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第66話 鯨


挿絵(By みてみん)




「リオンの属性は水。アイツにとって全ての空間は、「海」の表面となんら変わらない。今度乗せてもらったらどうだ?案外楽しいぞ」


乗せてもらうったって…


敵の攻撃を避け切った後、垂直に飛び上がるように上昇し、サーフボードを旋回させる。相手もそれに合わせて間合いを詰めようとするが、背走するその“真下”で巨大な魔法陣が出現した。


『魔法(術式)』には、魔力を展開できる「範囲」と「質量」が存在する。


魔法の強さは“系”や“空間”に保存された単位体積あたりのエネルギーの量で決まるが、その「領域」は候補生の持つ知識や性格に反映される部分が大きい。


相手候補生の真下に出現した魔法陣の「領域」は、フィールドの中心を陣取るように拡大しながら、瞬時に地面と空中の間を覆った。


相手は危険を察知したのか、上空への移動を止め、急遽前方に大気の渦を形成しながら方向転換を計る。


リオンはそれを見逃さなかった。


敵の方向転換は次に起こる魔法の出現に備えるための“最良の選択”になるはずだった。ただ、それはあくまで予測不可能な攻撃に対する待機空間を作り出すためのもので、その回避手段によって生じた急速な動きの変化に対しては、なんら予防措置を張れない状況にあった。


その「隙」を、リオンはすでに予測していた。方向転換によって急ブレーキをかけた相手の懐へ、狙い澄ましたように接近する。


【空間】を蹴る。


波の波紋が上空一面に広がり、サーフボードの裏側から衝撃によって弾けた水と泡が、煙を噴いたように跳び上がった。


数十mはあった相手との距離が一気に縮まる。


空中に展開されていた大気の渦の層を突き抜け、その拍子に風の向きが変わった。バシュッという音と共に空気が飛散し、シャボン玉が砕けたように空間が歪む。


至近距離、ほとんど反射すら許さぬ距離から放たれた一撃。

リオンの左掌から放出されたその水霊素は、単なる水流ではない――

“砲撃”のように凝縮された水の塊が、空間の一部を抉り取る勢いで直進した。


風を裂き、空を裂き、光をも弾くようなその軌道。

一拍遅れて、風の術者――相手の候補生が咄嗟に距離を取ろうと身体をひねるが、すでに遅い。


砲撃は彼の防壁をかすめ、後方の空間ごと“潰す”。


――まるで、重力ごと“水”に飲まれたようだった。


空中で炸裂した水の衝撃波が一面に霧状の圧を散らす。

その中心、相手の体が“落ちた”。

いや、“落下”というにはあまりに滑らかだった。

それはまるで水面に叩きつけられた羽根のように、空中を斜めに滑りながら沈んでいったのだ。



白煙が立ち昇る。

砕け散る水飛沫が霊素の粒子と混ざり合い、きらめきを残して広がっていく。



――水の中への落下。


それをどう形容するのがいいだろうか。空中で飛散した水の衝撃波は、崖の下で弾ける滝の流れのように目まぐるしい「形」の変化を伴っていた。


肋骨の奥にまで響くような圧力が全身を締めつける。水面は柔らかく見えて、その実、コンクリートのように硬かった。空気と水が混じり合った衝撃が、意識の輪郭を一瞬だけ曇らせる。


逃げ場のない位置で叩きつけられた霊素干渉の反動によって急降下を余儀なくされた相手は、即座に体勢を持ち直そうと自身の背後に分厚い大気の層を形成する。衝撃を吸収しながら次第に減速し、クッションになった風の表層で急いで迎撃体勢に移る。しかし、リオンは追撃のための行動を“取っていなかった”。


…いや、正しくは、取る必要がなかった。


魔法陣が出現してから約10秒。


出力が大きい魔法が具現化するまでのリードタイムは候補生によってばらつきがある。ただ、それを見越したとしても時間は十分に経っていた。


 

 ブゥゥゥン



空気が振動する音が聞こえる。ただ、それはほんの些細な感覚の中にこだまするものだった。相手もそれはわかっていたんだろう。自分の背後に巨大な魔法陣があること。魔力が集中している「場所」があること。


相手が取った「迎撃体勢」は、リオンの追撃に備えるものでありながらその次の行動に対して“重心”が置かれていた。


攻撃範囲からの離脱。


限られた時間の中で発動できる最大出力魔法を、自身の肉体に付与させる。相手は自身が「風」そのものになることで、最速で戦況の立て直しを行うことを試みていた。空中の最中で態勢を持ち直すや否や、少しずつ綻んでいく肉体。埃が風に飛ばされる。そんな挙動を帯びながら、相手は空間の中に透けていった。


 

 …消え…た…?



大気の中にカーテンを敷く。


光が途切れる。


まるでそこに何もなかったように、相手の姿が見えなくなった。


 

…さすがにこれじゃあ、強力な魔法を展開できたとしても…




「逃がさないよ」



リオンの右手から青い閃光が迸る。印を書くように空間に線を引き、肘を手前に引いた。


津波。


それが「何」かは、ハッキリとはわからなかった。ただ、魔法陣から現れた“それ”は、「魔法」というにはあまりにも巨大な物量を伴っていた。



 ザァァァァァァァァァァァァァ



思わず見上げてしまった。それぐらい、デカかった。空中から飛び出してきた竜巻のような渦。大きく膨らんだ水の皮膜と、せり上がった質量。



鯨。



魔法陣の中から出てきたのは、巨大な口を広げた“鯨“だった。穏やかな水面からヌッと持ち上がる輪郭。躍動するうねり。空間の中に砕けていく水飛沫が、バシャバシャと宙に舞う。それが鯨のように見えたのは、躍動する“水の流れ”が、立体的な表面を持っていたからだ。まるで海の水面が、倒れるように空へと傾いたみたいだった。巨大な口を開け、リオンがいる上空もろとも呑み込んでいく。


それだけじゃない。


跳躍するその水の流れの中で、“それ”は空中を泳いでいるようにも見えた。胸ビレをバタつかせ、海の中を泳ぐ。1個体の巨大な生物が、水の衣を纏って空に飛翔する。


まさに、そんな感じだった。


何十メートルもの水柱が、重力に逆らって伸びていく様子は。



ドドドドドドドドドド


 

自由落下を始める水の雫。魔法陣から放出された膨大な”魔力”。全てを飲み込んだかのように見えた大量の水は、上空へと舞い上がるや否や中心に向かって回転を始めた。生き物みたいにうねりながら、あらゆる方向へと波打つ。不規則な動きをしているようで、1つ1つのうねりは中心を捉え続けていた。


波が交錯し、逆巻く水面。


回転する速度が加速しながら、少しずつ滑らかな曲線を描き始める。


丸まっていく。


“密度”を濃くしていく。


激しい躍動が収まる頃には、巨大な「水溜まり」がフィールドの中央に集まっていた。まるまると太った風船。何十メートルにも及ぶシャボン玉。その「見た目」をどう形容していいかわからない。空中に浮遊していた。透明な水で覆われた、日差しを隠すほどの球体が。


「リオンの“ウォータープール”。相手は完全に捕まったな」


「捕まった!?」


「大気もろとも拘束したんだ。ま、拘束にしてはちょっと大袈裟だが」


ウォータープールと呼ばれる魔法は、相手を強制的に水の中へ閉じ込め、“フィールドの環境そのものを変える”ために使用された術式だそうだった。


相手が「風」になることができるように、リオンもまた、「水」そのものに変化することができる。水流に飲み込まれたかと思ったが、実はそうじゃなかった。


フィールド上の大気圏、——つまり相手にとっての行動範囲を制限する。


候補生の戦いの基本は、「純粋な魔力の強さ」で決まるように見えるが、実は戦術による部分が大きかったりする。属性同士との相性や特性スキルを利用した戦い方も、勝敗を分ける大きな要因だ。


「魔法(術式)」は相手の不利な状況をいかに作れるか、または自分自身をいかに有利な環境下に置けるかに利用される場面が多い。


ウォータープールもその1つだ。


相手の候補生が「風属性」だとわかった以上、「大気」の中で戦うことは相手の有利な状況下で戦うことにも等しい。ましてやフィールド上には川や湖は存在しない。乾燥した大地だけが、地面の上に広がっている。だからリオンは「場所」を変えた。膨大な魔力で水を大量に出現させ、空気の流れそのものを変遷させた。


リオンが創り出したのはただの巨大な水球ではなかった。

それは自身の魔導核から放出された水霊素が空間そのものと共鳴し、 「重力」「流れ」「抵抗」 すら再編した“魔導環境”——小規模な自然法則の上書きだった。


通常、術式は対象に魔力を作用させる「一方向の干渉」に過ぎないが、《ウォータープール》は違った。

リオンの魔導核は周囲空間の霊素配列ごと巻き込み、相手が立っていた“世界”の物理情報を水霊素優位に“再定義”したのだ。


これにより風霊素は撹拌されて流動性を失い、空気そのものが粘性を帯びる。

風術者にとっての機動性は奪われ、視界、呼吸、体勢、すべてが“水中の論理”に変わる。

対してリオンは完全に同化した水の中で、あらゆる干渉を“感覚”として捉え、意のままに空間を泳ぐ。


より高度な術者ともなれば、魔導核マギ・コアの稼働領域を自らの外部へと拡張し、周囲の霊素場とリンクさせることで属性そのものに“変化”することが可能になる。これを「属性同化エレメンタル・アフィニティ」と呼ぶ。


これは単なる属性術式の拡大応用ではなく、術者自身が自らの肉体・神経・霊素循環を外部環境の属性波形と“同一化”させる極限技法であり、通常の術式と比べてまったく異なる位相にある。


たとえば「水属性」の同化術者は、魔導核の構造マトリクスを“液相転写型”に再調律することで、自身の肉体を完全に水霊素の粒子構造と同調させる。この状態では物理的打撃や炎属性の攻撃はすり抜け、同時に水中の流体制御によって任意の形状や動作への変形すら可能になる。


リオンが用いた術式 《ウォータープール》の真価は、この“属性同化”を含むものであった。


単に相手を水の中に閉じ込めたのではない。彼自身が“水そのもの”に変化していたのだ。だからこそ、内部に満ちた水は決してただの液体ではなく、リオン自身の感覚、意志、術式意図を宿した“生きた霊素”の場となる。


さらに、属性同化の発展応用として、《逆位霊核操作リバーサル・マトリクス》と呼ばれる技術が存在する。


この手法では霊素と神経伝達を双方向に循環させ、肉体損傷の回復、神経の再接続、さらには精神波形の再整合すら可能となる。外部の霊素場と自己の内部循環を重ね合わせることにより、肉体や意識そのものの修復が可能になるのだ。


ただし、魔力の消費は極めて激しい。使用するには高度な集中と霊素制御技術が求められ、わずかな誤差が霊素構造の崩壊や自己分解の危険を招く。このため、《リバーサル・マトリクス》を使いこなせる術者は極めて限られており、軍事的には“再生術士リストレイター”として特別任用されることも多い。


「術式」とは外部に対して力を放つ手段であるが、同化と逆位霊核操作は、術者と世界の境界を取り払う“存在の再定義”に等しい。


ここに至った者たちはもはや単なる火球や雷撃といった単発の魔法には頼らない。


彼らの一呼吸、一滴の水、一片の霊素がすでに戦場そのものとなり、属性の名を借りた“個”としての在り方を塗り替えてゆく。


そして、その中心にいたのが——リオンだった。



 

 ドバッ…!



球体の中から飛び出してきた物体。相手の候補生だった。



「あ、出てきた!」


「無駄だ。「水」はどんな形にでも変化することができる。”逃げ場”なんてない」


純粋な「魔力」の比較で言えば、リオンの方が相手選手よりもはるかに上だった。相手の候補生は大気をうまく利用し、なんとか攻撃を避けることに徹しているが、圧倒的な物量の前になすすべもない。


上空に逃げようと飛翔する。それを追う水のうねりが、何本もの枝のように曲線を描いて伸びていく。



 ドッ


 ドッ


 ドッ



水の変遷は、空中を自由に駆け巡る。変幻自在に形を変化させ、目まぐるしい脈動を活発化させていた。球体から飛び出した蛇のような細長い水の“触手“は、滑空する相手に沿って滑らかな軌道を描き続ける。


シャアアアアと空気を切り裂きながら、右へ左へと滑空していた。そのたびに水滴が宙に舞った。キラキラとさざめきながら、縦横無尽に旋回しつつ。



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