第63話 こちらが“観戦組”の皆さんかな?
乾いた霊素風が吹き抜ける崖の上で、雷牙たちは列をなして立っていた。
そこはまるで世界の縁だった。
眼下に広がるのは、鉱石の脈が剥き出しになったリンドブルム鉱山群。その中心には演習地指定区画 《アルセラ・ホロウ》が、巨大な火口のように口を開いている。
クレーターの縁を囲む岩壁には仮設の霊導ラインと監視機構が設置され、遠くにはドローンが幾何学的な航路を描いて交差していた。
タルシス山脈はただそこに在った。
風に撓む針葉の梢、遠雷のような地鳴り、そして空を削るような岩峰群。
文明の灯火と自然の荒々しさが無理やり共存させられたこの場所は、まさしく“都市と霊峰の狭間”だった。
そのときだった。
「やあ。こちらが“観戦組”の皆さんかな?」
柔らかくも芯のある声が、風の音に溶けるように届いた。
雷牙たちが振り返ると、そこには見慣れぬ一団が立っていた。
制服は同じLCAの規格だが、色調も裁断も微妙に異なる。青灰色を基調に肩章と胸章には金の縁取りが施され、袖口には流れるような古式の文様が刻まれている。
どこか、伝統と規律を重んじる“別の空気”を纏っていた。
彼らこそ、エレトゥス雷導連合の中でも異質な文化軸を持つ国家――ヨナリア島王国支部からの遠征組だった。
その立ち姿には、どこか“異国の静けさ”があった。
エレクトロニア中央育成局の候補生たちが、都市の躯体と霊素技術に囲まれて育つ「兵器文明の申し子」であるとするならば――彼らはまるで、戦いの中に“詩”を持ち込む修行者のようだった。
ヨナリア島王国。
エレトゥス連合において、最も文化的に“異質”とされる島嶼国家。霊素技術の運用においても、その哲学的基盤は中央とは大きく異なっていた。
この国では「雷」とは単なるエネルギーではなく“魂の振動”であり、術式は命令でも兵装でもなく、“共鳴”によって発動されるべきものと信じられている。
雷導兵器の理論を基礎から否定することはしないまでも、ヨナリアの教育では常に「術式に心を乗せること」「意味のない発動は自滅に等しい」という思想が根付いている。
ゆえに、彼らが操る“心霊反応式術式”は極めて個人性が高く、同じ術式でも術者の精神波形によって効果も発動構造も変化する。
合理主義を基盤とするエレクトロニアからすれば、それは曖昧で危うく、再現性に欠ける術式体系とすら映るかもしれない。
しかしその“危うさ”こそが、彼らにとっては“人間である証明”でもあった。
ヨナリア支部の候補生たちは、ただ技術を教えられただけの若者ではない。
選抜は厳しく、いずれも術式に対する深い精神的理解と霊素との共鳴適性を持つ者ばかり。
その中でも今回の遠征に選ばれた三名――八雲蘇芳、水無瀬雪音、神楽紫苑は、いずれも“精神と技術の均衡”において極めて高い評価を得た者たちだった。
なぜ彼らがこの演習に派遣されたのか。
それは単なる戦力評価ではない。
「戦術的価値観の相互理解と、異文化術式との連携可能性」――
名目上はそう記されているが、裏にはエレクトロニア本部による“文化的統合”への探りもあった。
エレクトロニア中央育成局に比べ、ヨナリア支部は霊素と精神の関係性、すなわち“心霊反応式術式”の教育に特化した体系を持つ。
その思想は近代雷導兵育成とは大きく異なり、術式とは技術である前に“祈り”であり“哲学”であるという観念に根ざしていた。
つまり、ヨナリアのような精神主義国家が中央の現実主義的な術式体系とどれほど歩調を合わせられるか――その“観察と適応”こそが、本来の目的なのだ。
それでも、彼らはそのことを口にすることはない。
中央の技術と、ヨナリアの精神。
両者の“異なる正義”が、いまこの場で静かに交差しようとしていた。
「中央育成局クラス1所属、代表のミレイ・カドラスだ。こちらは同行している候補生たちだ」
控えめな所作で前に出たのは、長身の女性教官だった。整った黒銀の軍装の胸元には、霊導認証章が光っている。
「本日は合同演習観戦、並びに情報交流をよろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げると、相手の一団からも応答があった。
それは、一歩進み出た青年――八雲 蘇芳だった。
「ご丁寧にありがとうございます。ヨナリア島王国支部、遠征観戦組の代表を務めます、八雲蘇芳と申します」
彼の所作はまるで古式の礼法を思わせるほど穏やかで、礼儀の隅々にまで訓練と精神性が宿っていた。
やや長めの黒髪を後ろで結び、瞳は深い藤色をしていた。落ち着いた声音とどこか僧侶のような静謐さを帯びた空気は、いわゆる戦闘要員とは一線を画している印象だった。
「拝見しておりました。……特に、そちらの“雷霊素共鳴者”には強い波を感じました。力の形よりも、“それを保とうとする意志”にこそ、霊の剣は宿ります」
その言葉にミレイ教官が小さく眉を動かしたが、何も言わずそのまま受け取る。
「術式の型を問われれば、“形”は失われる。けれど、心の核がぶれなければ、いかなる型でも“その者の剣”になるのです」
そう続けた蘇芳の背後から、からりとした声が割り込んだ。
「また始まった。蘇芳ってば、語り出すと長いんだから」
声の主は──水無瀬 雪音。
白銀の髪を高く結い、褐色の肌に赤い入墨が映えていた。明らかに“武人”の気配を持ち、腰には一振りの曲刀を帯びている。雷牙たちに向ける表情には敵意はなく、むしろ好奇心が色濃かった。
「でもまあ、あんたら中央組とこうして合流できるなんて、こっちも楽しみにしてたよ。噂は聞いてる。“雷を継ぐ者たち”ってやつでしょ?」
最後にもう一人。
一歩だけ後ろに立ち、言葉も少なく様子をうかがっていたのは──神楽 紫苑。
ほとんど表情を変えない少女だった。肩までの漆黒の髪、無地の面布を首元まで巻き、手には古風な数珠のような霊素触媒を握っている。
「……干渉痕、少し深いですね。魂の“型”がずれている。……でも、再構築は始まっているようです」
その瞳が、まっすぐに雷牙を見つめていた。
ヨナリア組の三人はいずれも、「力」ではなく「意味」で世界を測る者たちだった。
彼らの戦い方は、雷導兵の常識とはかけ離れている。だがその異質さこそが、いまこの多様な連合の中で、貴重な“視点”を提供していた。
ナツキが低く呟いた。
「……ずいぶんと、雰囲気の違う連中だね」
ルシアが肩をすくめた。
「まぁ、こういうのも悪くないんじゃねぇ? 他の地域の候補生っつーのは、生活も文化も全部違うって言うしな?」
陽光が、彼らの頭上に降り注いだ。
崖の下では演習の準備が進み、雷導ラインが点滅を繰り返していた。
クレーターの中央にはクラス1による戦術演習がまもなく開始されようとしている。彼らは観戦者であり、観察者であり、同時に未来の当事者でもあった。
「では、行きましょうか」
蘇芳の声に導かれるように、彼らはクレーター縁の通路へと歩き出した。
タルシスの稜線を背景に、ヨナリアの静かな刃たちが世界の“歪み”を見つめていた。




