第52話 手伝いに来てもらうのは?
「そういえばさ、クロエの彼氏って――“特級スキル持ち”なんだっけ?」
「……は?」
思わず、変な声が漏れた。何その唐突な話題。
「なんで知ってんの!?」
「前に噂で聞いたの。支援枠出身で、スキル構造が“異常”って」
レイナの声はいつも通り落ち着いてるけど、その目は分析モードに入ってる。単なる興味本位とかじゃなくて、……ヤバいやつを見つけた動物番組のナレーターみたいな、あの目。
「これは珍しい個体ですね〜」って、心の中で絶対つぶやいてる。
「……まあ、そうだけど」
観念して答えると、ミリアが少しだけ息を呑んだ。
「特級……?」
「正確には、分類不能寄りの“特級相当”かな」
そう言いながら、私はベンチに深く腰掛け直した。
「《パーフェクト・コピー》ってスキル。見た相手のスキルを、そのまま再現できる。しかも、ただ真似るだけじゃなくて……編集できるんだって」
「編集?」
「うん。コピーしたスキル同士を組み替えたり、応用したり。状況に合わせて“作り直す”みたいな感じ」
レイナの眉が、ほんのわずかに動いた。
「……それ、かなり便利じゃない?」
「でしょ」
私も苦笑するしかない。
「最大3つまでストックできるって聞いたけど、一つだけでも十分強力っていうか、汎用性がめちゃくちゃ高いんだよね」
私はそう言いながら、指先で空中に三つのスロットを描くような仕草をして見せた。
「コピーできる能力に制限はないって話だし……理屈の上では、伝説級のスキルだって“ヒョイ”ってつまんで運用できるらしいよ」
「“伝説級”って、あの……?」
ミリアがぽかんとした顔で聞いてくる。
「たとえば“三次元干渉展開”とか、“属性相転移術式”みたいな上級術師レベルの術式も、条件さえ合えば模倣できるっていう」
「……マジで?」
レイナの目が細くなる。その視線は驚いたというより、まるで詐欺まがいの通販番組を見てるときのそれだった。
「マジで。もっと言えば、そのコピーしたスキルを“編集”して使うことで、オリジナルよりも適応性の高い戦術に仕立て直すことができるって話」
「“編集”ってどういうこと?」
「たとえば、範囲攻撃だったスキルを単体集中型に調整したり、属性効果を別のものに置き換えたり。対象の霊素の流れを読む能力もあるらしくて、スキルの“構造”を理解したうえで自分用に最適化できるんだって」
「…へぇぇぇ。っていうかそれ、完全に雷導局クラスの魔導技術じゃない?訓練生が持ってていいスキルじゃなくね?」
レイナは腕を組みながら言ったけど、口調はどこか楽しげだった。レイナにとって“ヤバすぎる話”はある意味エンタメだった。彼女の場合こういう話はもはや倫理観より好奇心が勝つっていうか、脳内フィルターが元々自由設計寄りだからね。
「まだ完璧に使いこなしてるわけじゃないらしいよ?コピーできるスキルそのものにも“制限”があるって言ってた」
「制限?」
「“実際に目にしたスキル”しかコピーできないのと、使えるのはあくまで一時的。霊素残量によっては途中で構造が崩れる可能性もあるって」
「ふーん。でも、それなら納得かも。万能すぎたら逆にヤバいもんね……」
ミリアがほっとしたように言った。彼女はチームバランスを常に気にするから、“破格の能力”には少し不安を覚えるタイプだし。
「それに……やっぱり本人が混乱してる部分もあるしね。スキルが強すぎると、逆に自分が追いつかなくなるって言ってた」
彼のスキルが実際どれだけ「便利」なのか……正直、私もまだちゃんとは分かってない。
ただひとつ言えるのは――
あれはもう“便利”とかいうカテゴリじゃなくて、日常生活に紛れ込んだバグみたいな存在だってこと。
特級って肩書きに恥じないくらい、破格で、周りの常識を無視してて。
でも使ってる本人は、ちっともそれを誇らしげにしたりしない。
むしろそれが彼らしいというか、いつもどこかで距離を置いてるように見えるんだよね。自分の力に対しても、周りに対しても。
「ねえ、その彼ってさ――今、どこかのチームに入ってるの?」
唐突にレイナが問いかけてきた。
なんか話を聞いてるうちに、完全に興味が湧いてきちゃったって顔してる。
「ううん、入ってないよ。今は“経過観察中”だし、BTには出場できないんだ」
「……経過観察?何それ、怪我とか?」
「じゃなくて……精神面。記憶の二重化と、スキル負荷の両方。今の状態だと、戦場に出すにはまだリスクが高いって言われてるみたいで」
「あー……」
レイナが少し考え込むように唸った。
「でもさ、そのスキルって、他人の能力をコピーできるんでしょ?」
「だね。見たことがあるやつだけだけど」
「じゃあ――たとえば、私とかミリアとか候補生たちのスキルを“コピー”しておいて、それを使って模擬戦戦術を組む、みたいなこともできるわけだよね?」
「できる……とは思う」
私の返事に、レイナの目がキラリと光った。あ、これ何か思いついたな。
「だったら――いっそ、手伝いに来てもらうのは?」
「……え?」
「大会まであと二ヶ月以上はあるでしょ。なら、その間にライくんに来てもらって、私たちの戦術構築に協力してもらえばいい。コピー能力を活かして、他の候補生のスキルとのシナジー分析とか、戦術展開のシミュレーションとか。いくらでも活かしようがあるじゃん?」
レイナの発想は、いつだって早いし鋭い。
「でも……いいのかな、そういうのって。まだ観察中の身だし、正式配属でもないし……」
「それは上に確認してみる必要あるけど。非戦闘協力要員としてなら、問題ない可能性もあるでしょ?訓練記録への参加とか、データ提供名目ならOKなはず」
「たしかに……」
「それに」
レイナはふっと唇の端を持ち上げて、まるで面白い映画でも見てるかのような顔で私を見た。
「その人の能力、使わないのって逆にもったいなくない?
コピーできる能力が無限に近いってことは、逆に言えば、こっちが用意できる材料も全部“試せる”ってことなんだからさ」
「……戦術の“自由度”が跳ね上がる、ってこと?」
「そう。例えば、ミリアの回復スキルと私の突撃術式を組み合わせて、“突撃しながら自己回復する壁抜けアタッカー”を作ったり。クロエ、あんたの落雷術式と組んだら、空中からの範囲制圧+狙撃特化の変則支援とかもいけるかも」
「ちょ、ちょっと待って!?それって、全部ライがやる前提で組むってこと?」
「違う違う。まずは“再現できるかどうか”をチェックするだけ。使えるって分かれば、それをベースに他の戦術にも応用できるでしょ?」
レイナの頭の中では、もう新しい模擬戦プランが三つくらい出来上がってるんだろうなって思う。
でも――
「……本人がやるって言えばの話、だよ?」
「うん。それは当然。無理に頼む気はないし。でも、あんたなら話せるでしょ?彼に」
私は一瞬、視線を落とす。
ライのことを考えるといつも心の中が少しだけ混乱する。
彼のスキルはたしかに凄い。
でもそれを「武器」として語られるたびに、どこかざらついた感情が胸の奥に湧き上がる。
彼は戦うために生まれたわけじゃない。
少なくとも、私は――
そうじゃない彼を、知ってるから。
「……話してみるよ」
しばらく黙ったあと、私はそう答えた。
「でも、期待しすぎないでね。彼乗り気じゃなかったら、マジでダンマリ決め込むから」
「それも含めて、“調整”するのがクロエの役目じゃん?」
「ええー……私、マネージャーかなんかか?」
「ん、恋人でしょ?」
レイナがサラッと言ってのけて、私は一瞬言葉に詰まった。
ミリアが「ふふっ」と小さく笑って、それだけで場の空気が少しだけ和らぐ。
ああ、もう。
こういう空気作られると、断れないんだよね。
「……ほんと、面倒くさい人ばっか」
でも――悪くない。
その面倒くささの中に、自分の“居場所”があるって思えるから。
私はそう思いながらスマホを取り出して、ライにメッセージを送る画面を開いた。
「ねえ、ちょっと、相談したいことあるんだけど」――って。




