第49話 将来の進路
演習の準備がひと段落し、私は演習フロアの隅に置かれた休憩ベンチに腰を下ろした。透明な天井の向こうには淡い光霧が差し込んでいて、霊素層の動きに合わせてゆっくりと流れていく。こういう静かな瞬間って、意外と考え事をしてしまうものだ。
レイナやミリアの話を聞いてるうちにふと、自分の将来について考えていた。
――私は、何になりたいんだろう?
表向きには、「雷導外交局か都市外事部門への配属を目指してる」って、そう言ってる。先生にも、訓練官にも、お母さんにもそう説明してる。戦場だけがすべてじゃない。人と人を繋ぐ仕事がしたい。雷導兵という立場を活かして、国と都市を行き来しながら“未来の平和”を支える役目が果たせたら――
……そんなふうに言ってはいるけど、正直なところそれが「本当にやりたいこと」なのかと聞かれたら言葉に詰まってしまう。
たぶん、それっぽいから選んでるだけ。将来を聞かれたときに、いちばん「立派に聞こえる」から。
でも実感があるかといえば、そんなものない。
私はただ、今を走ってるだけだ。
突撃して、叫んで、仲間に怒られて、でも笑いながらもう一回立ち上がって――そんな日々が楽しいから、それでいいって思ってた。だけど……このまま“楽しい”だけで未来に辿り着けるわけじゃないって、最近は少しずつわかってきた気がする。
戦争が終結してから、まだ十年も経っていない。
エレトゥス連合国の中枢にして、雷霊素技術と自律機械文明の結晶とされる《機械都市エレクトロニア》――
私たちが育ったこの都市も、元を辿れば「繁栄」の象徴じゃなかったそうだ。
再開発の名のもとに築かれた都市機能の裏側には、かつて雷霊素技術の軍事運用が過熱し、社会基盤が破綻寸前にまで至った過去があるらしい。
都市の再構築は戦後処理の一環として、雷導育成機関《LCA》と連動するかたちで進められた。中枢の高層区画は最新の空間構造と自動化インフラによって整備され、都市上層では「管理された理想都市」としての顔を持つようになったが、地層の深部に潜れば話は違う。
エレクトロニアの下層――旧層都市群では、戦時中に運用されていた雷霊素変換炉の残骸や霊素干渉による異常共鳴の痕跡がいまだに残留しており、区域によっては“霊障汚染区”として封鎖されている場所も少なくない。壁のひび割れから微弱な放電が漏れることすらあるこの層では、雷霊素の制御技術が今ほど安定していなかった時代の“失敗の遺産”が沈黙している。
都市外縁に位置する《第六環防壁》――この大規模構造体は、いまだにエレトゥス連合軍の直接管理下にあり、外郭と市民生活の境界線を示している。雷霊素輸送パイプラインの中継施設も兼ねるこの防壁では緊急時の封鎖措置が常に想定されており、平時の今もなお戦時仕様のまま更新が続けられているという。
私たちはこの都市の「再建された理想」と「埋もれた過去」の狭間で育ってきた。
霊素技術の恩恵を受けながらも、かつてその技術が制御不能だった時代の名残に囲まれて生きている。
都市は未来を見据えて動いているが、その地層の奥では今も過去が燻っている。
先生はよく言う。
――「これからの未来を作るのは君たちだ」と。
――「世界はもう平和になった。だが、それをどう保つかが次の戦いだ」と。
でも、その“未来”ってどんな形なんだろう?
この国がどこへ向かおうとしてるのか。雷導兵たちが、どんな“役割”を背負わされていくのか。
そして私は、そのどこにいたいのか。
考えても、答えはずっとぼやけたままだ。
隣の演習ステージではミリアが装備調整をしながら、レイナと何か細かいやりとりをしていた。あの二人はしっかりしてる。自分の役割も将来も、ちゃんと見据えて動いてる。
でも私は――
「ねぇ、クロエちゃん」
ミリアがふわりとした声で近づいてきて、隣に腰を下ろした。
「さっきの話、ありがとう。わたし……ちょっと救われた気がした」
「え? 私、なんか良いこと言ってたっけ」
「うん。“変わらなくてもいい連携”っていうの、すごく嬉しかった。私、自分が支援にしかなれないって、どこかで諦めてたから……」
「……ミリア」
私はミリアのその言葉に、ほんの少し胸が痛くなった。誰かを癒すことしかできないと信じ込んで、それでも前を向いて頑張ってる。そんな子に、「癒しの力があってもいい」と言ってもらえるのは、私にとっても大きな意味があった。
――私たちはきっと、“誰かを支える力”を持ってる。
でもそれは、“将来の進路”みたいなカッチリした枠組みじゃなくて、
もっと曖昧で、もっと不確かで、それでも“確かに存在する”ものだ。
その力を、どうやって未来につなげるのか。
それを考える時間が“今”なのかもしれない。
BT予選が終われば、進路希望の一次提出も近づく。
成績次第で私たちは“訓練生”から、“実戦部隊の候補”として見られるようになる。
このまま走り続けていいのか、それとも一度立ち止まって考えるべきなのか――
ここにくる時もそうだ。私はもう少しだけ、この仲間たちと走ってみたいと思っていた。未来のことはまだぼんやりしててもいいから、今この瞬間だけは、同じ速度で笑って息を切らして、同じ景色を見ていたいと思った。
その積み重ねが、きっとどこかで確かな“答え”になる気がしていた。




