アルザリオス正史年表
アルザリオス正史年表
― 帝国暦における世界の千年史 ―
編纂局記録文書第六号「七柱の神と終焉戦役の記録」より
▼ 序章:神創の時代 ―「セプティムの黎明」
はるか昔、人の理が未だ芽吹かぬ頃、
七柱の神々〈セプティム〉が大地に降り立ったと伝わる。
彼らはそれぞれ異なる力を持ち、
風はアエラ、岩はテラ=グラス、炎はフレイア、水はアクアリス、
光はルミナ、闇はテネブラ、そして雷はエレクトロス――。
この七神が互いの理を打ち合わせ、
風は空を満たし、大地は形を与え、火は命を燃やし、水は流れを作り、
光は理を照らし、闇は静寂を授け、雷は変革の兆しを運んだ。
こうして生まれた世界――アルザリオス。
しかし創世からわずか数千年のうちに、神々は互いの領域を侵し合い、
セプティム戦争と呼ばれる神々の内乱が勃発する。
世界は七つの断層に裂かれ、神々は深く眠りについた。
このときから、神々の夢の中で人類の文明が芽吹き始めたとされる。
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第一紀:古代魔導の興亡(神暦〜魔導暦)
神々の時代が終わると同時に、人々は神の遺物「アーティファクト」を発見した。
それは神々の血と記憶を宿す器であり、人はそこから魔法を学び、文明を築いた。
やがて七大陸は、各々の属性神を象徴とする文明圏へと分かれていく。
風の大陸エーリアには自由と空の航海者が、
火の大陸イグニスには鍛冶と戦士が、
水の大陸ネプトラには癒しと商業が、
雷のエレトゥスには革新と機巧が、
岩のグラシアには王と秩序が、
光のルミナスには教義と信仰が、
闇のテネブルには禁術と静寂が栄えた。
この時代、人は神の領域に踏み込みすぎた。
魔導文明の発展は大地を蝕み、
属性の均衡は再び揺らぎ始めた。
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第二紀:皇国暦の成立と魔神族の影
およそ千年前、闇の大陸テネブルにおいて、
闇と理を掲げる国家――テネブラル皇国が建国される。
皇国は七大陸の連合を謳いながらも、
内実は「闇の理の下に統一を図る」征服の道を歩んだ。
そしてこの時期、歴史の影に潜んでいたのが“魔神族”である。
彼らは古代のセプティム戦争で神々に敗れ、
深淵に追放された存在。
血筋は細りながらも、なお神々の記憶を受け継いでいた。
その末裔こそが、皇国宰相ヴァル=ゼルグである。
彼は皇国を内側から掌握し、
「人が神を超えるべきだ」という異端の理を掲げ、
神々の残滓を吸収して世界の理を塗り替える
《セプティマ融合計画》を進めていた。
彼の目的は、七柱の神を融合し、
自身を“八番目の神”へと昇華させること。
その野望は、神々の眠りを破り、
世界の再崩壊を引き起こす引き金となる。
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第三紀:終焉戦役 ― 英雄ゼン・アルヴァリードの時代(帝国暦1365〜1378)
帝国暦1365年。
七大陸各地で“神殿崩壊”と“属性暴走”が同時多発的に発生。
天候は乱れ、大地は裂け、魔力の潮が逆流した。
ルミナ帝国は「神の怒りを鎮めるための聖戦」を宣言し、
各大陸へ進軍を開始する。
この動乱の只中で、一人の男が歴史に名を刻む。
その名は――ゼン・アルヴァリード。
かつて炎の大陸に拠点を置いた傭兵ギルド《赫焔の狼》に所属し、
無数の戦場を渡り歩いた剣士である。
魔力を一切持たぬ体質ながら、
すべての攻撃を無効化し、外へと受け流す特異な能力、
《オールノッキング》を有していた。
この力こそが、ヴァル=ゼルグが追い求めた“神を統合する器”の原型であった。
彼はゼンを帝国に召し抱え、騎士団“蒼竜”の隊長として登用する。
ゼンは知らぬまま、世界を破滅へ導く計画の歯車に組み込まれたのである。
だがゼンは、帝国の背後に潜む異常に気づく。
旧友や赫焔の狼の仲間たちと再会し、
真実を知った彼は、帝国の命令を破り、
七大陸を巡る旅に出た。
その旅は、各地の神殿を巡り、
暴走する属性を鎮める“七つの封印の戦い”となった。
火山で仲間を失い、海で裏切りに遭い、
闇の国では自身の影と対峙する。
それでもゼンは歩みを止めなかった。
神でも魔でもなく、“人の意志”で世界を救うために。
そして帝国暦1378年。
ヴァル=ゼルグはついに七神の力を吸収し、
“八柱神ヴァル=デウス”として顕現する。
彼の存在は時空を歪め、
世界を七つの次元へと断裂させた。
ゼンは最終戦「終焉の塔」にて、
七大陸の巫女たちの祈りを受け、
自らを“盾”と化して世界の崩壊を受け止める。
オールノッキングの極限発動――。
それは全ての属性を受け流し、
神々の力すらも押し返す究極の防御。
ゼンの肉体は光に焼かれ、存在の痕跡を失ったが、
その瞬間、ヴァル=ゼルグの身体に宿った七神の力は相殺され、
世界は再び一つへと繋がった。
この戦いは後に「終焉戦役」と呼ばれ、
帝国暦史上最大の災厄であり、同時に最大の奇跡として記録された。
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第四紀:再生と沈黙(帝国暦1380〜)
戦後、帝国はこの戦役の詳細を秘匿した。
民衆には「宰相の叛乱」「異界の脅威」という曖昧な形で伝えられ、
真実を知る者はごく一握りとなった。
ゼン・アルヴァリードの名は、
公式史料から削除され、存在そのものが抹消された。
だが辺境の村々には、今なおこう語り継がれている。
“灰色の盾の英雄あり。
神々の怒りを受け、七の災厄を封じし者。
彼は火を避け、水を渡り、光と闇の狭間を越え、
ただ静かに、山の麓にて鍋を振るう。”
――それが、今ガルヴァの山郷に住む、
一人の食堂の店主に他ならない。
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終章:神々の夢の果てに
神々の戦いは終わった。
だがその夢の残滓は、今も世界の隅々に息づいている。
七属性の均衡が再び揺らぐとき、
かつての英雄は再び立ち上がるのか――
それとも、ただ穏やかな湯気の向こうで微笑むのか。
いずれにせよ、アルザリオスは今日も息づく。
神と人とが織りなす七色の世界は、
まだ、その物語の続きを求めている。
(帝国暦一三八五年、ルミナ史学院記録官バルト・ネーヴェによる)
“彼はただ、静寂を望んだ。だがその静寂こそ、世界を守る最強の盾であった。”
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― 七柱の神々と世界の黎明 ―
―これは、まだ“世界”という名が存在しなかった時代の物語。
光と影が混じり合い、空も大地も輪郭を持たなかった頃。
一つの息吹が、深淵の底で芽吹いた。
◇
初めに、声があった。
それは言葉ではなく、祈りでもない。
ただの“存在しようとする意志”であった。
その意志から七つの響きが生まれた。
やがてそれらは自らの名を持ち、形を得、光と影を分けた。
七つの響き──すなわち、七柱の神々 (セプティム)である。
最初に息づいたのは、風の神 アエラ。
彼女は空を開き、息吹を吹き込んだ。
その風はまだ何もない虚空を駆け、
未来という名の道を作った。
続いて、大地の神 テラ=グラスが目を覚ます。
彼は風の流れに形を与え、山を、谷を、鉱脈を築いた。
「永遠とは重さだ」と言い、沈黙を支配した。
火の女神 フレイアはその静寂を破り、
大地の奥底に火を灯した。
彼女の息は情熱となり、
命の鼓動を世界にもたらした。
その火を鎮めたのが、水の神 アクアリス。
彼は流れを生み、火を包み、冷やし、やがて命を育てた。
水は流れながら、火と土を和らげ、
初めて“調和”が生まれた。
その調和に、光の女神 ルミナが降り立った。
彼女はすべてを照らし、影を生んだ。
光のもとで草は芽吹き、空は蒼を覚えた。
だが、光が強くなるほど、影もまた深くなる。
影の底で、闇の神 テネブラが微笑んだ。
彼は語る。「光なき闇は腐る。闇なき光は傲る」と。
彼は死と再生、終わりと始まりを司る。
死を定めたのも、彼であった。
そして最後に、雷の神 エレクトロスが空を裂いた。
彼の電光は天と地を繋ぎ、すべての神々を結んだ。
「変わることこそ、生きることだ」
雷鳴は新たな進化を告げ、時は動き出した。
こうして世界は完成した。
七神はそれぞれの領域を分かち、
風は空に、大地は骨に、火は心臓に、水は血潮に、
光は魂に、闇は眠りに、雷は鼓動に宿った。
だが、完全な調和など長くは続かぬ。
それが「生」の定めである。
フレイアは己の炎が全てを変えると信じ、
テネブラはすべての終焉を望み、
ルミナは光の下に秩序を築こうとした。
アエラは自由を、
テラ=グラスは安定を、
アクアリスは循環を、
エレクトロスは変革を求めた。
そして、七つの理がぶつかり合い、
世界は七つに割れた。
大陸が裂け、海が溢れ、空は燃えた。
神々の叫びは雷鳴となり、
その涙が“星”として散った。
これが「セプティマの断絶(七分の時)」と呼ばれる神代の終焉である。
互いに力を削り合った七神は、やがて沈黙した。
世界の亀裂を癒やすために、
それぞれが“夢”として大地に溶けた。
風は空を漂い、
大地は山となり、
火は地核に眠り、
水は海となり、
光は太陽に宿り、
闇は影を守り、
雷は心臓を打った。
そしてその夢の断片から、“人”が生まれた。
神々の力を少しずつ宿しながら、
しかし神々のようには完璧ではない。
弱く、短く、移ろいやすい存在。
だが、その不完全さこそが――
神々が忘れた“進化”だった。
七神が眠る時、風の神アエラはこう残したという。
「いつか、七つの理が再び交わる時、
それを受け止める“器”が現れるだろう。
その者は神にあらず、人にあらず。
ただ、世界を拒まず、受け入れる“盾”であれ。」
人々はその預言を忘れ、千年が過ぎた。
神々は語らず、信仰は形骸化し、
世界は再び歪み始める。
だが――
風の底、山の影、火の揺らぎ、水の鏡、光と闇の境、
雷鳴の果てに、その“器”はすでに生まれていた。
その名を――ゼン・アルヴァリードという。
彼は神の子ではなかった。
ただ、一人の人間だった。
だが、彼の心には、七つの神の夢が流れていた。
そして、その夢が再び、世界を動かす。




