第53話 心の準備が
◇
「――練習を手伝ってほしいって、俺が!?」
間の抜けた声が、訓練棟の第二練習場に響いた。
反響する音に小鳥が一羽天井近くのパイプから飛び立ち、それを気にするでもなくライは驚いたようにクロエを見つめていた。
彼の前には、クロエとともに立つ二人の少女がいた。
ひとりは白銀のメガネと水色の長髪が印象的な、医療補給課のミリア・セラノア。
もうひとりは黒髪ロングに白い眼帯をつけた、鋭い視線の戦術制圧課所属――レイナ・ヴォルテクス。
いずれも“ブラックサンダー”と呼ばれる模擬戦精鋭チームのメンバーであり、クラス3の候補生たちの間でもそこそこ名が知れている候補生たちだった。
「無理にとは言わないよ?ただ、ライの力を“借りれたらな”って話になってさ…?」
クロエがあくまで軽い調子でそう言いながら、さっき3人で話し合った内容を簡潔に伝える。
BT(戦術模擬大会)に向けた準備、戦術構築、スキルの互換性テスト、シナジー検証……。
あくまで“非公式協力”という立場で、正式な出場者とは別枠の参加だ。
ライは話を聞きながら、しきりに頭をかいていた。
どこか居心地が悪そうで、彼特有の“自信なさげな空気”がじわじわと場に染み出していく。
「いや、でも……俺なんかが……力になれるのかどうか……」
その声は掠れていたが、決して弱音ではなかった。ただ慎重すぎるほどに“期待されること”に慣れていない少年の、及び腰で自信がない本音が曇った眼鏡みたいに滲んでいた。
確かに、《パーフェクト・コピー》は優秀なスキルだった。
いや、優秀どころか、世界的に見ても異質な能力だと本人も内心では理解している。
目で見たスキルをそのまま再現し、さらに編集・応用まで可能にする――
候補生レベルで考えれば、ほぼ“チート”と呼べる領域だ。
だがライはその能力の裏にある“制限”や“限界”も、誰よりも痛感していた。
(なんでもあり……じゃねぇんだよな、実際)
スキルのストックは3つまで。
コピーには視認条件と構造解析が必要で、霊素残量次第では術式が途中崩壊することもある。
何より“自分のものではない能力”を扱うには、高度な精神集中と制御力が求められる。
一度でも暴走すれば、自他ともに巻き込む危険がある。
──それを思い知った“実戦”も、彼にはあった。
けれども今、目の前に立つ3人の候補生は彼にその力を“試す”機会を与えようとしている。
クロエの目は、まっすぐだった。
レイナの視線は、すでに思考を巡らせている。
ミリアは、優しいまなざしでライを見つめていた。
…あれ、これもしかして断りきれないやつじゃないか?
ライは静かに混乱していた。クロエの目があまりにも無垢で、期待に満ちていたからだ。まるで「大丈夫、ライならできる」と、当たり前のように信じている――そんな光が彼の胸の奥を小さく叩いた。
手伝うのは別に構わない。
むしろ彼女のためになるのなら、自分の身体の一部くらい喜んで貸してあげたいとさえ思っている。ただ問題は、自分がそこに加わることで“本当に役に立てるかどうか”だった。
(強いよな、このチーム)
ブラックサンダー。BT(戦術模擬大会)では上位成績を狙える優秀なチーム。
レイナ・ヴォルテクスは“突風の制圧者”と称される実力派。彼女の《ボレアス・ラッシュ》は、いまだに制圧不能な空間突破型の戦術として注目されている。
ミリア・セラノアは、癒しと支援の天使。彼女の《メディア・ウェル》があれば、どんな連戦でも継続戦闘が可能になる。正直、彼女のような安定支援がいるだけでチームの生存率は格段に変わる。
そして──クロエ。
空と雷を翔ける彼女の《セント・スパーク》は、まさに精密と火力の両立。高空からの落雷は目標を逃さず、しかも味方に干渉しないほどの完成度。前線も中距離も完璧にカバーできるオールラウンダー。
(……こんな完成された布陣に、俺が?)
彼は無意識に自分の右手をゆっくりと握り込んだ。
指先にかすかな力がこもる。震えはない。ただ奥底には常にある。目に見えない場所にひっそりと沈む――“他者の力”。
頭ではわかっていても、それを使うたびに自分の輪郭が少しずつ曖昧になっていくような気がしていた。
いつだってこれは“借り物”だ。
自分であるために選ぶはずの力が、自分とは別の由来の中で動く。
――いつだって、それは“ニセモノ”だって。
「……うーん……」
小さくうなるような声を漏らす彼を、クロエが覗き込む。
「なに? 難しく考えてる?」
「あ、いや……その、どう手伝えばいいのかって話で……」
「へえ、真面目じゃん?」
その明るい一言が、また彼の心を揺さぶった。クロエの笑顔は言葉以上の何かを伝えていた。“あなたを信じてる”と、当たり前のように言ってくるその眼差し。
(……だめだ。完全に期待してる)
こうなるともはや断るという選択肢はない。しかしだからといって、軽い気持ちで「いいよ」と言うのも違う気がした。無責任な行動は、クロエの信頼を裏切ることにもなるからだ。
(冷静になれ、俺……彼女のためを思うなら、まずはプランを立てないと)
焦らずに、自分にできること、自分にしかできないことを整理する。それが“自分がここにいる意味”を見つける鍵になるはずだし……
「その……俺でよければ、やれる範囲で協力するよ。ただ……何をどう手伝えばいいのか、ちゃんと聞かせてほしい」
ようやく出たその言葉は弱々しくも、確かな意志を帯びていた。
「ほんとに!!?ありがとー!」
クロエがふわりと笑う。その笑顔はいつも通りに柔らかいはずなのに、どこか恐ろしいものを感じるのは気のせいか。
「今回の戦術テスト、テーマは“相互シナジーの実践検証”ってところかな」
そう言いながら、クロエは手元のメモ端末をひらひらさせる。レイナは静かに頷き、ミリアも「うん、そうだね」と安堵するように微笑んだ。
「具体的には──レイナの《ボレアス・ラッシュ》で敵陣を強襲、その突撃軌道に合わせてミリアの《セラフィム・コード》を展開。回復と精神安定を同時に支援しながら、私が上空からの援護。で、ライはそれらを補完する《妨害》役として、戦場の流れを制御する……という構想だよ」
「な、なるほど……理屈は分かった。分かったけど、それ……普通にムズくない?」
俺は思わず言葉を詰まらせた。なんだその戦術、聞くだけで胃がキリキリしてくる。
「うん。だから意味があるの」
サラリとクロエ。笑ってはいるが、目の奥に浮かぶ光はまるで“雷霊素を応用した新型砲”みたいに真剣だ。
「ライの《パーフェクト・コピー》が、チーム戦術にどこまで影響を与えるか、それを知っておきたいの。もし妨害が効果的な役割を果たすなら、ウチらの戦術の応用が実践レベルで組み込める可能性があるから。もちろん、無理はさせないよ?」
「たぶんね」とミリアがそっと付け足す。
うん、その“たぶん”が一番怖いんだが。
「……つまり、俺が“実験台”ってことか?」
「そうとも言うね」
端的にレイナが言い放つ。声に棘はあるが、よく聞くと毒気はない。むしろあのレイナが俺の能力を“期待込みで組み込んでくれている”としたら……これはこれで、名誉なのか?
「妨害役には自由度がある。何をコピーしてもいいし、何を邪魔するかも任せる。戦況を見て即座に判断・選択できるなら……それって、誰よりも戦場をコントロールできる立場なんじゃない?」
クロエがやけに真剣な目で言う。俺はそこで初めて気づく──
ああ、これは本気だ。遊びなんかじゃない。
「……いや、でもさ。俺の《パーフェクト・コピー》って、別に万能じゃないんだぜ? コピー保持は3つまで、24時間経ったら自動消滅、応用には負荷がかかる。スキル同士の相性悪かったら暴走もするし、うっかりミリアのヒール術式と干渉起こしたら“癒しの大爆発”とか起きそうなんだけど」
「それはそれで見てみたいけど」
クロエが小声で笑い、ミリアが「あ、あの……さすがに爆発は困ります」と小さく抗議。レイナだけは何も言わずに、ジッと俺を見ていた。
その視線が妙に重たい。
「でも、確かに面白そうではある」
レイナが呟くように言った。
ざっくりした説明を聞いただけでまだなんとも言えないが、要するに俺がこのチームの“敵役”として動き、ブラックサンダーの戦術そのものを鍛える調整役になれって話だ。戦場の流れを撹乱し、他のメンバーの連携や応用力を試すための変数。スキル《パーフェクト・コピー》を環境や状況に合わせて幅広く活かすことで、ただの的にはならないようにする――という筋書き。
確かに、スキルの性質を考えれば妨害役としてのポテンシャルは高い。状況に応じて手持ちのスキルを切り替え、場合によっては味方の術式の“コピーと変形”で撹乱する。言ってしまえば、模擬戦の“トリックスター”みたいな存在として、全体のバランスや戦略を崩せる可能性がある。だけどクロエが期待してるほどの役割を本当に果たせるかと聞かれれば――そこには正直、疑問符がつく。
「理論上、君の役割は“全局面に干渉可能なフレキシブル・ジャマー”なんだよ」
レイナが、淡々とそう言った。
「模擬戦で求められるのは、“想定外”にどう対応するか。こっちの動きを読み切ってくる相手もいれば、予想を裏切る奇策に出るやつもいる。正攻法だけじゃBTでは勝てない。戦略の引き出しと、即応判断の“選択肢”が多いほど、チームとしての柔軟性は増す」
「ライの《パーフェクト・コピー》は、その“引き出し”を一時的に増やす手段になり得るの」
ミリアも頷きながら、柔らかく補足する。
「私たちなりにチームとしての長所や短所は考えているけど、知識や戦術だけじゃ足りない。それぞれの良さや能力を“いつ・どう使うか”の判断ができなければ、チームの強みを曖昧にしちゃうこともあるから……」
それはまさに、俺がずっと感じていた“問題点”だった。
(コピーしても、それは俺の力じゃない)
スキルを借りたところで、扱えるのは構造の模倣だけだ。判断や戦術はあくまでそのスキルの本来の持ち主――その“経験”や“直感”によって成り立っている。俺にはそれがない。他人の力を使っても、他人の目や思考までは真似できない。
(じゃあどうすればいい? “自分の目”で、それを読み解くしかないか)
「……要するに、コピーしてからが本番ってことだよな」
「そういうこと」
レイナはあっさりと返す。ほんと、この人は無駄がない。言葉も動きも、風みたいに最短で突き刺してくる。
「ま、心配することないよー。ライって意外とやる男だって知ってるから」
「“意外と”ってなんだよ」
横でクロエがニヤリと笑って、軽く背中を叩いてくる。
「実戦だって何回もやってるし、覚えてる? 三ヶ月前の共同演習で、雷導三課の副長相手に時間稼ぎ成功したじゃん。あの時めっちゃ冷静だったじゃん」
「……あれは、冷静っていうか……たまたま上手くいっただけで……」
「弱音禁止っ!」
あっけらかんと笑うクロエに、少しだけ気が緩む。
そう――あのときも、結局は「やってみたらなんとかなった」んだ。
完璧じゃなくても、失敗しても、それでも「動いた」からいい結果に繋がった。
「実験台」だろうがなんだろうが、やるからには意味のあることにしないと。
「わかった。じゃあ……まずはそのテスト、やってみよう」
ライが静かにそう答えると、クロエは目を輝かせた。
「よっしゃあ!じゃあ今からさっそく“妨害モード”発動だね!」
「ちょっと待て、まだ心の準備が――」
「大丈夫大丈夫!こっちはもう準備万端!」
そう言って、クロエが通信機に声を飛ばす。「訓練棟Cルーム、開放申請!モードはフルアクティブで!」
その後ろではレイナが黙々とブリーフィング資料をまとめはじめ、ミリアは端末を操作して《セラフィム・コード》の干渉調整を始めていた。
──これが、上位成績を狙えるチームっていうやつか。
俺は少しだけ深く息を吸い込み、天井に目をやる。高くて広い空間。
静かに、だが確実に足元から“風”が生まれていた。訓練用空調ではない、彼女たちが起こす本物の流れだ。
そこに、俺のスキルが加わる意味があるのなら。
そして──この“妨害役”が、ただの敵役ではなく、“仲間を支えるもう一つの力”になれるのなら。
「……俺も、少しは戦えるようになったってとこ、見せてやるよ」
誰に言うでもなく呟いたその声は、いつもより少しだけ強く響いていた。




