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第77話 魂を形作るもの




通称、——ギア。



術者には、生まれながらに魔導核が備わっている。

それは魔力を生み、巡らせ、世界へと放つための中枢であり、

同時に各人の属性霊素――火、水、風、雷、岩、光、闇といった性質を規定する器官でもある。


だが、魔導核だけが“術者のすべて”ではない。


彼らのさらに奥深くには、

魔力とも属性とも異なる、魂そのものの核――魂核が存在する。


魂核は力を生まない。

術式を編まない。

だがそこには、その者が何者として生き、何を選び、何を拒むかという、

揺らぐことのない精神の輪郭が刻まれている。


そして術者たちは、生まれつきその魂核と結びついた

ひとつの“精神の形”を内包している。


古い文献では、それを

「魂の器に宿る紋章」

あるいは

「世界に刻まれる前の、未完成の印」

と呼んだ。


それは武器ではなく、術式でもなく、

ましてや祝福などではない。


ただ、

戦いの場に立ったとき、魂がどう振る舞うかを決定づける“本能の方向性”

に過ぎない。


——そして。


その魂核、魔導核、霊素循環、精神構造が、

ある水準を超えて完全に同期したとき。


魂はもはや内側に留まることを拒み、“自らの在り方を形”として外界へ露出させる。


それこそが、ギアである。


ギアは装備ではない。

後付けの力でもない。


それは、

魂が「私はこう戦う存在だ」と世界に宣言した結果として生まれる、肉体の一部だ。


術者は属性や術式系統といった“個人の構文”を持つ。

だが同時に、その魔脈のさらに深層には、

魂核をこの世界に刻みつけるための『印』が眠っている。


古い言い伝えは、そう語る。


『印』とはすなわち、

戦うことを選び続けた意志であり、

逃げずに前へ出ると決めた本能であり、

そして——代償を理解した上で、それでも踏み出す覚悟の痕跡だ。


古人が言った、

“ライオンや虎で言う牙”

とは、まさしくこのことを指している。


牙とは、

振り回すための力ではない。

見せびらかすための威圧でもない。


生きるために、

そして守るために、

どうしても引かなければならない一線を越えるための最後の『選択肢』だ。


術者は生まれながらにして、戦いの場における役割と向きを魂の奥に刻まれている。


だからこそ——

ある者の手には剣が現れ、

ある者の腕には盾が宿り、

ある者の背には翼が生え、

ある者の身には、世界を拒む“形”そのものが纏われる。


それは祝福ではない。

逃れられぬ宿命でもない。


ただひとつ確かなのは、


ギアとは、

術者が「それでも戦う」と決めた瞬間にのみ、

魂が応える“かたち”である。


そしてその手に宿る力は、

魔を斬るための力である以前に——


己の生き方を、世界に刻むための力なのだ。




「ったく、メンドーだな…」



漏れる吐息。


疾る汗。



ひかりは察知していた。


「今」の状況を。


自分にとって最悪とも言える状況だが、幸いなことに頭はまだ動いた。


カーティスが負ったダメージ量は深刻と言えるほどではなかったが、それでも多少の時間は稼げる。


 ——回復。


外界に広げていた蜘蛛の巣状の電流を解除し、魔力が分散しないよう狭い領域へと閉じ込めていく。


しかし意識は覚束なかった。


意識を保てているのが奇跡なほどのダメージ。


地形は変わり、フィールドの大部分はこそげ落ちたように衝撃の跡を残していた。


周囲にはまだ砂埃が舞っている。


地層は剥がれ、堆積した地中の粒子がまだらに砕けていた。


周囲へと広がる衝撃の余波が、空間の溝を揺らして。




 息を殺す。


 集中する。




ひかりの頭の片隅にあったのは、“次にどう動けるか”だ。


行動の範囲は限られている。しかし選択肢が無いわけではない。今も動こうと思えば動ける。一秒でも速くカーティスの行動を遮れば、「次」へと行動を移せるスペースが広がる。



 ——しかし



2人は立っていた。勝負が二分する領域に。



 『生死が分かれる境界線』



それは彼らのような高位術者には有って無いようなものだ。


優れた術者には元より【通常の人々に当てはめられるような戦いの場に於ける生命線】が“より広い範囲で”扱われる。


高純度の霊素や術式を扱う彼らの『領域』を構成する【原子力=元素力】は劣化することのない水のようなもので、物質そのものが周りの環境の変化に順応している。


流れのある川や海の水が腐らないのを疑問に思ったことはないだろうか?


川や海の水は流れることで常に循環し、細菌を有機物にふれにくくしている。


その結果、水が腐りにくい状態を作っているのだ。


人間はいずれ死ぬ。


しかし戦いの場に於ける術者はそうではない。


彼らはある部分的な枠組みでは「不死」であり、生に対する時間的な“制約”が無い。


ある側面では、「不死」とは、“連続性と再現性がある状態で生き続ける”という意味合いを持つ。


術者やこの星に住む生命体を構成する物質は霊子と呼ばれ、あらゆる物質との親和性を持つ。


術者によって属性が存在するのは、究極を言えばある環境下での物質的な変化に適応するためで、言ってしまえばその属性に由来する【環境】がありさえすれば、常に肉体を“新しい状態へと切り替える”ことが可能なのだ。


この意味で、彼らは「流れ=循環」の中に生きていると表現される。



両者を分つ境界線。


それは時間の変化とともに揺らぐ波間のように、激しい奔流を帯びていた。


生、——つまり「死」という概念が“広い”彼らにとっては、剣を振りかざす「一歩」は、普通の人間が踏み出す一歩とは根本的に“大きさ”や“価値”が異なる。


術者を構成する霊子そのものを破壊する。


それに必要なエネルギー量は凄まじく、それ故に、彼らは常に「戦い」の中に身を置くことが可能だった。



グラヴェル・ドライヴ。



カーティスの肉体から“表出”したそれは、見た目上は単なる槍だが、短い時間でより大きな魔力をコントロールすることができる。


ギリギリまで保つつもりだった。


勝負を決するのは歴然とした「一歩」の差だ。


回復に専念しているひかりとは違い、カーティスは狙いを澄ましていた。



単純な話だ。



相手が受けきれないほどの力で圧倒する。そのための「準備」も「期間」も、すでにカーティスの懐にはあった。『補充』の特性をもっとも活かせるのは、ある一点から一点へとエネルギーを受け渡すときだ。補充によって得た高濃度のエネルギーを相手の肉体へとぶつける。ひかりが離脱できない距離。その「間合い」をできるだけ深く見極め、槍の先端へと意識を集中する。


それがこの数十秒の間になされていた。


ほんのわずかの時間だ。


しかしそれでも、勝負を決するための距離を生み出すには、十分な“猶予”だった。




考える時間。


密度。




戦闘に於いてこれらの要素は状況を打破する一手にもなり得る。


ひかりは地面に手をつけたまま損傷した胴体を修復することに意識を費やしていた。



 “想定していなかった攻撃”



ひかりが相手の魔力を視認できるのは360°だが、「感知」できるレベルになると範囲が限られる。


電磁波などのネットワークを周りに広げていれば感知できる範囲は格段に広くなるが、電気が流れにくい空中などはネットワーク環境を整えにくい。


激しい雨、雪、ひょう等を降らせる雲の中では、正負の電荷の分離・蓄積が行われている。


また大気は完全な絶縁体ではなく、ごくわずかであるが電流を通す性質をもち、晴天無風のとき、地表は負に帯電し、上層の大気中には正電荷が分布し、大気中では垂直に、上方が高く下方が低い電位の分布が生じている。


これを〈大気電界〉と呼ぶ。


サンドストームによって巻き上げられた砂嵐は電気を通すのに十分な電荷を持っていたが、上空に集まっているカーティスの【攻撃への下準備】を感知することはできなかった。


サンドストームの砂塵、——まさかそれが上空に魔力を集中させるためのカモフラージュになっているとは思わなかった。


ひかりはあの時すでに地上への攻撃にシフトチェンジしていた。カーティスの居場所を見失わないため、フィールドの環境を利用されないための認識を強めていたのだ。


それが裏目に出た。


カーティスの放った攻撃は防御が必須だったが、もろに被弾してしまっていた。左半身はしばらく使い物にならなくなっていた。上半身はとくに重傷だった。おびただしいほどの血が流れ、ロックメテオを受け止めた左腕は消し飛んでいた。


本人は慌てていた。


傷を負ったのはまだしも、今のこの状況に。




“間に合わないのだ”



【逆位霊核操作】を扱える彼らは傷を負った体を修復することができるが、それにも魔力が必要になる。それ以前に回復速度には個人差がある。よほどの熟練者でない限りは、消し飛ばされた体の一部を完全に回復するのに少なくとも数十秒はかかる。どれだけ回復をスムーズに行えても、状況は芳しくなかった。


なぜなら…



「来るよ」



カーティスの槍。


時に岩の粒子を纏いながら、頑丈な外殻を形成する十文字槍。すでに前方への攻撃態勢を整えていた。範囲を絞り、威力を増幅させる。その“挙動“は、すでに予備動作への移行を済ませていた。


カーティスの2度目の特性の発動。


その「領域」は前回と違い、著しい魔力の奔流の中に回転し、ある一方向への力の向きに作用している。


さきほどと違って補充にかけた時間は半分以下だが、範囲を絞っている分、単位空間あたりの威力は効率よく”拡大“していた。


敵に逃げる隙など与えない。


そのための「時間」を、すでに1つの動作の中に投じていたのだ。


最小の動きから繰り出される、現在進行形の【最大戦力】を持って。


 

間に合うか間に合わないかの瀬戸際ではない。ひかりは回復に集中しているあまり、目前に迫る危機に対処できていない。シールドを展開しても貫通されるであろう前方からの攻撃。滴る汗を拭う時間もないまま、その「気配」を察知することしかできなかった。当たれば戦闘不能は必至。


それは”わかっていた”。


この場面で求められるのは回復よりも戦線の離脱だ。瞬きをするよりも速く動く。


それは「思考」ではなかった。


反射的な反応は常に神経の伝達の最中にある。ひかりは視線を配っていた。 



この試合に於ける分岐点。


伸縮する生死の臨界点を。




ギュルルルル…ッ



高濃度に圧縮されたカーティスの魔力が、槍の先端へと注がれる。前方へと突進する間、風圧が周囲へと蔓延った。速度は音速を超えていた。ひかりとの最短距離へと走る鋒。狙いは「上半身」だった。動きを封じるためではなく胴体を“貫く”。その一点への注力は超高密度の時間の内側へと侵入していた。


後退することのできない距離。


——その、中間へと。




 ドッ…!



槍がひかりの皮膚の表面に触れる。


被弾は免れなかった。


それは互いの意識の流れの中に流動的に認識できる「感触」だった。



 “超電導”



——しかし間に合わない。



カーティスは槍の「中」に魔力を閉じ込めていた。


超電導が干渉できるのは魔力が「裸」の状態である時、つまり外側へと漏れ出ている時のみだ。ひかりの体に接触したのはあくまで槍の本体。物質としての実体的な表面でしかなく、魔力の「流域」ではない。槍はひかりの体にぶつかるや否や、破裂音のような音を出した。わずかに展開されたシールドの衣を弾いたのだ。直線的に伸びた軌道は大地の皮膚を灼き、空間に穴を開ける。


ひかりの体は貫かれていた。


回復途上だった左腕の骨を穿ち、胸の中心に風穴が開く。


致命的一撃は槍の先端にあった。


…というよりも、その“鮮血”が飛び散っていた。


おびただしいほどに漏れ出る赤い液体が、十文字の刃に滴り落ち。



 ザッ



勝負あった。


誰もがそう思った時だ。


ジリッ…と、わずかな気配がフィールドの中心から流れ出た。


それは「カーティス」のものではなかった。




 「まだ勝負はついてない」



教官の口調は穏やかで、それでいて冷静だ。


雷牙はその言動がにわかには信じられなかった。


槍がひかりの体を貫いた後、勝負はついたものだと思った。


彼女はもう戦える状態にはない。


槍の先端が半身を捉えている。


じきに審判団が合図を送るはずだ。


それが頭の中にあった。



「……ダメージは深刻だが、まだ、かろうじて体を動かすことができる」


「…え?」


「それに、ひかりは近接距離に於いて無類の強さを誇る。その理由はわかるか?」



近距離に於いてのひかりの強さ。


それを一番理解しているのは同じ国に所属しているものたちだった。


例え心臓を貫かれても、自らの体に電気を走らせることで脳の機能と筋肉を連動させる。


カーティスは攻撃にのみ意識を注力していた。


「次」の行動を考えていなかったのだ。


勝負はこの一撃で決まる。


その一点への行動に、“全ての時間”を集中させていたから――

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