第71話 エネルギーが伝わる方向
ドドドドドッ――!
地面が揺れる。
連動する。
砂の粒子が細やかな形の変化を伴いながら瞬く間に凝固していく。それはただの地鳴りではなかった。地表を覆う無数の粒と粒がぶつかり、絡まり、圧縮され――強固な岩塊へと変貌していく。
固まった岩肌が地中からせり上がり、波打ちながら隆起していく。層を成した大地が生き物のように蠢く。
縦に、
斜めに、
ねじれながら、
そして、――突き上げた。
鮫が獲物に喰らいつく瞬間のように地層が裂け、岩の牙が天を衝く。咀嚼でも圧殺でもない。それはただ“貫く”ためだけに存在する牙だ。鋭利に研がれた三角形の刃――矢じりのような尖端が、ひかりを目掛けて連続的に突き出されてくる。
一撃ごとに、大地が吠える。
一撃ごとに、空間が歪む。
岩槍は一つでは終わらない。あらゆる角度から同時多発的に現れる。左右から背後から、真下から。次々と地表を突き破っては牙のように“生えてくる”。
それらはただ“速い”だけではなかった。地面そのものが“武器”として襲いかかってくる感覚。踏みしめる足元が、次の瞬間には殺意を持った刃へと変わる。
逃げ道などない。
地表の隙間を覆うほどに、——速く。
ダンッ
半径50m圏内。
カーティスの動きを察知したひかりは、すでに後退の一歩を踏んでいた。敵の射程圏内からの脱出。その緊急性は、最初の〈一歩〉で始まっていた。数秒単位にも満たない「選択」。ひかりの取った行動は、攻撃へのあらゆる要素を省いた“動作”の中に投じられていた。
地面を蹴り上げる跳躍。
低い重心。
ステップ音が響きながら、スニーカーの底が擦れる。
勢いのままに砂埃が上がった。ザザーーァァッと、脇目も振らず後ずさった後に。
隆起した地面は、尖った形とその先端を残したままだった。逆立つ髪の毛のような棘と、幾本もの刃。細長いその形状は、地面の上に立つ氷柱のようにきめ細やかな円錐形を形どっていた。まるで竜の背中だった。その軌跡はひかりの後退したルートを辿り、見るからに荒々しいまだら模様を描いていた。
せり立つ土の躍動の“中”に。
ガードの構え。両手を閉じて魔力の障壁を形成する。魔力同士がぶつかり合う音は、金属と金属がぶつかった時のように鈍い振動を奏でる。
骨が軋む。皮膚が灼ける。
咄嗟に取った動作の内側にせめぎ合う質量と、——波動。
障壁の“面”に衝突する敵の魔法流域は、エネルギーが伝わる方向への部分的な出力を強めていた。地面から飛び出してきた岩の表面には、物質的な粒子の強度を強めるための「粘性(流体の内部に働く抵抗)」が微量ながら働いており、物質としての柔軟性と剛性が絡み合いながら、岩の内部にまで特殊な弾性がコーティングされていた。
逆にひかりの展開した魔法障壁は簡易的な網目上の膜に過ぎず、局所的な面積に対する垂直な力には脆い。あくまでカーティスの攻撃の“速度”を弱めること。障壁は壊れることが前提であり、むしろその反応の“内”にどれだけの時間的な空間を形成できるかが重要だった。
バリバリバリッ
飛散する障壁。膜の内部へと侵入する岩晶。接触は避けられなかった。後退する一歩への跳躍の最中、腕や胴体の一部に直撃しながら皮膚が裂ける。
が、攻撃の全ては、ひかりの皮膚に触れれる程度の範囲の中に収まっていた。それは障壁の厚みが衝突時の衝撃に耐えるものではなく、“接触時のエネルギー”を外力に転換するものだったからだ。前方からの攻撃は後退する方向への進行性に結合できる。障壁の内壁を自らの体と重ね合わせ、それを平面上に癒着させていた。
接触と同時に癒着した平面積が押され、後方への運動量が生じる。
総じて、時間的な猶予と奥行きが〈物体間〉の中で進行していた。
ズザザァァァァァ
体の数箇所に傷を負いながらも、後方へとステップアウトする。ひかりを追跡するカーティスの攻撃はタコの足のように伸び、後ずさる軌道線上に交錯しながら地面を持ち上げていた。
崩れた魔法障壁の破片が空気中に飛散する。ステップの最中に衝突する粒子の波が、数秒のうちに乱れていく。ひかりの取った「選択」は、敵との距離、——その平行線上において僅かな遅れもなく“直進していた”。後方への離脱はそれだけの緊急性を要するものだった。
一歩遅れれば、あるいは——…
「判断は間違ってないと思う」
「うまく逃げ切れたってこと?」
「…いや、どうだろう」
魔法流域には「幅」と「量」がある。
八雲は言った。もしかしたら、カーティスは相手の出方を待っているのかもしれない。
——というのも、躍動する地面とその攻撃は何十mか進んだ先で止まった。これには理由が2つあって、1つは、相手の動きをコントロールするため。そしてもう1つは、魔法の出力領域に“限界”が生じたため。
術者にとっての重要なパラメータの1つは「魔力量」だが、それを出力する上での範囲と効率は使用者によって大きく異なる。
しかし例外なく言えることが一つあり、それは魔法(術式)流域の体積、——つまり3次元ベクトル上の球面において効果が及ぶ範囲には“上限”があるという点であり、魔力を展開できる「領域」には、使用者の魔力と比例した「最大出力幅」があるという点である。
魔力を展開するための【容器⇄内蔵量】がどれだけ大きくても、それを一度に展開できる量や幅にはある一定の上界値があり、その基準を越えて魔力を出力することはできない。
蛇口から出る水の量には1秒(m/s)あたりの最大値が存在する。
コンセントから引っ張った電気量にも、1秒あたりに流せる電流の強さ(電気が流れる速度や量)が存在している。
仕組みとしてはそれと同じで、魔力を出力する上でもっとも重要となるのが、使用者が利用できる魔法流域には、単位体積・面積・長さあたりに魔力量が分布する割合が決まっている、という点だ。
「魔法(術式)」とは、一度に魔力を出力=効率よく展開するためのドライブルート(エネルギー輸送路)でもある。内蔵する自らの魔力ポテンシャルを最大化するためには、単位時間あたりの魔力の質量や密度を一点に凝縮する必要があり、排出できる範囲が大きければ大きいほど使用できる魔法領域の“質”もより高度なものとなる。
よくTNT換算で、とか、人間の一生分のエネルギーは?とか、各事象の熱的エネルギーを比較するとき、比較になるものの対象の数や範囲に制約を設けず、単純な“度合い”としての数値が表されることがある。
しかしTNT換算では「TNT換算で得られる質量」が割り当てられており、人間の一生分のエネルギーに関して言えば、単位時間あたりの熱量や大きさを度外視した上での理論値上の計算となっている。
一個の爆弾が、どれだけの威力を持っているか。
100m走でどれだけ速いタイムを出すことができるか。
「魔法(術式)」とはいわば、量を数値で表すための基準となる、“決められた一定量の枠組みの中でどれだけのエネルギーを生み出すことができるか”の『仕事率』であり、一定体積あたりの『密度』だ。
だからこそその領域には時間的な距離と可動域が連動している。
砂嵐 (サンド・ストーム)
カーティスが展開した巨大な砂嵐は、ひかりの姿が見えなくなるほどの広範囲の流域を生み出していた。
『渦』だ。
渦が、大気中を覆っていた。
まるで“霧”だった。
景色を遮るほどの濃い霧が、瞬く間にフィールド上を支配した。
「…うわッ」
「隠れるつもりだね」
「隠れる…?」
「カーティスはひかりの特性を理解している。だから、視界を遮ったんだろう。両者との「距離」を保つために」
ひかりの“特性”。
まだ、詳しいことは聞いてなかった。特性そのものについても、まだよく分かってないことが多い。ただ八雲先輩の口ぶりから、「距離」という言葉そのものに対して何か重大なことが含まれている気がした。
「それ」が何かはわからなかった。
具体的なイメージも、内容も。
ひかりはコキッコキッと首を鳴らす。
突如フィールドを覆った巨大な砂嵐に動じる素振りもなく、スパークを体に帯び始める。
「相手の位置を特定する気だね」
「どうやって!?」
「まあ、見てなよ」




