第4話 隠れられないなら、隠れなければいい
さて、どうしたもんか。
昼の営業を終え、店を締めてからすでに二時間。
ようやく静かになった食堂の片隅で、俺は湯呑片手に頭を抱えていた。
今日の来客数、合計七十二名。
ちなみに、うちの厨房は四人以上で同時に料理を出すとオーバーヒートする設計になっている。もちろん設計者は俺だ。手作りの素朴な構造だからな。そんな厨房で、今日は七十二名。
もうね、笑うしかない。
このまま放っておいたら、隠居生活の夢は遠い昔の記憶になってしまいそうだ。
(やはりここは、心を鬼にして“一見様お断り”の看板を貼るしかないか……)
そう思って、俺は試しに木板と筆を取り出した。
だが、いざ書こうとすると手が止まる。
(……ここまで来てくれた客に、いきなり門前払いはなぁ)
この山を越えて、何時間もかけて、地図を片手に汗だくになって――そんな状態でたどり着いた客に、「お断り」はあまりに不親切だろう。
……くそ。どうして俺は、こうも甘いのか。
だが、甘いだけではこの現状は変わらない。
俺はもうわかっている。ここまで噂が広まり、場所まで特定され、地図付きの情報誌まで出回ってしまっては、もはや「隠れる」という選択肢はナンセンスだ。
そう――隠れることができないなら、隠れなければいい。
選択肢はひとつ。
すでに広まってしまっているこの店の情報を、正しく“公式化”する。
具体的には、
1. 帝国の公的飲食店登録を行い、
2. 広まっている情報誌に正式な「予約制」「営業日限定」の記載を義務付ける。
3. ついでに、勝手に作ったあの“バカ丁寧な地図”も差し替えさせる。
(こういう時に帝国時代のツテが役に立つんだよな……)
俺はさっそく、筆と羊皮紙を引き寄せ、便りを書く。
《帝都セレス地区 広報出版局 編集長 オーグ殿》
ご無沙汰しております。ゼン・アルヴァリードです。
現役時代にはいろいろとお世話になりました。
今回は少々お願いがあり、こうして筆を執った次第です。
帝国の一部出版物に、私の所在および現在の活動について、やや過剰かつ独自の脚色が加えられていると認識しております。
中には地図付きの情報誌も発行されているようで、こちら山間の食堂に思わぬ来客が続いている状況です。
つきましては、下記の情報を“正式に”掲載・開示していただきたく、ご対応をお願い申し上げます。
▼ 店名:ガルヴァ山間の小さな食堂(仮称)
▼ 営業日:毎週 火・木・土 のみ(祝祭日を除く)
▼ 完全予約制:帝国通商ギルド指定便または魔通信による事前申請必須
▼ 地図掲載:現行よりも簡略化されたものを同封しております
お忙しいところ恐縮ですが、どうかご配慮のほどよろしくお願いいたします。
追伸:地図作った奴、後で正座させておいてください。
ゼン・アルヴァリード 拝
便りを巻き、封蝋を押し、山を降りる手紙屋の魔道鳥に預ける。
(これで……少しは変わってくれればいいが)
正直、宣伝はしたくない。だが、広まってしまった今となっては、逆に“正しい情報”を表に出すことで、間口を狭めるしかない。
口コミで好き勝手にされるより、こっちがルールを決めてしまえばいい。
堂々と宣言してやろうじゃないか。
この店は、“週に3日しか営業していない”とな。