第7話 英雄の残り香、消し方教えてくれ
それにしても――なんでこんなにも、客足が絶えないんだ?
いや、繁盛すること自体が悪いとは言わない。
むしろ食ってくれる人がいるというのは、料理を作る者にとっては一番の報酬だ。
だけど……やりすぎなんだよ、みんな。
営業日以外にも平気でやってくるやつがいる。
「下見です」「道確認です」「せめて匂いだけでも」って、バカか。なんで山奥まで来て、匂いだけで満足しようとしてんだ。
中には、わざわざ野営道具持参で数日滞在しようとする奴までいる。
……なんなんだ、本当に。いくらなんでも、この店に対する期待値が高すぎやしないか?
ちょっと前に回収した、帝都で勝手に発行されていた“あのパンフレット”。
目を通してみれば、確かに興味をそそられるような謳い文句がひとつやふたつじゃなかった。
『秘境に現れた、世界を救った男の料理店――』
『魔法と剣を極めし伝説の英雄が、今、釜と包丁を手にとる』
『その味、神域級。二度と出会えぬ幻の定食』
ふざけんな。
自分で言うのもアレだが、これは完全に盛っている。
いやまあ……事実、かもしれない部分も……ないとは言い切れないが。
少なくとも俺は「神域級」なんて名乗った覚えはない。
だけど、改めて考えてみると――
(……そもそも俺自身の“肩書き”が、全部の元凶なんじゃないか?)
元々住んでいたルミナス聖皇国の首都――セレスティア。
そこでは、俺が“世界を救った英雄”として知れ渡っていることくらい、なんとなく理解はしている。
街を歩けば、やたら握手を求められたり、サイン帳を突きつけられたりすることもしばしば。
見つかるたびにキャーキャー言われ、学院区の広場には俺の銅像まで建てられている。……あれがまた、恥ずかしいくらい堂々としてやがるんだ。
頼んでもいないのに、俺にまつわる英雄譚を勝手に執筆する学者気取りのエッセイストまで現れたし、そいつの書いた本の出版元――確か今回のパンフレットにも関わってたな、あれ。
(……おい待て。まさかあの銅像の写真、パンフに載ってねぇだろうな?)
想像しただけで胃が痛い。
百歩譲って、“本当に美味い”と思ってここに来てくれているのならまだいい。
だけど、「あのゼンが店を出したらしいぞ」ってだけで、物見遊山で押しかける奴がこんなにも多いとなると……正直、いい迷惑だ。
もう俺は引退した身だ。
皇帝にも直談判して、「残りの人生は静かに過ごさせてくれ」と頼んだ。
あのときの皇帝の反応――「ゼンがそう言うなら仕方あるまい」と言いつつ、帝都内に俺の記念庭園を造る話が進んでいたのは忘れてないからな。
だからこそ、俺はこう思う。
(過去のことは、過去のこととして――静かに心にしまっておいてほしい)
それでも、世の中はそう簡単にはいかない。
どんなに「静かに生きたい」と思っても、
どんなに「英雄なんて肩書きは捨てた」と言い聞かせても、
――一度刻まれた“伝説”ってやつは、なかなか消えやしないらしい。
「……英雄の残り香って、どうやったら消せるんだ?」
厨房で湯を沸かしながら、そんなことをつぶやいてみた。
ライルが不思議そうにこちらを見たが、笑って誤魔化しておいた。