赤黒く明滅して魔力の嵐を撒き散らすダンジョン・コアの台座へとたどり着いた。
「さて、どこが悪い」
リアンは荒れ狂う魔力風に目を細めながら、左目に装着した『診断用スキャナー』を起動した。
コアそのものを舐めるように観察し、次いで、コアを支えている巨大な石造りの台座へと視線を落とす。
さらに、真鍮製の『魔力水平器』を台座の縁に静かに置いた。
水平器の中の気泡が、中心から大きく左へと逸れている。
「……やはりな。呪いでも、魔王の干渉でもない。ただの『物理的な負荷』だ」
「物理的な負荷?」
ゴーレムの残骸を押さえつけながら、セレスが怪訝そうに問う。
「ああ。先ほどの大崩落の衝撃で、この巨大な台座が『三ミリ』だけ傾いたんだ」
リアンは台座の下部、コアから地脈へと繋がる無数の太い魔力脈を指差した。
「本来なら均等に分散されるはずのコアの重さが、この傾きのせいで左側の魔力脈に一点集中している。ケーブルが圧迫されて魔力が逆流し、循環不全を起こしているんだ。人間で言うなら、極度の骨格の歪みからくる『酷い肩こりと神経圧迫』だな」
「肩こり……。このダンジョン全体を揺るがすような地鳴りが、そんな理由で……!?」
「巨大なインフラほど、ミリ単位のズレが致命傷になる。今、こいつは逃げ場のない神経痛にパニックを起こして、防衛システムを暴走させているだけだ」
原因は特定できた。
次は施術(施工)だ。「なら、傾いた台座をジャッキで持ち上げて水平に戻せば直るのね?」
「いや、今はダメだ」
リアンはセレスの提案を即座に却下し、腰のポーチから分厚い耐魔手袋を取り出してはめた。
「今のこいつは、痛みで極限まで魔力圧が高まっている。この状態で強引に台座を動かせば、溜まっていた魔力が一気に暴発して、コアそのものが内側から砕け散る」
以前、怒り狂う精霊の熱圧力を強引に配管に押し込もうとして破裂させた、あの時の失敗と同じだ。
(相手が自然の力なら、押さえつけるんじゃなく、逃げ道を用意してやる必要がある)
リアンはポーチの奥から、太い魔獣の血管パイプと、鈍く光る接続バルブを取り出した。
「まずは『仮設』だ。痛みを散らすための、逃げ道(安全弁)を先に作る」
リアンは台座の下へ潜り込み、圧迫されて赤黒く腫れ上がっている魔力脈に狙いを定めた。
「少し痛むぞ」
ガンッ!ハンマーでタガネを打ち込み、圧迫されている魔力脈の表皮に小さな穴を開ける。
そこへすかさず予備の血管パイプをねじ込み、バルブを固定した。
「この圧、空洞上部へ逃がす。抜くぞ……!」
リアンがバイパスのバルブを一気に開放した瞬間。
プシュウゥゥゥゥッ!!
コアの内部で鬱血し、逆流していた過剰な魔力圧がリアンが繋いだパイプ(安全弁)を通って激しい勢いで空間へ排出された。
「はぁっ……!」
吹き出す高圧の魔力風に煽られながらもリアンは作業の手を止めない。
彼は次にポーチから『指に吸い付く冷たい透明な粘液』の入った瓶を取り出した。
それはクリスタルスライムが不要物として排出した高純度のスライムゼリーをリアンが独自に加工した『特製・衝撃吸収ジェル』だ。
リアンは小型の魔力ジャッキを台座の隙間にねじ込み、コアをほんの数ミリだけ浮かせると、その隙間にスライムジェルを素早く注入した。
「よし。クッション材の充填完了だ。これで台座の硬い岩が直接コアの神経(脈)を圧迫することはない」
バイパスによる圧力の解放と、スライムジェルによる患部の保護。
その二つの『仮設(応急処置)』が完了した、直後だった。
ピタリ、とコアの表面を覆っていた赤黒い明滅が消え、空間を荒れ狂っていた魔力の嵐が嘘のように静まった。
同時に、セレスが押さえ込んでいた防衛ゴーレムたちの眼の光もフッと消え、完全に活動を停止してただの鉄屑へと戻る。
コアは、本来の美しく澄んだ青い光を取り戻していた。
そして静かな鼓動とともに、リアンとセレスの足元へまるで「ありがとう」と伝えてくるような、ぽかぽかと温かい感謝の波動が広がっていく。
「……痛みが、引いたのね」
セレスが双剣を収め安堵の息を長く吐き出した。
「すごいわ、リアン。本当に直してしまったのね」
だが煤だらけの顔のリアンは、ジャッキと水平器を握りしめたまま、真剣な眼差しで青く光るコアを見上げていた。
「……いや、違う」
「え?」
「今のは、溜まった圧力を逃がし、ジェルで痛みを散らしただけの『応急処置(仮設)』に過ぎない。根本的な台座の歪みは、まだ残ったままだ」
リアンは魔力ルーペの焦点を合わせ直し、職人としての鋭い笑みを浮かべた。
「ここからが本番だ。迷宮の心臓部の基礎を、完璧な水平に組み直すぞ」
世界を揺るがす危機を「肩こり」と診断した狂気の保全士による、本気の『大工事』が幕を開けようとしていた。




