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第34話 今日も、うまい飯を作るために



空を裂くような鋭い咆哮が、谷に反響していた。


彼女の着地はまるで稲妻のようだった。

二本の刃を交差させるように構えたまま、重力に逆らわず真っ直ぐに降下。

そのまま地面を抉るようにして、グラウベルクの前方数歩――ほぼ間合いの“内”に着地する。


瞬間、周囲の草が衝撃波にあおられて四方に弾け飛び、灰の地表がひしゃげて陥没する。

舞い上がる粒子と残留魔素が空間を霞ませた。


その中心に立つカイの瞳は、驚くほど静かだった。


怒りも焦りも、恐怖もない。


双剣はまるで息をするように自然と両脇へ流れ、構えに入る。

前傾姿勢から膝をやや曲げ、足裏全体で地を感じるように踏みしめている。

戦士の構えではない。狩人のものでもない。


あえて言うなら、それは“舞手”――

激しい拍子の中で刃と戯れる、研ぎ澄まされた技の演者の姿。


「――さてと、足止めありがとさん。ここからは、私のターンだ」


グラウベルクが唸り声を上げる。


左後脚は崩れ、バランスが取れない。

だがなお、前足の一撃には殺傷力がある。

怯んだ瞬間に飛びかかれば、人間ひとり程度は容易に両断できるだけの筋力は、まだ残されていた。


……だが、カイはそれすらも“待っていた”。


連動する動きには一切の無駄がない。

彼女が選んだのは“真正面からの交差”。

避けず、逸らさず、直線を叩きつける。


その意図はひとつ――

「力勝負」を挑むこと。


だが、それは“無謀な選択”ではない。

むしろ彼女の中では綿密に組み上げられた、理詰めの連撃だった。


脚力。体重。刃の角度。重心の捻り。

すべてが、“この瞬間”のために最適化されている。


竜人という種が本来持つ、骨格構造の強靭さと瞬発力。

それを極限まで引き出す、独自の戦闘理論。


「来な。こっちだ、バケモノ」


その挑発の意味を、グラウベルクが直感的に理解できたかどうかはわからない。

だが獣は確かに、そこに“殺意”を集中させた。


カイの狙いはそこだった。


巨体が全力で“こちら”に向かってくる。

ならば、隙ができる。


敵の体の構造と動きの特性上、踏み込みから斬撃までの間――

一瞬だけ、獣の胸部と首元が露出する。


そこを狙うのではない。

その瞬間に“踏み込む”という選択を得ることが、何より重要だった。


全ては、“次”の動きのために。


それに応じるように、グラウベルクが雄叫びを上げた。


「“竜気解放ブレイクシェル”――解っ!」


青白い閃光が奔る。

竜鱗のように浮かび上がる魔力の痕跡が、脈打つ血管のごとく脚全体に刻まれていく。


これは竜人族にのみ許された戦闘本能――

壊皮かいひ”と呼ばれる生体強化術。

筋肉と魔力の回路を瞬時に拡張し、全身の出力を一時的に倍加させる荒業。


カイはそれを脚部だけに集中させた。


バチン、と音を立てて大地を蹴る。

そこからの動きは、もはや人間の視界では捉えられない。


弾かれるように後方へ影が伸び――

わずかに時間差を置いて、地面が“爆ぜた”。


地を蹴りながら回転し、両剣を十字に構えて“跳ね上げる”。


【カンッッッ!!】


火花が散る。

グラウベルクの爪と刃が交差し、空気が裂けた。


「がはっ――!!」


カイの足元が抉れ、吹き飛びそうになるも踏みとどまる。


「……ッたく、ゼンが変なとこ残してくれるから……!」


口では文句を言いながら、カイの顔には笑みが浮かんでいた。

これは、彼女にとっても“過去の記憶”と直結した感覚だった。


――戦場。

かつて、帝国最前線で共に剣を振るった男の背中。

その男となら、どんな敵も恐くなかった。


「あの頃と変わってねぇな、あんたは」


そう呟き、刃を振り抜く。

双牙裂衝ツインファング”。

左右の剣を用い、外側から同時に斬り裂く――竜人剣士特有の連撃術だ。


グラウベルクの肩口と脇腹に、深い裂傷が走る。

咆哮。震え。噴き出す黒血。


だがカイは、止まらない。


さらに連撃――“雷迅牙旋ライスパイラ”。


身体を回転させ、双剣を螺旋状に振り下ろす。

左脚、脇腹、後頭部――計三撃。


全てが急所を外しながらも、動きを封じる“止め”の一手。


「……仕上げだ、ゼン!」


「受け取った」


ゼンの声が返る。


彼は既にグラウベルクの背後に回り込んでいた。

静かに、刃を持ち直す。

その所作は――料理人が包丁を握る時の、それだった。


「“骨切り”――完了」


一閃。


銀刃が、獣の背骨の間を音もなく貫いた。


グラウベルクの巨体が、地面に崩れ落ちる。

暴れることもなく、苦しむこともなく。

あまりにも、静かに。


それはまるで、“調理された肉”が最後の湯気を立てる瞬間のような――

静寂の中の、終焉だった。


 



 


「ふぅ……しっかし、毎度ながらトドメが妙にキレイだよなぁ。どう考えても料理の延長線だろ、今の動き」


「調理だよ。ちゃんと、干し肉にする部位を残した」


「そーゆーとこが変わんねぇな……ま、助かったけどさ。礼は言っとくよ」


「その言い方じゃ伝わらんがな」


「うるせー!」


二人の言い合いが、静まり返った枯骨の谷に響く。


巨獣は倒れた。

血の匂いはあるが、そこに残るのは“満足感”だけだった。


「さて……解体して、担いで帰るか」


「おいマジかよ!? これ一人で持って帰るつもり!?」


「半分は干し肉用。残りは冷却処理して商人に回す。コツを掴めば一度でいける」


「はぁ……こいつは重労働だな」


カイが呆れたように肩をすくめる。


ゼンは何も言わず、刃を拭きながらただ一言。


「……いい干し肉ができるぞ」


その一言に、どこか嬉しそうな“笑み”が滲んでいた。


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