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第55話 なんだってこんなことに…


挿絵(By みてみん)




──しかし、我ながら自分の能力というものが恐ろしく思えてくる。


ブラックサンダーの実践訓練に付き合うようになってから気づけば一週間が経とうとしていて、最初こそ「俺なんかで大丈夫か?」と戸惑っていたけど、いつの間にか“戦術検証係”として割としっかり役割をこなせるようになっていた……と思う。少なくとも邪魔にはなっていなかったはずだ。レイナの嫌味も減ったし、ミリアにも「ライくんって意外と器用だね」なんて褒められたりもしたし、クロエに至っては「やればできるじゃーん!」と調子に乗る隙も与えてくれない絶妙なフォローをくれる。


で、そんな流れの中で俺はつい……いや、“つい”じゃない。ちゃんと考えた上で、慎重に判断して、最善を尽くした上で……結果的にとんでもない地雷を踏み抜いてしまった。


事の発端は模擬戦フィールドの調整中に出会った、クラス2のある生徒だった。

名前は覚えていない。いや、たぶん知っていたはずなんだけど、そのときの俺は“能力”に気を取られていてそれどころじゃなかった。


魂付与ギフトステップ


──目の前で起きた現象に、思わず息を飲んだ。

彼が使ったスキルはあらゆる物質に対して自らの“存在”を一時的に宿らせるというもの。たとえば小石に触れればその石に意識が生まれ、操ることができる。紙片に触れればそれは目となり耳となり、時に手足のように動きさえする。


応用性は計り知れなかった。

単なる操縦スキルじゃない。あくまで“魂”を“宿らせる”のだ。

つまり──視点と感覚、意識そのものを“移す”という概念。


霊素の流れに意識を転送する、いわば“存在の切り離し”に近い構造は、俺の《パーフェクト・コピー》と理論的な親和性が高く、思わずその場で──


「使わせてもらえますか?」と、許可を得た上でコピーを試みた。


……そう、許可はちゃんと取った。問題はそこじゃない。


問題は、このスキルの扱いが想像以上に“繊細”だったことにある。


ギフトステップは対象を選ばない。

だからこそ触れたものに対して“自分の意識”を一部でも向けてしまえば、そこに宿る。

例えるなら、こちらが意図せずともそっと手を触れただけで“寄りかかってしまう”ような感覚だった。


しかもこの日は、訓練後に別件で“もうひとつのスキル”を試していた。

ナツキの《シェイプシフト》。あらゆる対象に変身できるスキルで、子供の頃に初めてコピーさせてもらって以来、何度か繰り返し試していた俺にとっては比較的扱いやすいスキルだった。……だった、のだが。


その日は何を思ったか、俺はギフトステップの制御練習に“視点変化”の補助としてシェイプシフトを併用しようとした。

具体的には視点と身体感覚をズラしてみることで“魂の分離”の理解を深めようという意図だった。理屈はある。実験意義もあった。だが──


──理屈じゃねえって、こういうときのためにある言葉なんだろうな……


結果として、二つのスキルは恐ろしく相性が悪かった。

片方が物質に“意識”を宿す。もう片方が“姿形”を変える。

この二つを同時に扱うことで起きたのは、霊素リンクのねじれ、感覚共有の多重化、そして──“意識の定着先の混線”だった。


本来の俺の意識が戻るべき場所を見失い、魂の“アンカー”が迷子になった。


そして──



……能力の理屈を、もう一度心の中で確認する。


——「ギフトステップ=魂付与」には、いくつかの制約と構造的なルールが存在する。

まず最初に挙げられるのは「リンク距離」。これは俺の魂と対象を繋ぐ意識回路の有効範囲を意味しており、その最大値は半径およそ一キロメートルだ。リンクした対象がこの圏内に存在する限り、俺はその物体を“もう一つの視点”として扱うことができる。距離が近ければ近いほど対象の意識精度は増し、物理的な情報の鮮明さや伝達速度も格段に上昇する。逆に対象が離れるにつれて解像度は荒くなり、場合によってはノイズのような情報の欠落や錯覚が発生することもある。また、同時に複数の対象をリンクしている場合には回線の帯域が分散されるため、一つ一つの視点は粗くなる。特に複雑な構造を持つ対象や精緻な感覚を要求される場合には、この制約は致命的な負荷となり得る。


次に「筆界特定」と呼ばれる作業。これは魂を宿す対象を決める際に、対象物の境界を明確に“線引き”しなければならないというルールだ。人間の感覚は曖昧なもので、「机全体」や「地面」といった大雑把な対象を指定すると、魂は分散して不安定になり、まともにリンクを維持できない。だからこそ天板だけを切り取るとか、石像なら胴体部分だけ、といった形で“容量と範囲”を限定しなければならない。上限値は最大で一立方メートル。それを超えると意識の回路が飽和し、暴走する危険すらある。曖昧なもの——水や空気といった流動体を対象にする場合には、より精密なイメージによって「この範囲だけ」という仮想の境界線を引かねばならない。


紙でもペンでも教科書でも、果てはお守りだの机の脚だの──対象を選ばず、触れたものに意識を滑り込ませることができる。分配さえうまくいけば、それは俺の“視点”になり、“感覚”になり、場合によっては複数の存在としてこの世界を同時に“体験”することができる。


便利かって?


いや、それは時と場合による。たとえば授業中にこっそり教室のドアに魂を宿して廊下の様子を見張るとか、戦術訓練中に高所のオブジェに付与して死角を確保するとか──使い方次第ではそりゃあ無限の可能性が広がる。

が。

今回のようなケースに限っては、「便利」なんて言葉じゃとても済ませられない。

むしろ「便利」とは真逆だ。“制御不能の大惨事”という言葉の方がよっぽど相応しい。

言うなれば──


もはやこれは、“日常という名の安全柵を軽々と飛び越えた異常事態”だ。


制御を誤れば見なくていいものを見てしまうし、感じなくていいものを感じてしまう。

冗談でも誇張でもなく、“意識の一部が地雷原に突っ込んでいく”ような行為だった。


そして俺は──

よりによってブレーキも安全装置も外した状態で、未知の感覚にフルダイブしている真っ最中なのだ。


なぜそこなんだ、俺!? なぜ数ある選択肢の中から、ピンポイントでそこなんだ!?

いや、違う、違うって。俺が選んだわけじゃない。望んだ覚えなんて一ミリもない。偶然だ。完全に不可抗力。むしろ運命に押し込まれたようなもんだ。神に誓って、悪意なんてなかった!


……けど事実として、俺の魂は今──

ナツキの。清く、正しく、誰よりも真面目に日々を過ごしてきた彼女の。尊厳と名誉を象徴するべき、“あの布の一部”に──宿ってしまっている。


目は開けていない。というか、開けられるわけがない。

だが“視点”としての俺は、そこに存在してしまっている。

見えてしまうのだ。触れてしまっているのだ──いや! 違う違う違う!直接触れてなどいない!だが意識がそこに定着してしまった以上、感じてしまうのだ。布越しの柔らかな感触とか、ほんのりと伝わってくる彼女の体温とか、言葉にするのも憚られるような情報の洪水が、五感というダムをすっ飛ばして精神に流れ込んできやがる。


冷静になれ、俺。

これは事故だ。不可抗力だ。誰が悪いってわけじゃない。ただのスキル干渉の暴走、不可避のトラブル、よくある事例……なわけあるか!!

これを“よくある”って言い張るには、状況があまりにも特殊すぎるし、倫理的にも社会的にもあらゆるラインを軽々と踏み越えてる。


今この瞬間も、俺の脳内では警報が鳴り止まない。

「このままでは人としての尊厳が失われます!」ってアラートが精神内システムの全スピーカーから絶叫してる。


……なのに、なぜだろう。

人としての理性と欲望の中間にあるはずの何かが、今にもぷつんと切れそうな気がする。


頼む、誰か止めてくれ。

いや、もう……俺自身が、俺を止めてくれ。


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