第5話 予約ってつまり、どうすりゃいいんだ
店の登録に向けた準備は、これでよし。
帝都の飲食登録票の様式は、昔仲間だった事務官の秘書からこっそり取り寄せておいた。書類の山に埋もれかけながら、必要事項をひとつずつ埋めていく作業は、まあ……嫌いじゃない。戦場に比べれば、平和なものだ。
手続きさえうまくいけば、おのずとこの店が「気安く立ち寄れない場所」だと、広まっていくはずだ。
あとできることと言えば――そう、看板作りだな。
「営業は週三、完全予約制」「飛び込み入店不可」「地図を頼るな、道に迷うぞ」……この手の文言を、店の前に掲げるだけでなく、道中にも数ヶ所設置しておけば、さすがに無断突入してくる者も減るだろう。
情報が浸透するには時間がかかるが、地道にコツコツと進めていくしかない。
問題は、“いつから予約制を始めるか”だが……。
(予約って……つまりどういうことだ?)
そう、予約と言っても、俺自身がその仕組みをいまいちわかっていない。
元々こんな大それたことをやるつもりはなかったんだ。
「料理が趣味の元冒険者が、山奥で気まぐれに人に飯を出す」――ただそれだけのつもりだった。
定食の値段だって適当に「銀貨一枚」って言ったのが始まりで、今もそのままだ。原価計算? してない。仕入れ? 自分で狩ってるし、畑で育ててるし。
メニューだって手書きで一枚だけ。
お冷のグラスなんて、最近になってようやく魔導通販で人数分揃えたばかり。
使い方を覚えるのに一日かかった。
もう何度でも言うが――こんなつもりじゃなかった。
俺は“料理人”でも“商売人”でもない。ただ、“美味いものを作って食べたいだけの元騎士”だ。
そもそも帝都の認可もまだ下りていない。仮登録とはいえ、いずれどこかで突っ込まれるだろう。
保健局? 税務署? 魔力制御局? ……やめてくれ、頭が痛い。
で、予約ってなんだ。改めて考える。
「えーっと……予約っていうのはつまり……」
俺は紙とペンを手に取り、ぶつぶつと自問しながら書き出していく。
【予約とは】
→ あらかじめ連絡を受け、人数や日時を確保しておくこと。
【手段】
→ 魔導通信(高価で庶民には不向き)
→ 郵便(遅い。三週間後とか普通)
→ 使い魔通信(使い魔を飼ってる人限定。あと魔獣対策が必要)
→ 旅の商人ネットワーク(商業ギルド経由で伝言を回す。意外と早い)
【必要情報】
→ 来店日/人数/希望時間帯(昼・夜)
→ 食物アレルギーの有無(過去に一人、薬草で盛大にかぶれた奴がいた)
→ 子供や高齢者の有無(座布団の厚みが変わる)
【返信方法】
→ 手紙返送 or 魔導板の一斉告知(※未導入)
「……なんだこれ。思ったより面倒くさいな」
紙を見て頭を抱える。
ただ料理を出したいだけだった。
なのに、気づけば俺は、予約管理と顧客対応に頭を悩ませている。
何のために騎士団を抜けた? 何を捨ててまでここに来た?
――この山奥で、自由気ままな生活をするためだったろうが!
(いや、冷静になれ……)
今は準備期間だ。オーグからの返事もまだ来ていない。
正式な登録が済むまでは、動きすぎるのも得策じゃない。
ただし、準備は進めておくべきだ。
ライルにも予約帳の書き方を教えておくか。
手書きでいい。最初は手書きで十分だ。予約の書式は……うん、来店者リストでも作ってみるか。
(ああもう……俺、なんでこんなに真面目にやってんだよ)
自分でも笑えてくる。
笑えてくるが、なぜか心の奥には、ほんの少しだけ満足感があった。