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第42話 木と壁と屋根と俺



食堂たるもの、やはりテーブルや椅子は洗練されたものでなければならない。


木材は統一されたものが好ましいが、この際本格的な改築に向けて、少し高品質の木材を選んでみるのもありだな。……とはいえ、壁の材質や建屋全体の建築様式にもこだわっていきたい。


うーむ。


山の斜面に腰掛けて、斧を横に置きながら唸った。眼前には、ガルヴァの森――密度の高い原生林と、その奥に広がる風切り台地の木立がある。


ここ〈ガルヴァの山郷〉には、大きく分けて三種類の有用木が自生している。


ひとつは、レオフがし。硬く重く、耐湿・耐火に優れる万能材。主に梁や土台に使われるが、削り出すのが非常に手間で、加工には魔導刃が必須だ。


ふたつ目は、トネリ薄杉すぎ。軽量で柔らかく、香りが良い。室内向き。テーブルや椅子、壁板に向いており、古くから“山人の木”として親しまれてきた。削ると甘い香りが立ち、虫も付きにくい。


三つ目は、ヒラノエ紅松こうしょう。これは少し珍しい。見た目は松だが、心材が赤みを帯びており、見栄えが良く、油分を多く含むため水にも強い。屋根材や床材に好まれるが、乾燥が難しく、建材にするには手間と時間がかかる。


「……となると、土台と梁はレオフ樫、内装はトネリ、床とひさしには紅松。屋根は――」


ここでまた悩む。


屋根材は重要だ。見た目だけではなく、雨風の耐性、断熱性、そして施工難易度にも関わってくる。


今の灰庵亭は、厚めの木板の上に山草を干して重ねた“簡易草葺き”だ。これは見た目は素朴だが、冬は冷えやすく、長雨が続くと吸水して重くなり、定期的な交換も必要。


「せめて庇の部分だけでも、板葺きにするか……」


あるいは、ディーノ(※リクス村の大工)が昔ちらっと口にしていた“魔導繊維の防水膜”――あれをうまく活用すれば、草葺きの見た目はそのままに、機能性を高められるかもしれない。


「……って、結局大工頼みになってんじゃねぇか」


木を切りながら、口元が緩んだ。


かつては剣と魔法の話しかしなかった俺が、今はこうして木目と雨水の流れを気にしている。


悪くない。…いやむしろ、心地いい。


「親父ー! このトネリどうっすか?」


「お、太さは十分だな。こっちに引っ張ってくれ。傷がなければテーブルの天板に使える」


「うわ、なんか今日の親父、プロの大工さんみたいっす!」


「料理も大工も理屈としては同じだ。どっちも“人の居場所”を作る仕事だからな」


「また名言っぽいこと言う!」


「……」


切った木を担いで帰る道すがら、風がちょうどよく吹き抜けた。


木の香り、土の匂い、そして落ち葉の音。


かつての戦場にあった焦げ臭い風とはまるで違う、穏やかな世界。


この場所に店を作ってよかった、と改めて思う。


建築は、ただの作業じゃない。


それは“暮らし”を形にするための、ひとつの戦いなのだ。



よし、ひとまず予定通り厨房からだ。……と言いたいところだが、さすがにそれは無理だった。


いくらなんでも、営業しながら厨房を壊すのは無茶すぎる。仕込みもできなければ、盛り付けもできない。皿を洗う場所がなければ、商売どころか生活ができん。


というわけで、考え直した末にこう結論づけた。


「もう一棟、新しく建てよう」


もともとの古民家はそのまま残す。営業も継続する。そのうえで、裏手の畑の一部を潰し、そこに新しい厨房兼客席を備えた“第二棟”を建てる。完成後、設備が整い次第そちらを主軸にするか、あるいは棟を分けたまま使い分けるかは、そのとき考える。


作業計画を立て、図面を引き、材料の目星をつけたところで俺はひとつの行動に出た。


「というわけで、お前ら全員手伝え」


「ええっ、手伝うって、まさかこれ全部!?」


「食ったろ? うちの米も肉も。働いてもらうぞ」


「マジかー……いやでも、あの出汁、また飲みたいっす……」


カイの団員どもは文句を言いつつ、道具を手にしていた。普段は空賊として空を駆ける連中だが、筋力と反射神経はある。作業も、案外手際がいい。


リーダーのカイ本人はというと、腰に布を巻いて黙々と土を掘っている。


「……戦場より重労働じゃねぇか」


「お前が言い出したんだろ。空賊レースがどうのって」


「レース出る前に筋肉痛で沈むわ……」


文句を言いつつも手は止めないあたり、付き合いの長さを感じる。


俺は鍬を片手に、畑の区画線を引きなおしていた。建設予定地は、およそ五十坪強。


客席は三十~四十。厨房スペースは今より広く。待合小屋も小さくつける。貯蔵庫もほしい。将来的には風避けの外廊下も――まあ、これはあくまで“夢”だが。


問題は、建材と土台の確保だ。


木材はガルヴァ産でまかなえる。問題は石材。土台となる部分は、雨の浸食にも耐える“練岩”が必要だ。


「ライル、例の魔導研ぎ場の裏の岩盤、まだ使えるか?」


「うん! でも、ちょっと硬すぎるかも。切り出すなら、精密な刻み符がいるよ」


「刻み符か……在庫があったはずだが、消耗してるかもしれんな。あとで確認するか」


設計に、材料に、作業人員に、魔導符に。ひとつひとつは大したことじゃないが、全部を同時に管理するとなると骨が折れる。


とはいえこれもまた、“店を守るための戦場”だ。


今や“静かな隠居食堂”とは呼べなくなった灰庵亭だが、それでも――


「俺の居場所は、ここでいい」


そう思えたからこそ、こうして土を掘っている。


竈に立つのも、鍬を振るうのも、大切な仕事だ。


新しい店にはどんな客が来るのだろう。どんな香りが立ち、どんな笑顔が浮かぶのだろう。


俺は少しだけ期待しながら、土の感触をもう一度確かめた。

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