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第57話 ライフゲージ残り3ピクセル


挿絵(By みてみん)




一旦、落ち着け。俺。


……いや無理だろこんな状況で。


さっきからずっと「落ち着け」「冷静になれ」「これは夢だ」みたいな自己暗示を脳内で延々ループ再生しているが、まったく効果がないどころか逆に心拍数だけが加速していく一方で、もうこのままじゃ俺の精神が瓦解して、数日後には「記憶喪失になって戻ってきました」とか言い出しかねないレベルで脳が焼き切れそうなんだが?


……というわけで、いったん方向転換だ。思考のベクトルをズラす。

事態を“受け入れる”んじゃない。あくまで“分析する”んだ。

目の前の惨状に対してパニックを起こすのではなく、状況を一歩引いて俯瞰しよう。

これは訓練だ。そう、精神鍛錬の一環だ。

イメージとしてはRPGの裏ボス戦。表ストーリーそっちのけで裏ダンジョンを寄り道しまくった挙句、こっちのレベル差なんて秒で無視してワンパンかましてくる異次元スペックのヤツに出会っちまったあの瞬間。


“イベントスキップ不能+負けイベじゃない”ことが確定した時点で全神経が総立ちになる、あの空気。


そう。まさに今の俺は、ターン制バトルの選択画面で「どのコマンド押しても死にそう」っていう、あの詰み寸前のチェス盤に立たされているわけだ。


慎重に考えろ。選べるコマンドは「逃げる」か「死ぬ」か、それとも……

いや違う。ここで“逃げる”は選べない。ターン制バトルにおける「逃げる」は無効化されるのが常だし、なにより相手は……


──ナツキだぞ?


そんな安易な逃走フラグが成立する相手じゃない。

むしろ一手遅れた瞬間に、問答無用で「防御無視・即死級のカウンター」が飛んでくるのが目に見えてる。


ならば導き出すべきは“勝ち筋”。この窮地を抜け出す唯一の手。


いけるか……?いや、いくしかないんだ。


この状況、もはや裏ボス戦どころか人生クライマックス。

開幕からラスボスが出てきたとでも思えば納得できる……かもしれない。


俺の選択肢はまだゼロじゃない。希望は……ある(と思いたい)。


(クソッ……俺の残機、今まさにゼロじゃねぇか!? 一発ミスったら即コンティニュー不可の地獄ルートしか見えないんだが!?)


心の中で震えるコントローラーを握りしめながら、脳内UIに浮かぶのはただひとつ──“選択肢”。


いや、選択肢なんて優しげな言葉にするのもバカらしい。

これはもう完全に“死亡ルートの分岐点”だ。どれを選んでもバッドエンドの匂いしかしねえ。


▼【選択肢】

【1】今すぐスキルを解除する → 変態認定&即通報 → 社会的抹殺エンド

【2】このまま維持してやり過ごす → 下着の視点で共同生活開始 → 尊厳崩壊エンド

【3】奇跡的にバレずに解除 → ウルトラC発動 → でもお前にそんな器用さあるか?


(……なあ、神様。せめてチュートリアルくらいは挟んでくれよ……いきなりラスボス直投げって、どう考えてもバグってんだろ……!?)


だが、現実は容赦なく進行していく。


彼女は寮の自動ドアをくぐり、──一段、また一段と階段を上がっていく。階段を登るたびに視界が揺さぶられ、理性ゲージが確実に削られていく。


重力の都合とか物理法則とかいろんな要素が絡み合って、“俺”のいる視点がたゆたうように危うく揺れる。


(マズい……やべぇ……もうライフゲージ、あと3ドットくらいしか残ってねぇ……!)


冷や汗を通り越して、もはや霊素が蒸発してるんじゃないかってくらいの脱力感。

頭が真っ白になるたびに自分の中の“倫理観”が必死に壁を作ろうとするが──


その壁、たぶんもうヒビだらけだ。


でも、それでも考える。

ここで折れたら終わりだ。


社会的にも、人格的にも、倫理的にも、性別的にも、いやもうあらゆる次元で終わる。

人としての尊厳?そんなもん、今この瞬間だけギリギリで踏みとどまってるだけだ。


だからこそここで導き出すしかない。

この絶体絶命の局面をひっくり返す、“唯一の勝ち筋”ってやつを。


脳内で静かに戦術会議が始まる。

相手は“最強格”。それも感情的な突発型じゃない。“理詰めで完封してくるタイプ”の強敵。


だがどんなボスにも必ず“攻略の糸口”はある。


(落ち着け……まずは呼吸を整えろ。これはただの日常だ。ただの帰宅だ。風呂入って、飯食って、適当に会話して、それで終わりだ)


(俺はその風景に、ちょっとだけ混ざってるだけだ。……いや、“混ざっちゃってる”だけだ)


それさえ乗り切れば、すべて元通りになる。

この魂の不法侵入もスキルの干渉暴走も、全部なかったことにできる。

もしくは、なかった“風”にできる。


──なら、やるしかない。


俺は……覚悟を決めた。

最終局面に挑む勇者ではない。

ただのモブだ。背景に溶け込む群衆だ。


だからこそ、俺は“気づかれずにやり過ごす”という、史上最難度のスニーキングミッションに挑む。


(よし、来い……!どこからでもかかってこい……!)


この魂に宿るのが“バレない限り”、勝機は……まだ、ある。



今、目の前に広がっているのはただただ圧巻で壮大な光景だった。——そう、世界遺産やユネスコに登録されてもいいレベルの。あろうことか彼女は寮に帰るなりそそくさと部屋の中に入ったらしく、そのまま部屋のソファに腰掛けてテレビのスイッチをオンにしたご様子。彼女の体重がお尻に乗っかってくる感触はなんとも言えない刺激的な感覚を連れてきており、俺の精神ゲージはもう“超臨界”に突入しつつあった。


(おいおいおい……ここにきて質量攻撃とか反則だろ……!? こっちは防御力ゼロの布ポジションなんだぞ!?)


目の前に展開されているのは候補生用の簡素な一室。テーブルの上にはコンビニ弁当の袋、隅には教科書やノートが積み上がり、カーテンの向こうには日没の光がまだ残る青みがかった夕暮れ時の夜景がぼんやりと浮かんでいた。

だが俺にとっては、ここが“ラスダン”だ。いや、むしろ最深部の玉座の間。彼女というラスボスが余裕の態度でテレビを見ているこの状況は、完全に“戦術的時間”を要求してくるリアル・メンタル・サバイバルゲームだった。目の前のラスボスは椅子に座ってるだけで全ステータスデバフ撒き散らしてるし、俺はその下で完全無防備のノーガード布スキン。

こっちの心拍と血圧、どこまで上げればこの状況に耐えられるんですかね!?


——戦術的時間。

それはチェスや将棋で、追い詰められたプレイヤーが一手一手を全力で考え抜き、脳内で無限の未来シミュレーションを展開するあの思考力全開の“ゾーン突入”モード。

俺の思考はすでに現実時間から乖離し、脳内に仮想の戦場を広げていた。


「作戦会議開始」


脳内に立ち上がる戦術マップ。コマは俺と彼女、そして無数の“危険イベント”が散りばめられている。

・ソファに深く座り込む彼女 → 圧壊ダメージ

・スカートの裾を直す仕草 → 視界ジャック

・座り直しのための小さな体重移動 → 感覚フィードバック過多による思考崩壊

・生地の張力変化による微細な位置修正 → 触覚情報の指数関数的増幅


(……詰んでる……。いやまだだ、まだ諦めるには早い……!)


俺は額に汗を浮かべながら、選択肢を洗い出す。


【1】テレビに集中している隙に解除 → しかし集中が途切れた瞬間、彼女が妙な気配に気づくリスク大。

【2】寝落ちを待つ → その場合、朝まで布ポジションで徹夜コース。精神死。

【3】奇跡的に“ノイズ”を偽装して解除 → 高度な集中が必要。いまの俺の動揺では成功率わずか5%。


(5%……ファイアーエムブレムなら必殺技が刺さる確率……! でも俺の人生、セーブ&ロードできねぇんだよなぁ!?)


その時、彼女がふとテレビに笑い声をあげた。

一瞬ソファの揺れが俺を襲い、意識が白く飛びそうになる。


(やばいやばいやばい……! 精神崩壊カウントダウン始まってる……!)

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