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第78話 魔力を喰らうもの



ひかりは右手でカーティスの槍を掴む。


この“距離”。


この間合い。


カーティスは何かを察知し、槍を引き抜こうとする。それを許さなかったのは、胴体を貫かれたはずのひかりだ。



 バチッ


 バチバチッ



槍の柄を掴んだ右手には、彼女の「ギア」が呼び覚まされていた。スパークを身に纏う、鉤爪のような鋭い牙を持つ“手甲剣“が。



「――『迅雷狼影』。あれがひかりのギアだ」



手の甲を覆う電流の衣を纏った頑丈な装甲と、剣。特筆すべき点は、それが“打撃”のためではなく、敵の魔力を“噛み砕く”ために用いられるということ。危険を察知したカーティスは槍から手を離す。その判断は賢明だった。ひかりによって槍の柄は噛み取られ、すでに使い物にならなくなっている。


そして、ひかりはかろうじて息がある状態だった。


(それなのになぜ…?)


カーティスは状況を理解できていない。束の間、ひかりの魔力が一気に膨れ上がる。




 ボッ…!



 ドドドドドドドド




「…ふう。間一髪だったよ」



急速な回復を見せるひかりの体。それは回復というよりもむしろ、「再生」だった。カーティスの槍が分解され、ひかりの体へと同化していく。カーティスの攻撃は間違いではなかった。それは事実だ。彼女が回復しきる前にトドメを指す。その一点に注力された攻撃への一歩は、戦況を乗り切るために必要な一手だった。


ただ…


「問題は、攻撃した「箇所」だ。さっき言ったように、ひかりは心臓を貫かれても動ける。そしてここでひかりの特性が生きる」


ひかりのギア、『迅雷狼影』は、魔力で構成されたあらゆる物質を分解する「牙」を持つ。彼女の特性である超電導はあらゆる魔力流域に干渉できる能力だが、ある場面に於いてこの2つは絶妙に噛み合う。


それはこの状況に於いても同じことが言えた。


「カーティスの槍は、言ってしまえば魔力の「塊」だ。急いで槍との接続を切ったようだが、まだ魔力が残っていた」


「…っていうのは?」


「迅雷狼影の“餌”になったんだ。魔力で構成された物質を分解する牙。その「経路」を通じて、ひかりは肉体を修復した」


カーティスがひかりの胴体を貫いた後、息をつく“間”が一つあった。


次の行動へと転じる「距離」。


その隙間もないほどに前進した、直進的な一手。


ひかりが回復し切る前にトドメを刺す。


その胸中の中に投じられた選択は、彼女の体を貫くほどの鋭利性を生んでいた。


ただ、それ故に次の選択への布石が遅れた。貫いたと同時に安堵する「息継ぎ」があったのだ。それが決定的な「間」を生んでしまった。


「…バカな。君の特性は流域に干渉できるだけのはず。魔力の増幅など…」


カーティスは戸惑っていた。無理もない。状況が状況だ。ひかりの魔力総量を逆算すれば、ものの数秒で回復が完了できるはずがないことは明白だった。


しかも、だ。


あれだけのダメージを負っていて、意識が途切れる間際だった。「内臓」も貫いた。それなのにどうだ?体は修復し、あまつさえ魔力が増大している。外部から魔力を取り入れない限り、こんなことはあり得ない。


「理由」を探っていた。


目の前で起こっていること。


――その現象への“根拠“を。


「見誤らないでよ、カーティス」


超電導に魔力を増幅させる機能はない。そのことはお互いに知っている。しかし「超電導」という特性の【応用できる領域】を誰よりも理解しているのはひかりの方だ。そしてその「幅」は、その特性を活かし切れる彼女にしかわからない部分があった。



カーティスは足元の大地を変形させる。


今は離脱するより他に無い。


そう判断したためだ。


魔力を前方へと展開した。



「その一手はまずい」



八雲がそう発した最中、地面の変形が止まる。”止まったように見えた“と言った方がいいかもしれない。その異変に即座に気づいたカーティスは、地面へと視線を移した。


(…これは、彼女の…!)


地面は電気を通す。


カーティスとひかりの対峙する距離は10mにも満たなかった。この距離に於いてひかりは自らの特性を活かし切れる。魔力流域を外部へと展開するのは、この場面に於いて彼女の持ち場に足を踏み入れるのと同義だった。咄嗟にフィールドの環境を活かそうと思考を働かせたカーティスの選択。


その一つの選択の〈誤り〉は、戦局を大きく一変させる。




 ザッ




――思考が追いつかない距離への、跳躍。



元より互いの間に流れ出ている戦闘の局面は、互いのテリトリーの取り合い、すなわち、互いの魔力総量をぶつけ合える「領域」の内側にある。


フィールドの環境、——その側面を活かした地の利はカーティスにあると言えるが、それはあくまで“自らの手札が揃っている時”である。


状況は常に流転している。


大地が電気を通す以上、ひかりは常に環境の特性を活かせる状況にある。彼女が踏み出した一歩はこの戦闘に於いてもっとも素早い「足取り」を伴っていた。大地を踏む電流。その歩行力は単なる“一歩”よりも遥かに疾い。


カーティスは一瞥してしまった。


相手が動ける間合いの中で選択の順番を間違えてしまった。


グラヴェル・ドライヴに注いだ魔力の「流れ」が一時的な行動の“枷”になっていたとはいえ、この場面で意識するべきは後退する一歩への重心だ。ひかりのネットワークは地面の立体平面上を闊歩する。超電導が稼働している今、魔力流域を「外」に展開するのは時期尚早だった。


カーティスは見誤っていた。


ひかりが“捉えた“のは地面ではなく、「時間そのもの」であったということに。

 


「翔べ。迅雷狼影(ボルト)



ひかりの体内で起こっていたこと。


それを認識する時間はこの場面に於いてほとんど無いに等しい。


カーティスが判断したのは、ひかりが「回復した」という点である。


しかし彼女の体は回復を終えていない。


そしてそれは“回復”などではなかった。


彼女の「超電導」は魔力に干渉できる。


裏を返せば、魔力の経路を部分的に操作することができる。


外部の魔力を自らの魔力に変換することはできないが、魔力の流れる「範囲」そのものと一時的に“通信“できる。


『迅雷狼影』の牙はその足がかりとなった。


――魔力を喰らう。


正式には意味が異なるが、その表現があながち遠くないほど、巨大なエネルギーの塊をひかりは体内に取り入れていた。


噛み砕いたグラヴェル・ドライヴの、袂から。



バッ



一歩の差。


しかしそれは歴然としていた。


思考する暇もないほどの張り詰めた境界線。


カーティスの意識が遅れている。その最中にかけ走る「影」が、心臓が止まる間際の音を掴んでいた。


大地の裾を掴む脚力が、風の流れも断ち切れる速度の中心に、——触れ。


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