第41話 どうせ改築するなら
どうせ改築をするなら、思い切って間取りを変えたほうがいいだろう。
逆に広すぎれば手に余るし、なにより俺の好みじゃない。俺がこの食堂に求めるものは、静かな時間と落ち着いた空気。そして、誰もが腰を下ろしていたいと思える素朴な空間だけだ。
……って、こんなことをブツブツ考えながら朝から木炭で間取り図を描いている自分がなんだか情けない。
「親父、それ……設計図っすか?」
「設計というか、半分妄想だな。脳内定食ってやつだ」
「脳内定食、うまそうっすね」
「味は保証しない」
とにかく、今のままじゃ不便が多すぎる。厨房の出入口は一つ。通路は狭く、客席から調理場が丸見えで、椅子を引けば背中にぶつかる。
「これでよく今までやってたな、俺……」
改めて図面を前に頭を抱えた。狭い厨房、ぎゅうぎゅう詰めの客席、物置きと炊事場が同居してるカオスなバックヤード――よく言えば職人の工房、悪く言えば単なる物好きの小屋だ。
「どうせだったら待合室のようなものも作るか?」
つい口から出た言葉に、ライルが「それはアリっすね!」と乗ってきた。
相変わらず予約制だと知らずに来る客も多いし、店の前で行列になられても困る。今の季節ならまだしも、冬だと地獄だからな。外で2時間以上も立っているのは。
「じゃあ、入り口脇に四畳半くらいの小部屋を増設して、薪ストーブ置いて……客には茶でも飲ませて時間つぶしてもらうか」
「なんかもう、完全に宿屋みたいな設備っすね」
「違う、これは“食前の静寂”だ。旅人が心と胃袋を整えるための場所。要するに――」
「“腹が減ったら黙って座れ”の部屋っすね」
「言い方よ」
ふむ、しかしどういった規模感にするべきか。
増築するとなれば今の建屋の壁をぶち抜くのが手っ取り早い。だが、それをやると梁のバランスが崩れる可能性がある。昔、戦場で倒壊した屋根の下敷きになりかけた経験から、構造強度には敏感なのだ。
「……柱の位置をずらして、耐荷重の梁を新設か。あとは基礎石の再配置だな」
「親父、もしかして本職の大工さん呼んだ方が……」
「いや、俺は――自分の仕事場くらいは自分で建てる。細部までとことんこだわりたいからな」
「うわー、かっこいいけど面倒くさいタイプの職人だ」
「ほっとけ」
結局のところ、この食堂は俺にとって単なる“店”じゃない。
武器を置き、鎧を脱ぎ捨て、剣ではなく包丁を握る場所。
それはつまり、これからの自分の人生そのものを預ける場所なのだ。
……と、なんかカッコつけてみたが、現実は現場猫状態だ。足場を組んで、材を削って、土台を叩いて、魔導封印石の誤爆に備えて魔除けを貼って……とまあ、やることは山積みである。
「とりあえず、今日の仕込み終わったら裏山行くぞ。材木の調達だ」
「了解っす! ……でも、予約いっぱいっすけど」
「……その辺は、明日の俺がなんとかしてくれる」
図面に向かってため息をつきつつ、今日も厨房の火をくべた。
この戦い(※物理)はまだ始まったばかりである。




