第50話 私たちのやり方
「……さて、と」
小さく気合を入れて、私は立ち上がった。
座りっぱなしで鈍った肩をぐるっと回すと、関節が軽くポキッと鳴る。
練習できる時間は限られてるし、ぼーっとしてる余裕なんてないからね。
ベンチ脇に設置された《エコル・ターミナル》の前に立ってIDカードをかざすと、透明なパネルに今日のメニューが浮かび上がった。
【チームID: No.0287 個別演習メニュー】
-個別戦術展開訓練(局所連携モード)
-術式干渉反応テスト(相互同期評価含)
-戦闘リカバリーフェイズ訓練(短時間再起動/回避展開)
画面には私たちのチーム──《ブラックサンダー》の登録コードと構成情報が表示されている。
《BLACK THUNDER》
・リーダー:クロエ・レイン(雷属性・感知強化型)
・メンバー:レイナ・ヴォルテクス(風属性・高速突撃型)
・メンバー:ミリア・セラノア(水属性・支援治癒型)
・所属課程:機動空域管制課/高速機動制圧課/医療補給課
・登録Class平均:3.6
・総合連携評価:B(戦術バランスA・安定性C・戦況対応力B)
三人の属性も適性も、まるでバラバラだ。
私の雷霊素は感知と制御に特化してるし、レイナは風属性の機動・突撃型。ミリアは水霊素の治癒系で、基本的に後方支援。戦術的な役割も、思考スピードも、身体の動かし方も、それぞれまったく違う。
それでも私たちはちゃんと“チーム”になれている。
そう──少なくとも私は信じてる。
「ミリア、フェーズ3で《セラフィム・コード》の展開タイミング、10秒後ろにズラせる?」
「うん、大丈夫。クロエちゃんが先に前線切り崩してくれた方が、範囲制御しやすいかも」
「レイナ、いつもの突入軌道は《Cパターン》で?」
「それで。視線を引きつけたら、2秒以内に動ける」
特別な作戦会議なんていらない。ほんの数語だけで充分に通じ合えるし、言葉が必要になる前にもう互いの意図は伝わってる。
演習メニューを見ただけで、各自がどこを意識すべきか、どのタイミングでどう動くか──そんなの、もう肌感覚で理解できるようになってた。私たちはただ自然に視線を交わして、無言のうちに意思を確認し合って、それだけで一緒にステージへ歩き出す。
連携なんて最初から完璧な形を求めてたら絶対に続かない。
誰かに無理をさせて合わせるんじゃなくて、互いの“らしさ”を認め合って、必要なときにだけ重なる。それが今の私たちのやり方なんだ。
私が先に空間索敵とフェイズ制御を担って、初動で相手の動きを封じる。
そこに風のように鋭くレイナが突撃して、戦線を切り崩す。
そしてミリアが霊素の安定領域を展開して、三人の“動き続ける空間”そのものを整えてくれる。
誰かひとりでも欠けたら成立しない構造。
でも同時にそれぞれが「自分にしかできないこと」をちゃんと持ってた。
私たちはチームとして完全に同調しているわけじゃない。
むしろ個々のリズムやスタイルがバラついている分、最初の頃は衝突も多かった。
レイナは判断が速すぎて、ついていけないことがあった。
ミリアは慎重すぎて、タイミングがズレることもあった。
私は私で感知と制御に集中するあまり、全体の流れを見失うこともよくあった。
でも、それでいいんだと思う。
それぞれが“今の自分”で動いて、その上で「他の2人が必要とするもの」を自然に補い合う。
ミリアが少し遅れても、私とレイナが“その分の余白”を作る。
レイナが先行して敵をかき乱したら、ミリアが後ろで環境を整えてくれる。
私がブレそうになったときは、2人の動きが軌道修正のきっかけになる。
――誰かに合わせるんじゃなくて、「一緒に動く」。
それは言葉よりずっと曖昧で、でも確かな感覚だ。
計算式じゃ説明できないし、公式戦の数値評価に出るようなものでもない。
でもステージに立った瞬間に分かる。私たちは今――“繋がってる”って。
ステージに足を踏み入れた途端、空気が変わった。
半球状のドームは淡く青白い霊素光を帯びていて、私たちの足音や鼓動にすら反応するように微細な粒子が宙を舞う。
《演習フィールドNo.17》――ここは、霊素感応型の拡張訓練場。私たちの動きに合わせて霊素圧を変化させ、実戦に限りなく近い演習環境を再現してくれる特殊なステージだ。
タイマーパネルが30秒のカウントダウンを示したあと、私は深く息を吸い込んだ。視界の端にレイナとミリアを捉えながら、指先に霊素を集中させる。電流が走るような微細な刺激が皮膚を撫で、私の体内で雷霊素の導電反応が加速するのを感じた。
「開始フェーズ、いくよ!」
ミリアの声が、静寂を破る。
初動は私が先陣を切る。雷霊素の《索敵術式》を展開し、視界にノイズフィルターをかける。肉眼では見えない“気配”を霊素波の歪みで捉えるのが私の仕事だ。空間の空気の密度、反射する粒子の角度、見えない波の“揺らぎ”――それを読み解く。
数秒で異常反応を察知。左後方、エネルギー密度の変化が三つ。
……来る!
「レイナ、左後方から虚霊3体。風の軌道なら突破できる!」
私の報告に、間髪入れずレイナが動いた。
「了解、突撃ルート確認。行く」
それだけ言うと、彼女はまるで風を切り裂くように跳躍した。足元から渦巻く風霊素が噴き上がり、次の瞬間には《テンペスト・ダイブ》の発動音が空間を震わせる。
バキィッという風圧の爆裂音と共に、レイナの姿が残像を残して前方に消える。高速軌道で突入した彼女は、まるで空間の“線”を見抜いているかのように最短かつ最深の侵入ルートを選んで突き進む。レイナの突進はただの勢い任せじゃない。動きの一つひとつが緻密に計算されていて、無駄がない。瞬間の判断力と直感の正確さが彼女の最大の武器だ。
その一撃が敵陣を切り裂いた瞬間、私は空気の“質”が変わるのを感じた。霊素の流れが揺れ、戦場が“熱”を帯びる。
そしてすぐに、ミリアの柔らかな声が背後から届いた。
「《セラフィム・コード》展開。回復フィード、展開中」
振り返らずとも分かる。水霊素の波紋が静かに広がり、私たちを包み込む。空間にふわりと漂う湿度と温度の変化――それはミリアの癒しの術式の証。彼女の治癒フィールドはまるで“優しさ”そのものだ。過剰にならず、無理を強いず、でも確実に支えてくれる。
術式のタイミングも精度も完璧だった。あらかじめズラしてもらった展開タイミングが功を奏して、レイナの加速にも私の先制行動にもぴたりと重なる。術式の共鳴音が心地よく耳を打ち、まるで戦場そのものが私たちを肯定してくれているような感覚が広がった。
──私たちは、三人とも「前には出ない」。
でも、三人とも「主軸」なんだ。
私の雷霊素で索敵・位置制御
レイナの風霊素で高機動・突破
ミリアの水霊素で後方支援・回復制御
戦い方は正直バラバラだ。チームとしての“癖”もある。
たとえば、連携安定性はまだ低めだ。レイナは判断が速すぎて、ミリアのサポートが一瞬遅れることがある。私も索敵に集中しすぎて味方の動線を圧迫してしまうことがある。逆にミリアの治癒フィールドに頼りすぎて、無理を通そうとする傾向もある。
だけど、それでも動ける。
“完璧なチーム”と呼ぶにはまだまだ遠いけど、“お互いのことは誰よりもよく知ってる”チームだった。
BT予選の評価欄にも、こう書かれていた。
「戦術連携に改善の余地ありだが、各個の役割と意図が明確で、戦局の流れに合わせて“生きた判断”ができている。感覚的な連携力は非常に高く、戦術発展の余地を多く持つチーム」
つまり、まだ“伸びしろがある”ってことだ。
私はレイナを信じてる。彼女の突撃には、迷いがない。
私はミリアを信じてる。彼女の癒しは、背中を押してくれる。
そして私は私自身をもう少しだけ信じたい。──私にしかできない“雷の軌道”があるって。
ステージが終わり、演習ログが表示される。
被弾率:7%
術式成功率:92%
連携反応評価:B+
戦況掌握率:68%
ログの数字を一瞥したあと、私はターミナルのパネルをそっと閉じた。成績は悪くない。むしろ今の私たちの実力からすれば上出来だ。でも、心の奥にはまだ何かが引っかかっていた。
「ちょっと、見直していい?」
2人にそう言って、ステージ中央のマーカー位置に戻る。どこでタイミングがズレたのか、どこで判断が少しでも遅れたのか──そういう“微差”が試合では命取りになるし。
「また復習? クロエはちょっと真面目すぎるって」
レイナの声が響く。けど、その声に棘はない。どこか呆れたようでいて、どこか安心してるみたいな調子。
「まあね。でも……ちょっと気になったんだ。第二波のあとの展開、ちょっと呼吸が合ってなかったっしょ?」
「……たしかに。クロエちゃんの位置が少し前すぎて、私のフィールドが届ききってなかったかも」
ミリアが静かにうなずいた。彼女はいつだってほんの少し自分を責めすぎる傾向があるから、そこまで背負わなくていいのにって思ってしまうけど。
「私が突撃のタイミング早めちゃったからじゃない?フィールドが来る前に仕掛けてたし」
「……次は、わたしがもう少し早く支援ライン引くね」
「いや、私がタイミング見てから動く」
ミリアとレイナがほぼ同時に口を開き、ほんの少しだけ笑いが漏れた。ぶっきらぼうで照れくさいけど──そういうところが、このチームの好きなところだ。
「じゃあ私が、二人の動きの“中継点”をもう少し意識してみるね。雷霊素の誘導線、もうちょっと広げられるはずだから」
言いながら、術式展開の感覚を頭の中で組み立てていく。雷の道筋が「風」と「水」の流れと交差するように。
三人でステージの中央に立つ。霊素の残響がまだ空気の中に漂っていて、ほんのりとした振動が肌に伝わる。私たちは言葉を交わさず、それぞれの術式を静かに起動させながら意識を“繋ぐ”。
風の軌道、水の波紋、雷の導線――違う性質が、ひとつの円を描くように重なっていく。
これが私たちの“整え方”だ。バラバラなままで――でも同じ場所を目指すやり方。静かに、でも確かに、ひとつのチームとして整っていく瞬間だった。




