第73話 魔力変換効率
ババババババッ——!
砂が弾ける。
飛散する。
スパークショットの一撃一撃は岩を砕く程度のものだが、その「数」は尋常じゃなかった。サンドストームによって巻き上げられた塵や石は空中に浮遊しながら、無数の破片となって空を飛んでいた。ひかりは電流を走らせ、その破片が持つ電荷を引き寄せる。
引き寄せ、——結ぶ。
スパークショットの弾丸。
その素材となるものを、自らの移動経路の道中に撒いていた。サンドストームの影響下にあった空間は、ひかりにとっては攻撃手段の宝庫だ。戦いの場となっているフィールドの環境も、状況次第ではひかりの属性を優勢にできる性質を持っていた。
今、この瞬間に於いては特にそうだ。
空間内の三次元、——その全てを攻撃に利用できる〈時間〉は、早々訪れない。
ひかりは一気に畳み掛けるように攻撃を繰り出していく。カーティスは砂嵐の中心で岩を隆起させ、ドーム状のシールドを展開していた。
“殻に閉じこもる”
そう言った方が良いのだろうか?
ひかりの攻撃は、円形に構築された魔力壁に向かって、様々な大きさのスパークショットを連射した。層は厚く、広い。地面の上に現れた岩の『領域』。それはまるで「カタツムリの殻」だった。トグロを巻いた岩肌が、何重にも重なりながら膨らんでいた。入り組んだその構造はひかりの攻撃の渦中にも成長し、太く、厚くなっていく。
カーティスにとっての主戦場。フィールドの地面はすでに彼にとっての『場所』だった。地面に接地した足元から、自らの魔力を根のように張り巡らせる。地面に近ければ近いほど「岩」の属性を強く引き出せる。シールドの強さは“地面の近さ”と比例していた。
けど
ボンッ——!
スパークショットの一部は、被弾と同時に爆発を帯びる。
帯電させた物質の内部を熱し物体を加熱することで、弾丸の中に含まれる内部の揮発性の成分が急激に膨張し、衝突エネルギーの解放に乗じて爆発する。
その表面温度は数千度にも達していた。
例えば落雷は木に直撃することがしばしばあるが、落雷が直撃した木は、時にすさまじい音とともに爆発することがある。これは落雷によって木に蓄えられた電気エネルギーが瞬時に熱へと変わり、内部の水分を急膨張させるために起こる現象だ。
シールドの表面上に次々と起こる衝撃波が砂塵を吹き飛ばし、バラバラと破片が飛び散る。
カーティスの岩壁が、少しずつ綻んでいく。
「狙いはそこじゃない」
「え?」
教官が注目していたのは、ひかり先輩の“手数”だ。カーティス先輩の防御壁はひかり先輩の攻撃を受けて収縮していた。接触と同時に破裂する光弾が、空気中に分解しながら粉々にほどけていく。音は後から聞こえてきた。それほどまでに速い電撃が、閃光のように空間を迸っていた。カーティス先輩が動ける半径は限られていた。
というより、“動けなかった”
それはひかり先輩の攻撃が激しいというよりも、——むしろ
「魔力には「壁」がある。装填できる球の数には、“限り”があるように」
「へ?」
「心臓は1秒間にどれくらいの速度で動くと思う?」
「1秒間に…?」
「うむ」
…えーっと
1秒?
1秒って言ったら1回くらいしか動けないんじゃないの?
わからないけど
「間違ってないと思うぞ?1分間に動くのは大体70回くらいだからな」
「ですよね?」
「では、心臓が1回動くエネルギーと、2回動くエネルギーの差は?」
んん??
心臓が動くエネルギーの差?
そんなの考えたことない
単純に1回分違うだけなんじゃない?
え、違う?
「カーティスがサンドストームを発生させたのは、時間稼ぎを行うためだ」
「時間稼ぎ??」
「コップに入れれる水の量は、コップの大きさによって決まるだろう?」
「はい」
「では、200ml入りのコップに500mlの水を入れたらどうなる?」
「溢れます」
「魔力についても同じことが言えるぞ。一度に出力できる魔力量には限りがある。それはさっき言ったように、「魔法」の“仕組み”として」
一度に出力できる量。
目には見えないけど、「魔法」は魔力の器であり、出口まで運ぶことができる“ホース”でもある。蛇口から水を出すように、単位時間あたりの質量と密度が決まっている。溜めが大きれば大きいほど出力の幅を高められるし、逆も然りだ。
問題は、いずれにしても「壁」があるということ。
仮に1時間かけて巨大な魔法陣を形成しても、そこから取り出せる魔力の「幅」には限界がある。
『魔力変換効率』
ってやつだ。
多分、そんな感じ。
カーティスの特性。
それは魔力変換効率を無視し、一時的に”一方向への魔力を高められる“。
通称『チャージ(補充)』。
彼はこの特性を使って、1秒あたりに出力できる最大魔力量を大幅に増大させることができた。
極端に言えば、1回で出せるエネルギー量を2乗にも3乗にもできるって話だった。
範囲自体は、それほど大きくないみたいだけど
「掛け合わせるってこと…?」
「単純に言うとだがな?まあ、計算はもっと複雑なんだが、効率の「壁」を無視できることに変わりはない」
効率の壁。
カーティスがシールドの強化に時間を費やしている間、サンドストームの範囲は弱まり続けた。スキャナーをつけなくても先輩の位置がわかるようになる。電荷を帯びた砂塵の密度は急速に弱まり、薄い靄程度の大きさに縮まっていた。
ひかりは地上へと降り立つ。が、攻撃を弱めることはない。カーティスの特性が発動できる範囲には限りがあった。そしてその「条件」も、タイミングが重要みたいだった。
『チャージ(補充)』の特性の第一条件は、魔力を一度“消費すること”。
そしてその消費した魔力を拘束しておく必要があった。
方法としてはいくつかあるみたいだった。
ただ、この場面としては——
ドッ
地面を蹴る。前進する。
シールドの防壁は弱まり続けている。地面を支配下に置くカーティスの主戦場とはいえ、ひかりの攻撃は速く、重かった。シールドの地殻を構成している土、砂、岩石などもある程度の電気伝導度を持つ。
内部から破壊する。
一撃の強さを、壁の内側へと滑り込ませる。
シールドの表面への打撃と、シールド内部に流れている魔力流域の阻害。できるだけカーティスの魔力を“安定させない”。ひかりは知っていた。だから攻撃を緩めることはなかった。カーティスの特性の「第一条件」を突破させない。魔力の「消費」だけを取れば、すでに条件は突破しているようにも見えるが、そう単純な問題でもなさそうだった。消費の他に、ある一定の「時間」が付与されなければならない。そしてその時間内において魔力流域の流域場に「波」を持たせない。ガタガタと揺れる机の上に物を積んでも、綺麗に積み上げるのが難しいのと同じ理屈で、「場」を安定させる必要があった。
魔力を安定させる「地盤」を。
ショックウェーブ(電撃流)。
物質の内側へと振動するエネルギーの伝播。
シールドの表面は激しく揺れ、また、こぼれ落ちた砂塵が宙に浮き上がる。バラバラと崩れていくシールドの外殻と、その表層。
グニャッ
突如、液体のように変形したシールドの壁が、先輩を包み込むように周囲へと流れ出る。ショックウェーブの接触領域から「外」へ。衝撃の及ぶ範囲よりも“後ろ“へと波打った土の粒子が、バシャァァという音を奏でながら飛翔する。
「手」だ。
手の形だ。
シールドの表層から飛び出した砂が、急速な状態変化の先でひかりの体を飲み込もうとしていた。
ザッ
カーティスの攻撃範囲を掻い潜りながら、地面の平面積を十二分に活用する。
ひかりの立つ地面の下からは、次々と岩の「牙」が飛び出しては、その行動の”範囲”そのものを阻害しようとしていた。
ただ、純粋なスピードに於いてはひかりの方に分がある。いくら敵の手数が多くても、捉えきれなければ意味がない。カーティスの攻撃を掻い潜りながら、次々と電撃を浴びせていく。
近距離から中距離へ、中距離から近距離へ。
ジクザグに移動するその機動力は、カーティスの攻撃を分散させられるだけの範囲と広さを伴いながら、複雑な線の模様を描いていた。
縦と横のライン。
カーティスのいる中央を取り囲むように、電光石火の如く移動を繰り返す。
バッ
バッ
バッ
シールドの強度はひかりの攻撃によって徐々に綻んでいたが、同時に「修復」も進行していた。地面に接している限りは、その強度の回復に魔力を接続できる。回復の濃度にはムラがあるが、ひかりの攻撃箇所をあらかじめ予測できれば、攻撃の接触に合わせて局所的な“壁”の強化を実行できた。シールド全体の強化を実行するよりは範囲を絞って魔力を集中した方が、その消費量を抑えられるからだ。




