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第67話 “初見”の重要さ


挿絵(By みてみん)




風と水が交錯する。


飛散する青の飛沫が、光を砕きながら宙に舞う。湿気を含んだ空気がひときわ重く視界を曇らせる中、風の候補生は激しい旋回飛行を続けていた。眼前から迫る水の触手。後方からうねるように追いかけてくる水蛇の群れ。空間全体が生き物のように脈動し、もはや“上下”の感覚さえ曖昧になる。


ウォータープールから射出されたそれは、もはや“ただの水”ではなかった。圧縮された水圧と霊素が一体となった“意志を持つ蛇”。あるものは鋭い刃のように、あるものはムチのように、またあるものは巨大な腕のように波打ち、膨らみ、伸び、ねじれ、空間そのものを飲み込むように襲いかかってくる。


「風」の銃弾が放たれる。


バンッ。シュゥッ。


空気が弾ける音と共に圧縮された風弾が放たれ、水の触手の一部を切り裂く。花火のように弾ける飛沫。だがすぐにまた別の触手が、波のように形を変えて迫り来る。何本も何本も――その数二十、三十、いや、それ以上。


相手は左へ急旋回した。翼のように広げた大気の尾を引き、その身を斜めに滑らせるように風に乗せる。巻き込んだ空気が後方で弾けるように炸裂した。


 ――ボンッ。


空圧の爆発が、水の触手を弾き飛ばす。その衝撃で弾けた水滴が宙に散り、太陽光に乱反射する。泡と光の粒子が一面に飛散し、視界が一瞬――まるで霧の中に沈んだように白く霞んだ。


リオンの“水”が次々と形を変えながら押し寄せてくる。相手はその濁流の中をただ逃げるのではない。彼は自らの旋回軌道を「誘導線」として、敵の攻撃を翻弄していた。


触手の束が空間を蛇のように駆け回る。【風】の飛翔軌道はその「内側」――より緻密で狭いカーブをあえて抉るように滑り込む。


 ――まるで氷上を滑る競技選手のような“コーナーワーク”。


楕円を描いたその旋回は、リオンの水が描く放物線を鋭角に切り抜けた。その瞬間、風が再び背中を押した。空気の渦が身体を浮かせ、重力の支配を拒むかのように加速した。水は相手の飛行軌道に重なるように交錯し、幾重にも織り重なりながらうねっていた。力強く柔らかい弾力が、立体的な軌道面に踊る。フィールドの端から端まで目一杯に使い、上昇と下降を何度も繰り返しては、風と水が交互にぶつかる。


制限高度ギリギリまで飛翔した。


上昇した直後のことだ。


相手が急激な方向転換を見せたのは。



膝の角度が60°になり、両足が天井の壁(大気の層)にぴったりとついた。


左手で壁を強く押し、上半身を反対向き(壁を蹴った後に進む方向)に押し上げる。


バタバタと大気の流れの最中に降下し、重力を利用した落下速度の加速を試みる。球体から離れれば離れるほど触手の距離が長くなる。長くなるということは、その分触手自体の移動範囲が「広く」なる。その“立体的な空間”を狙い、触手と触手の間をすり抜けようと試みていた。


球体の中にいる、——リオンを目がけて。



「術者同士の戦いは、“初見”がもっとも肝心なんだ」


「へ?」


「ま、これは魔物との戦いにも言えることかな。「戦い」っていうのはそういうもんだ。基本的に」


「初見」の“肝心”さ。


先輩は戦況を見守りながら、俺たちが生まれ持っている「能力スキル」についてを話し始めた。


「リオンはこの演習に何度も出場してるから、自分の情報が相手にも行き渡ってる。今回に関して言えば、有利なのは「相手」の方だ」


「どうしてですか?」


「相手はリオンの特性を知りながら行動できる。逆に、リオンは相手の特性についてを何も知らない。その分、“何をしてくるかわからない状態“とも言える」


術者の戦いは純粋な「魔力の強さ」と、戦術の「組み立て」。ただ、それはあくまで基本的な戦闘の【環境=距離感】の中に準ずるもので、生死を分けた局面に投与される根本的なリードではない。候補生の戦闘面の多くは、対術者や魔族を排除するための枠組み(カリキュラム)に向けて教育され、実践への形式を形作る。戦場における“敵”との立ち合いに於いて“2度目”はなく、最初の立ち合いこそが最初であり最後となるからだ。


術者の戦術とは本来、“与えられた条件下で最適解を導き出す”ことに終始しがちだ。

しかし、戦場とは「条件が揃わない」ことを前提に成り立っている。

魔力、属性、距離、装備、天候、霊素濃度、精神状態——そのすべてが、常に不安定で変動する。

ゆえに、形式的なカリキュラムでは測れない「変数への適応」と「環境そのものを書き換える力」が、実戦では何よりも優先される。

そうした“変数支配”の戦術を行使できる者だけが、初撃において全局面を制圧し得る。


それ故に戦闘で有利な状況に立つには、相手が“対応できない領域へと足を踏み入れること”が必須であり、最も有効な手段となる。


ジャンケンで勝負をする時、相手がどの手を出すかはお互い予測しようがなく、相手の性格や特徴を注意深く観察する必要がある。例えば術者に於ける「属性」や「魔力量」は、対峙した段階である程度は推し量ることができる。これはジャンケンに於いて予測できる“手”の部分を指し、戦いの場に於いての基本原則にもなる。


しかし“特性”はその原則の「場」の外に展開できるものだと、先輩は言った。「特性スキル」とは言わばポケットの中にある武器であり、匿名の攻撃手段でもある。


もちろん戦闘面で役に立たないものもあるが、逆に戦闘面で役立つものであれば、相手との戦闘能力の差を無視して、形勢を逆転できる「奥の手」にもなり得る。



相手がリオンを倒すことができる可能性——



それは相手の持つ「特性スキル」が、どのタイミングで行使されるか、その部分によるものが大きいと言った。戦局から見てリオンに隙はない。純粋な魔力量の差もかなり開いている。相手は近づくことすらままならない状況だった。


——にも関わらず、ウォータープールの中心へと舵を取った跳躍。



 “何かあるはずだ”



先輩はそう感じ取っていた。幾本もの触手が束になり、ターンした相手の後ろを追尾する。同様に前からも新たな触手を生やし、降下する進行方向を迎え撃つように水飛沫が舞った。相手はさらに加速した。迫り来る水流を前に、ブレーキをかける素振りもなく。


後方へ風を展開する。


それは落下速度を高めるために使用された“一手”だった。


拒絶(リジェクト)


前方から飛び出してきた触手と真正面からぶつかるや否や、相手が通る進行方向に“穴”が開く。



 ——トンネル。



ただ、あり得なかった。ウォータープールはいわば魔力で形成された巨大な「壁」だ。相手の魔力量を見る限り、その壁を打ち壊すことなどできるわけもなく、ましてや、リオンの魔法領域を力づくで妨害することなどできない。


にも関わらず、相手は凄まじい勢いで中心へと滑空した。




 ズザァァァァァァ




水面が綻ぶ。波紋が行き渡る。回転する渦の波はとめどない濁流を起こしながら、球体の表面上に複雑な模様を形成する。


降下する相手と接触した後、表面の水の膜は壊れたように飛散し、弾けた。降下速度は維持されたままだった。水の中で白い気泡がボコボコと暴れ、一本の「線」が、深々と中心に向かって伸びていく。


さながらその姿は「槍」だった。


地面に突き刺さる槍。


ぶ厚い水の層をもろともせず、真っ逆さまに“落下“していく。



 ドンッ



一直線に突き進んだその軌跡は、ウォータープールの真ん中へと鋭い爪痕を残していた。リオンの体を貫く風の銃弾。ウォータープールの中央までくり抜かれた大気の渦。


フィールドに「雨」が降る。


それはウォータープールが解除されたことによる、大量の水の落下だ。ウォータープールを形成していた何万リットルもの水が、崩れ去ったように地上へと落下を始める。


「やられたな」


「…え?」


「どんな手を使ったのか知らないが、リオンの展開していた術式が強制的に解除された」


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