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第51話 そっとしとくのがいいかなって



演習のログがフィールド外のパネルに転送され、私たちはそれぞれ軽く息を整えながら装備の確認や術式データの整理をしていた。

レイナはすでにステージの隅でフォームの再確認をしていて、ミリアは小さな端末を覗きながら術式波形のチェックをしている。


私はといえば、エコルの通知音に軽く肩を跳ねさせた。ベンチに戻り、装備の腕部端末に接続された表示を確認すると──


「……ライ、か」


画面に表示されたのは、たった一行の短いメッセージだった。


【何時にそっちに行けばいい?】


たったそれだけ。それだけなのに、思わず口元が緩んでしまった。

うわ、やばい、これニヤニヤ止まらないやつじゃん。

……いやいや、たかが一言で浮かれすぎでしょ私。

でも、でも! それでもやっぱり、にやけるもんはにやけるんだからしょうがない。


「……ふふっ」


「…クロエちゃん、顔緩んでるよ?」


隣からふわりとした声。ミリアが覗き込むようにして私の端末と表情を交互に見比べてきた。


「例の彼氏さんから?」


「な、なんでわかったの!?」


慌ててエコルの画面を閉じたけど、どうやら全部顔に出ちゃってたっぽい。たぶん閉じたのは画面だけで、表情は閉じ損ねていたんだと思う。

ミリアはもう全部見抜いたような微笑みを浮かべていた。


「クロエちゃん顔に出しすぎ。よっぽど嬉しかったんだね」


「……むぅ」


バレバレだったらしい。ミリアの笑みはあたたかくて、からかうというよりは安心してる感じだったけど、私はちょっと恥ずかしくて顔を隠すように肩をすくめた。


「でも、ついこの間まで怒ってなかった?」


「う……そ、それは……」


そう、つい最近まで、私はかなりイライラしていた。というより、不安でたまらなかったんだ。


ライが──スキルの暴走事故?(話によれば…だけど)で施設に運ばれたのは、ほんの数週間前のことだった。


原因は詳しく知らされてない。本人もよくわからないみたいだし、いまだに当時の記憶も曖昧なままだって……。

けど、“霊素干渉による神経波の誤結合”とか、“共鳴構造の一時崩壊”とか、専門用語だらけの診断だけが書かれていたことは確か。


その日以来、彼は《中央雷導局》の区画内にある観察室に入れられたまま、定期的なスキャンとテストを受けていた。

何度か面会には行った。けど、彼はまるで私を避けているようだった。


目を合わせない。話を逸らす。あからさまに距離を取ろうとする。


「……連絡だって、まちまちでさ」


エコルのログ履歴を思い出しながら、私は呟く。


「なにが起こってるのかはよくわからない。でも、異世界の記憶がどうとかって言われて、なんとなく不安だったんだ…。自分のことがよくわからないって言うし、私のこともちゃんと覚えてくれてるのか怪しくて」


私の知ってるライは不器用だけどまっすぐで、自分のことより他人の痛みに敏感な人だった。だからたぶんあの時も、私のことを気遣って距離を取ろうとしたんだと思う。


でも私はそんな“優しさ”で壁を作られるのが嫌だった。


だから──


「昨日、無理やりうちに来させたんだ。ちょっと強引だったかもだけど」


ミリアの目が少し見開かれる。けどそれ以上は何も言わないで、静かに続きを待ってくれているのがわかった。


「部屋に泊めて、一晩中話したよ。……っていうか、ほとんどその話はできなかったけどさ?」


私はエコルを握ったまま、そっと胸のあたりに手を置いた。


「だからまだ何も解決してない。記憶も混乱してるっぽいし、何があったのか話しにくそうにしてることも事実。でも──」


画面を閉じて、小さく息を吐く。


「無理に聞こうとは思わないんだ。気にならないって言えば嘘になるけど」


……ここじゃない別の世界の話とか、“雷牙”って名前の、もう一人のライの話とか。


“話したくなったときに、話せばいいんだと思う”。そう口にした瞬間、言葉がふっと宙に浮いた気がした。


「……でも正直、意味わかんないでしょ」


ミリアはすぐに答えなかった。心のどこかで笑われるかもって思ってた。でも、彼女はそんなふうに私を突き放したりはしなかった。


ま、ミリアらしいんだけどね?


そういうとこはちゃんとわかってくれる。

私が何をどう言ったって変に詮索したりしないし、無理に笑って流したりもしない。

ただ黙って、そばにいてくれる感じ。

……そういうの、すごく助かる。言葉にできないことを言葉にしなくてもいいって思わせてくれるの、ほんとありがたいっていうか。


「考えれば考えるほど、頭こんがらがるんだよね。異世界とか、日本とか、大学生だったとか……正直、話半分でも信じきれないし」


「……それにさ」


私は少しだけ視線を落としたまま、続けた。


「正直、ちょっと怖かった」


ここじゃない世界。日本。大学。ラーメン屋。

ライの口から零れた断片的な言葉は、どれも私の知らない景色ばかりだった。


同じ顔で、

同じ声で、


でも“生きてきた世界”がまるで違う誰か。

それが彼の中に、確かに存在しているって思うほど、無性に気になっちゃう自分がいて。


「私が知ってるライじゃない部分が、急に現れたみたいで。触ったら壊れそうで、でも触らないとどこかに行っちゃいそうで……」


自分でも、何を言ってるのかよくわからなかった。でも、言葉にしないと胸の奥で絡まってしまいそうだった。


「昨日はさ、本当に話すつもりなかったんだよ?」


ふっと苦笑して、肩をすくめる。


「ただデートするだけのつもりだったし、映画見て、適当にご飯食べて、ちょっと街歩いて、それで解散する予定だった。でも……気づいたら家にいてさ」


昨日の夜のことを思い出す。

ソファで並んで座って、ゲームして、くだらないことで笑って、途中で変な沈黙が落ちてきて。


「気づいたら泊まってた、っていうか……まあ、私が帰らせなかったんだけど」


「……クロエちゃんらしいね」


ミリアが小さくそう言った。


「らしいっていうか、勢いだよ勢い。考えると怖くなるから、動いたってだけ」


本当は聞きたいことが山ほどある。

異世界のこと。江ノ島っていう彼の故郷のこと。向こうで大切だった人のこと。

私のことを、今どう思ってるのか。


でも昨日の彼はまだ“整理できてない”顔をしていた。

話せないんじゃない。今は私なんかより頭の中がぐちゃぐちゃなんじゃないかな?……多分、だけど。


「だから今は……そっとしとくのがいいかなって思ってる」


エコルを指先で軽く叩きながら、私は言った。


「昨日、ちゃんと話せたわけじゃないけどさ。一緒にいられたってだけで、ちょっとホッとした部分もあったんだ」


ミリアはやさしく微笑んだ。


「それでいいと思う。無理に言葉にしなくても、一緒にいる時間が支えになることもあるから」


「……だよね」


少しだけ、胸が軽くなった気がした。


「……厄介な男を選んだね」


振り向くと、レイナが腕を組んだままこちらを見ていた。演習後の汗も拭かず、いつもの無表情のまま。


「でしょ?」


そう返すと、ほんの一瞬だけレイナの口元が緩んだ。


「まあ。でもあんたも相当だし、お似合いかも」


その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。


私はエコルを操作して、短い返事を打った。


【演習終わったらでいいよ。無理しないで】


送信。すぐに既読がついた。


返事は、少し間を置いてから。


【了解】


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