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冷蔵庫のプリン

作者: 憂媿穎


冷蔵庫にプリンが入っていた。普段、そこまで甘いものが好きというわけでもない。なんならクリームの甘ったるさに吐き気を催すことさえある。でも、なぜだか今はこのプリンが無性に食べたい。思わずプリンに手を伸ばしそうになる。このままプリンを食べてしまってはいけない。なぜだか、そんな気がして、私は必死に頭の中でプリンを食べてはいけない理由を探す。…そうだ、今ダイエット中だったってことにしよう。自分をなんとか宥めすかし、冷蔵庫の扉をパタンと閉めた。


部屋に戻ってテレビを見ていてもあのプリンのことが頭から離れなかった。気を紛らわせようと思い、スマホを開く。内容が頭に入ってこない。いつもならSNSを開くだけで時間なんてあっという間に溶けていってしまうのに今日は時の流れが亀の歩みのように遅々として感じられた。しかたなく、重い腰をあげてよいしょと立ち上がる。


台所に戻り、冷蔵庫を開くと、なんとプリンが消えていた!!…なんてことはなく、プリンはお行儀よく上から2番目の段に鎮座していた。


プリンをどうこの場から消し去るべきか考える。


捨ててしまうのはもったいないし…そうだ、いっそのこと他の誰かに食べてもらっちゃおっか。そう考えてすぐに私にはそんな知り合いいないことに気がつく。両親は電車を何本も乗り継がないといけないほどの片田舎に住んでいるし、高校の同級生とは成人式で会ったきりだし、私は近所付き合いが良いほうでもなかったから近くに住んでいる人の中に頼れる人はいない。


私にはプリンを食べる以外の選択肢が残されていなかった。


でも、私は何としてもプリンを食べるわけにはいかないんだ。一ヶ月前に別れた元カレが残していったこのプリンを。


君を絶対幸せにするなんて綺麗事を叩いて置きながら自分の夢のために私を捨てたあの男。あんな男が残していったものを食べるなんてプライドが許さなかった。


…でも、プリン美味しそうだな。 


いやいや、ダメダメ。


必死に自分を抑え込む。


私はそれからもプリンを食べようとする自分と格闘を続けた。



結局、冷蔵庫のプリンを食べるかどうか決められないまま月日が流れていった



※ ※ ※ ※ ※



私は還暦を迎え、堂々とお婆ちゃんといえる年齢になった。今は仕事もとっくに退職をして、静かに閑日月を送っている。


今もあのプリンは冷蔵庫に入っている。私の人生を台無しにした憎々しいあのプリンが。


プリンのことばかり気にしていたせいで誰かと人生を共にすることもできなかったし、みんなが羨むような楽しい思い出をたくさん作ることもできなかった、何か大きなことを成し遂げるなんてこともできなかった。


私はときどき考える。もう顔も名前も思い出せないあの男が何のためにプリンを残していったのかを。ひょっとしたら彼はこうして私の人生を狂わせるためにあのプリンを残していったんじゃないだろうか。だとしたら全て彼の目論見通りだったことになる。


でも、こうも考えるときがある。彼は本当に悪戯でこのプリンを残していったのだろうか。もしかしたら、もしかして、本当にただ…


そこまで考えて、ハッと我に帰る。一体私何をやってるんだろう。もうあんな男のこととっくの昔に頭の片隅に消し去ったはずなのに。もう絶対思い出さないって固く誓ったはずなのに。


それもこれも全部プリンがあるせいだ。プリンのせいだ。なんだか無性に腹が立ってきた。


よし。もう思い切ってプリン食べちゃおう。私は意を決して立ち上がった。


コキコキと痛む足腰を抑えながら小走りで冷蔵庫のある台所へと向かう。階段に差し掛かったときだった。普段の運動不足が祟ったのか、老いた体を急に動かしたのがいけなかったのか、階段から足を踏みはずしてしまった。私の体は空中に投げ出され、瞬間、私は命の終わりを悟る。


今際の際、私の頭に浮かんだのは走馬灯ではなく、あのプリンのことだった。


ああ、こんなことならプリン食べておくんだった…

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