第48話 このチームでやるべきこと
演習フロアに入ると、天井の高いドームが耳に柔らかく響くような静けさに包まれていた。床面の素材は魔力制御対応の霊素パネルで、術式の流れや衝撃を吸収・変換できる特殊構造。ステージ中央には幾つかの訓練オブジェクトが配置されていて、どれも霊素反応に応じて難度や形状を可変できる仕様になっている。
「とりあえず、術式の連携確認から始めよう。特に防衛と突撃のタイミング」
レイナが小型の戦術端末を展開しながら淡々とした調子で言う。端末のホログラムには私たち三人の基本配置パターンが映し出され、演習中の軌道予測が数パターンずつシミュレートされている。
「ミリアの《セラフィム・コード》が展開できるまでの猶予はだいたい……二・五秒ってとこか」
「うん、正確には二・三五秒だけど、外的干渉があればもっと延びちゃうかな」
「その間に突撃組が引きつけておかないと、後衛が焼かれる。だから、私とクロエで初動を取る必要がある」
レイナの言葉に私はうなずく。
「オッケー、私が先に出て、前方撹乱と視線誘導。そっちで一拍置いてから仕留めにいく感じでしょ?」
「それがベスト。ただし、敵が《干渉波術式》を使ってくる場合、ミリアの防壁が通らない可能性がある」
「なるほど、それって呪詛系とか幻惑系の、非物理干渉……」
「そう。BTの試合環境じゃ《フィールド判定》が先に通るから、判定領域外に出られたら術式が無効化される可能性がある。そこをカバーするには、私たち突撃組が“術式の外”で対応する必要がある」
難しい話だけど、レイナが言ってるのはつまり――
「“術を使わない判断”も、戦術のうちってことね」
「その通り」
その時、ミリアがふわりと手を挙げた。
「じゃあ、私からも提案があるんだけど……BTの会場って、エリアごとに“霊素の流れ”が全然違うの。特に空気が乾燥してる市街区だと、水霊素が霧散しやすくて、私のスキルの効果範囲がかなり縮むの」
「あ、それ私も見た。去年の大会データで、回復系は軒並みスコア下がってたってやつでしょ?」
「うん。だから、なるべく屋内型ステージの方が私の術式は安定するかな。逆に屋外で風の流れが強い場所なら、レイナちゃんの突撃効率が上がるはず」
「風圧操作と慣性軌道の加速条件が整うから、ね。じゃあ、ステージごとの最適配置も練習しておく必要がある」
チームの中でこんなふうに冷静に情報を出せる子がいるのは本当にありがたい。
私は基本的に「体で覚える派」だし、状況判断は悪くないけどデータから戦術を組み立てるのはちょっと苦手な方だから。
「で、ミリアの話を踏まえて、私たちがこのチームでやるべきことって何かっていうとさ――」
私は自分でも少し真剣な顔になっているのがわかった。
「“お互いの穴を、無理に埋め合わないこと”だと思うんだよね」
ミリアが目をぱちぱちと瞬かせ、レイナも少しだけ興味ありげに首を傾けた。
「実際私っていつも“突っ走って自滅する”って言われるし、実際そういうところもある。でも、それって直さなきゃいけないのかって言われたら――うーん……多分、違う気がしててさ」
「……クロエちゃんの突撃って、うまく使えばすごく強いから。ミスさえなければ一気に流れを引き寄せられるし」
「そう。でも、それを“抑えろ”って言われたら、たぶん動きが鈍くなっちゃうんだよね。だから、“誰かが誰かを変える”んじゃなくて、“変わらなくてもいい連携”を作りたいんだよ」
「それ、ちょっと分かるかも」
レイナが意外そうな声で言った。そのまま自分の端末を指で軽くスワイプし、ホログラムに映し出されていた配置シミュレーションを切り替える。
「……今の話、もう一回言ってもらってもいい?」
レイナがそんなふうに言うのは珍しかった。無表情ではあるけど、声のトーンがほんの少し柔らかくなっていた。レイナがこんなふうに“聞き返す”のって、けっこうレアだ。だいたいのことは一発で理解して、スッと飲み込んで、次の手を組む。
彼女はそういう子だと思ってた。無駄を嫌うタイプ。戦術マニアで、感情は脇に置いて動く理論派。
――だったはずなのに。
今のレイナは、どこか“納得した”みたいな空気をまとってた。
ちょっとだけ肩の力を抜いて、こっちの考えを「アリ」って思ってくれたような――そんな、わずかな変化。
「変わらなくてもいい連携。つまり、欠点を直すんじゃなくて、前提として活かすってこと?」
「そう。私が突っ込みすぎる性格なのはもう変わんないし、レイナは慎重すぎるくらいタイミングを測るでしょ? ミリアは、その間にちゃんと全体を見てる。だったら、無理に足並みを揃えようとするより、バラバラな性格を“パターン”として成立させた方が強いんじゃないかなって」
ミリアが小さく頷いた。
「わたし、クロエちゃんが突っ込んでる間、なるべく術式の展開を早められるように試してみるね。タイミングが見えてきたら、詠唱の順序を変えてみるのもアリかも」
「それ、できるの?」
「たぶん。順序を最適化すれば展開まで1.8秒くらいにはなると思う。ただ、安定性は少し落ちるけど……」
「いや、1.8秒で撃てるなら十分でしょ。それならもっと積極的に突っ込める!」
「いや、そこを制御するのが私の役目だから」
レイナのツッコミはいつも通り鋭いけど、そこにちょっとだけ笑いのニュアンスが混ざってた。
表情はほぼ変わらないのに、声のテンションがほんの少しだけ上がる感じ。真面目で口数が少ないけど、実はこの子も勝負ごとになると熱くなるタイプだ。私のことを何かと注意してくるけど、それはレイナなりの責任感からきてるって最近ようやくわかってきた。
「ミリア、君のスキルって展開後に持続領域を作れるよね?」
「うん。10秒間なら一定範囲に“術式再展開支援”を残せるよ。あとは使用者の魔力量次第だけど」
「なら、クロエが突撃して敵を引きつけてる間に、その領域を後方に展開する。私がその中で“中継点”を置いて、術式と移動を繋ぐ。これなら、後ろにいても術式の介入タイミングを合わせられる」
「やば、それってめっちゃ高度な連携じゃん……!」
「その分、精度と反応速度が求められるけどね。でも、“型”さえ作れれば、私たちのチームはかなり戦えると思う」
「戦えるどころか、優勝狙えるんじゃない?」
私はちょっと冗談っぽく言ったつもりだったけど、レイナは真面目に頷いた。
「狙うべきだよ。私たちがBTに出る意味は、単なる参加じゃない。次に繋がる“実績”を持っておかないと、進路に響く」
「……レイナってさ、やっぱり上位課程、目指してるの?」
「もちろん。私は《戦術統合課程》に進む予定。指揮系統に進めば、より広い戦域で力を発揮できる。クロエや東先輩みたいな前線タイプを活かせる司令官になるのが目標」
「うわ、レイナっぽい……」
「何それ」
「いや、真面目っていうか、地に足がついてるっていうか。でもそういうのちょっと羨ましいかも」
私はそう言いながら、演習パネルの一つに腰をかけた。パネルの表面からは霊素が微かに放出されていて、術式の再構成を助ける微弱な流れが常に循環している。
「私さ、自分が将来どうなるのかってあんまり想像できないんだよね。選択肢の一つとして“雷導兵になってもいいかな”ぐらいは思ってるんだけど、“なんのために?”って聞かれたら……うーん、格好いいから?みたいな?」
「そういうのも、別に間違ってないと思うよ?」
ミリアが小さく笑った。
「わたしも最初は“ヒーラーってすごそう”ってだけでこの専攻選んだし。でも今はやっぱり、“仲間を守れる”って感覚が好きで続けてる。クロエちゃんの無茶を支えるのも、けっこう楽しいしね?」
「ほらまた、私を無茶の象徴みたいに言う」
「違うの?」
「ぐっ……否定はできない……」
私が口を尖らせると、レイナが珍しくくすっと笑った。
「でもクロエが無茶してくれるおかげで、私たちの戦術構築にも幅が出てる。戦術っていうのは、“予定外”をどこまで許容できるかで強さが決まるんだと思うよ。ある意味、君の存在が“戦術リソース”ってわけ」
「リソース扱いかぁ……でも、そう言ってもらえるとちょっと報われるかな」
演習空間にはまだ他のチームは来ていない。時間は試合に向けた調整期間の真っ只中。この静けさの中で、私たちは“連携”の意味を改めて見つめ直していた。
やがてミリアが立ち上がり、霊素端末を掲げた。
「じゃあ、今のプラン、実際にやってみようか」
「いいね。頭で考えてるだけじゃ意味ないしね。やっぱ体で覚えるのが一番!」
「ほら、またそれ」
レイナが呆れた顔で立ち上がる。
でも、その顔にはもう“不安”はなかった。




