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第61話 似たような立場の人間



「君が、噂の“特級スキル”持ちの生徒かな?」


その声は静かだった。耳に優しい低音。

けれど、その響きには確かな“輪郭”があった。


何の前触れもなく目の前に立っていたその人物に、俺は瞬間的に身構えていた。


黒銀の制服。クラス1の候補生であることは間違いない。

だが、他の誰よりも“色”が薄かった。いや、正確には「個性が薄いのに目立つ」。矛盾するようでいて絶妙に成り立ってしまっている。

一言で言うなら、影のような存在感——気づけばそこにいて、話しかけられて初めて“いた”ことに気づく。そんなタイプの人間だった。


「……ああ。俺が“ライ”だ」


一応名乗っておく。


その瞬間、相手の口角がわずかに上がる。

小さく、けれど確かに浮かぶ微笑み。それは侮蔑でも皮肉でもなかった。ただ、まるで“予定通り”とでも言うような——既視感をなぞるような笑み。


「やっぱり、そんな顔をしてると思ったよ。“どこかの誰か”をコピーして、自分自身が曖昧になっていく。……そんな瞳をね」


「……あんた、誰だよ」


警戒心は完全に抜けない。

相手からは敵意も殺気も感じないが、それ以上に“見透かされている”感覚が強かった。


「名乗るのを忘れてたね。これは失礼」


そう言って彼はふわりと一歩下がり、どこか演劇的な所作で胸に手を当てた。


その仕草は優雅というより、“計算された抑揚”に満ちていた。




◆ サイファー・ヴェリティア(Cypher Veritia)


・所属:クラス1/雷導心理干渉課

・属性:光・水(混合適応型)

・スキル:《トリック・ミラー》

 → 対象の潜在意識を読み取り、記憶・感情・行動反応を映し出す幻影・催眠干渉系スキル。

 → 接触・視線・声などを媒介とし、“記憶と現実の境界”を曖昧にする能力を持つ。

・外見:深緑と銀の中間色の長髪を後ろでゆるく結んだ中性的な風貌。

 細身の体型に、曖昧な笑みを浮かべたまま他人の“懐”に入り込む達人。

・性格:穏やか・洞察型。だがどこまでが本音か分からない。

・評価:精神耐性・心理干渉適性S。対人戦評価は“相性”次第で大幅に上下する。

・性別:男性

・通称:「影喰いの鏡」「虚の観察者」




「僕はサイファー。君の……そうだね、“似たような立場”の人間って言っておこうか」


「似たような?」


「うん。僕も自分が“誰なのか”を見失ったまま、ここまで来たから」


まるで他人事のように話すその口調の奥に、どこか奇妙な“温度”を感じた。たぶんこの人は、何かを本当に“知っている”。スキルでも記憶でもなく、“存在の輪郭”に触れる何かを。


「それじゃ、また後で」


ふと身を翻し、サイファーはクラス1の隊列に戻っていった。彼が去った後も、俺の脳裏にはその声が微かに残っていた。


「“自分の能力を使って、自分を壊す前に”——ちゃんと見つけなよ。“君が君でいられる術”を」


どこまでも静かで、どこまでも深く。


(俺と“似たような立場”……か)


エレクトロニアで目覚めてから今日まで、何度も思い知らされた。

この世界にいる“自分”と日本にいた“俺”は、果たして同一なのか?

ただの記憶の断片なのか? それとも……どちらかが、本当の俺だったのか?


そこに明確な答えはない。


けれど確かに俺は今、“ライ”として生きている。

スキルを使い、戦い、仲間と関わりながら——“ただの候補生”ではない存在として毎日を積み重ねてきた。


なのに時折、ふとした瞬間に思うんだ。

「これは本当に俺の人生なのか?」と。


サイファーのような人物は、それを見抜く。

きっと彼自身もその疑問の只中にいて、乗り越えるか、あるいは未だ飲まれたままなのかもしれない。


思えば、“《パーフェクト・コピー》”という能力自体がそうだ。

他人の技を複製し、それを自在に組み換えながら再構築する。

けれどそれは裏を返せば、「自分自身の型」がないということだ。

“誰かになる”ことはできても、“自分だけの何か”を形にするのはどこまでも難しい。


その意味で、サイファーの言葉は本質を突いていた。


「自分の能力を使って、自分を壊す前に——ちゃんと見つけなよ。“君が君でいられる術”を」


きっとこれはただの“アドバイス”じゃない。

警告であり、共鳴であり、ひょっとすると——“かつての彼自身”への言葉の残響でもあるのかもしれないと。



俺たちを乗せた車両は、静かにその巨体を動かし始めた。

車体の側面には《SPARKLINE》の文字。雷導連合都市圏の最新型高速霊導列車——通称「スパーク・ライン」だ。


静かすぎる発車音とともに、列車は滑るようにエレクトロニアの都市域を離れていく。

車内は候補生用に貸し切られていて、座席も広め。端末接続の霊素タッチパネル、視覚情報ディスプレイ、簡易スキルログ用の転写装置まで揃っていた。

俺たちは中程の車両にまとまって座らされていて、外の景色を眺める余裕もあった。


都市の縁を抜けると、すぐに景色は変わる。


高層ビルの群れが引き、巨大な霊素収束塔のシルエットが遠ざかっていく。

かわりに視界を埋めてきたのは、連なる尾根と波打つ稜線。

ここから南西――タルシス山系の入り口まで、およそ200キロ。スパーク・ラインの雷導推進なら1時間足らずの距離だ。


「やっぱ速ぇな……」

俺は座席のガラス越しに、風景の変化をじっと見つめた。


鉄と魔導の複合構造体であるこの列車は、ただの交通機関じゃない。

その存在自体が、エレトゥスという大陸の技術力を象徴している。


「景色見るとか、らしくねーな」


斜め前の座席で足を組んでいたルシアが、視線を横に向けずに言った。


「……まぁな。なんか、見てるだけで色々思い出す」


俺の返事にルシアは「ふぅん」とだけ返して、また前を向いた。けれど、目の前の景色は言葉を必要としなかった。


眼下に広がるのは、かつて“終焉戦役”の一端が燃え尽きた土地。

遠くに見える地割れの名残、瘢痕のような霊素焦土。

それらの合間に、稼働を終えた旧式雷導炉の残骸が点在している。都市から離れれば離れるほど、世界の「傷跡」が露わになる。だが、同時にそこには確かに“再生”の光も見えた。


枯れた谷間に芽吹く緑。雷霊素を吸い込むように並ぶ風力導塔。

崩れた地形を包むように構築された都市霊導の防壁ネットワーク。

それらすべてが、“戦いの後の社会”を静かに映していた。


「おーい、これ見ろよ」


向かいの座席で候補生の1人が端末のホロ投影を開いていた。前線地上戦課(FGC)のノックスだ。

画面には、《リンドブルム演習場地形マップ》と書かれている。


「こっちが山頂クレーター。で、こっちが“死の谷”って呼ばれてる区域……」


ノックスの指が指し示す先、マップの下方には深い森の描写があった。


「……ここがアペプの生息域、ってやつか」


俺が呟くと、彼は真面目な顔で頷いた。


「下には降りないって説明あったけど、霊素濃度も高いし、幻影作用も強いって。また変なもん憑依させんなよ?」


「しねぇよ……さすがにもう懲りた」


「ほんとかぁ〜?」


ノックスが笑って揺さぶってくる。俺は適当に手を振ってごまかした。


――それにしても。


この列車が走る軌道ひとつとっても、世界は確かに変わり続けている。

かつて雷導兵が“兵器”として運ばれたこの鉄路は、

今や候補生たちの“学びの通路”として名目を変えた。

だが変わったのは呼び名だけだ。

運ばれる目的が違うだけで、レールの本質は何ひとつ変わっていない。


そして今、俺たちはその上を――

あの“過去”と同じ鉄の上を、ただ無言で走っている。


かつての「戦争」が地に眠り、今の「平和」が形だけであったとしても、確かにこうして俺たちはここにいる――

手の届く距離に、過去も未来も、確かに重なっている。


(サイファー……)


不意に、先ほどの彼の言葉が脳裏に蘇る。


「自分の能力を使って自分を壊す前に——君が君でいられる術を見つけなよ」


あれはただの戯れ言じゃない。まるで“誰かの体験”から滲み出たような、重たい忠告だった。あの眼差しが、今でも胸の奥に残っている。



窓の外が変わる。


広がる山脈。

タルシスの稜線が、まるで世界を切り裂く刃のように地平を貫いていた。

鋭く、険しく、そしてどこまでも静かだった。


裂けた雲の隙間から陽光が一本の線となって地表を射す。

淡く、だが確かに、これから俺たちが踏み込む場所を照らしていた。


あれが――“リンドブルム鉱山”。


かつては霊素鉱脈の主要採掘場、今は訓練区域として一部再利用されている。

山の中腹には、今も霊素供給塔が規則正しく並び、

その上空では監視ドローンが静かに軌道を描いて交差していく。


文明と自然がせめぎ合ったまま、どちらにも傾ききれないまま放置されたような土地。

枯れかけた変電柱。風に揺れる、錆びた看板。

「通行注意」と書かれた旧軍事区画の標識が、半ば埋もれて見えた。


湿った鉄の匂い、乾いた光の粒。

過去の時間が剥き出しになったような風景が、車窓の外をゆっくりと後ろへ流れていく。


そしてそこにいたはずの誰かたちの気配だけが、いまだ、空気の底に沈んでいた。


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