第45話 かすり傷程度だって
「クロエさ、やっつけで行動するなってあれほど言ったよね??!」
耳元に落とされるその声は、まるでピンと張ったギターの弦が無理やりかき鳴らされたみたいに震えていた。
叱責というより怒りと安堵が混じった音。私は思わず肩をすくめる。
こんこんと、一定のリズムを崩さずに私を責め立てているのは三ツ橋アカネ。
クラスメイトであり友人で、そして同じ候補生の子だ。
「……うう、だけどさぁ」
「だけどもクソもないでしょ!? 私があの場にいなかったら、大怪我するとこだったんだよ??」
言い返そうとして言葉を飲み込む。
反論が見つからないというより、今さら何を言っても遅いと分かっていたからだ。
「かすり傷程度だって」
「嘘ばっか。いくら重力風を張り巡らせてたって、あの至近距離であの爆発……。たかが演習で死ぬ気!?」
「その“たかが演習”で、大怪我するとこだったんだよ」
「ニニーちゃんのこと?」
「あんなヤツを“ちゃん”付けすんな。やられる前にやっただけだよ」
吐き捨てるように言うと、アカネは一瞬だけ言葉を失った。
それから小さく息を吸い、「あーもう」とでも言いたげに前髪を指でかき上げた。
「……ほんと、無茶しかしないよね」
苦笑で返すしかなかった。
アカネのスキル、《ホロウ・スペクトラム》。
光霊素を単なる発光現象ではなく、“波動情報”として再定義し、一定範囲のエネルギー挙動を歪める領域干渉型の能力。
さっきの戦闘。
私が最後に放った一撃は冷静に考えれば“自爆”に近い行為だった。出力を一段階でも誤っていれば、爆心地にいた私は跡形もなく消えていただろう。
もちろん、無策だったわけじゃない。
威力は限界まで抑え、重力風の展開も計算通りだった――理論上は。
だけど距離が近すぎた。
あの爆発は急造式の重力風だけで“受け止めきれる”種類のものじゃなかった。
爆ぜる直前に視界が一瞬、白く抜け落ちた。
光が“弾けた”とか“跳ねる”という表現は正確じゃない。
むしろ世界の輪郭が曖昧になった、と言ったほうが感覚としては近い。
音はあった。衝撃も、熱も、確かにそこに存在していた。それなのにそれらは身体に届く直前で、ふっと意味を失った。
叩きつけられるはずの衝撃が空を切る。
焼き尽くすはずの熱が皮膚に触れない。
霊素の奔流が、行き場をなくして拡散する。
“守られた”という実感はなかった。
ただ、「当たらなかった」という結果だけがあとに残った。
――それが、《ホロウ・スペクトラム》だ。
アカネは私の周囲に刹那のあいだだけ領域を重ねていた。
光で壁を作ったわけじゃない。
衝撃を弾いたわけでも、吸収したわけでもない。
爆発は確かに“存在していた”。
ただしそのエネルギーは、作用しきれない状態に分解されていた。
衝撃波は中空化され、
熱は拡散され、
霊素は干渉先を失って空転する。
結果として、外から見ればシールドに守られていたように“見えただけ”だ。実際に起きていたのは、防御でも遮断でもない。アカネはあの瞬間だけ私の周囲に《ホロウ・スペクトラム》の領域を“噛ませた”。領域、と言っても、いわゆる結界みたいなもののイメージとは違う。アカネがやったのは空間を区切ることじゃない。彼女の《スキル》は、光を壁にする能力じゃないんだ。光霊素を「光線」や「粒子」として扱うのではなく、情報を持った波動として再定義するところから始まる。
アカネの認識では、衝撃も熱も、霊素も、突き詰めれば全部“振動”だ。違いは振幅と位相、それから伝播の仕方だけ。だから彼女は光霊素を媒介にして、その振動情報そのものに横槍を入れる。領域内に入ったエネルギーは、いったん「そこにある」という判定を受ける。だけど次の瞬間には作用先との位相が微妙にズレる。当たっているはずなのに「干渉」という前提や結果が成立しない。
衝撃波は、押し潰す前に空振りする。
熱は、伝導する前に拡散する。
霊素は、結びつくべき対象を見失って迷子になる。
中身だけが、すぽっと抜け落ちる。
それが“中空化(ホロウ化)”という現象だ。
だから私の周りに覆われていたのは解釈的には“シールド”じゃない。
「防いだ」わけでも、「耐えた」わけでもない。
当たった結果が【無効化】されただけ。
便利な能力だよね?
「……あの距離で、あの出力だよ?」
アカネは低く息を吐いた。
その声には、怒りよりも疲労が滲んでいる。
「私の領域が一瞬でも遅れてたら、重力風ごと貫通してた。《ホロウ・スペクトラム》は万能じゃないんだから」
「……でも、助かったでしょ?」
そう言うと、アカネは思い切り睨んできた。
「結果論!!」
「はいはい」
「開き直るな!」
怒鳴りながらも、アカネの視線はさっきまで私を包んでいた場所を離れなかった。
もうとっくに消えているはずの光の名残を探すように。
心配性で口うるさくて、無茶な使い方をするくせに。
それでも――
あの場で私を守れたのは、間違いなく彼女だけだった。だから素直にお礼を言うべきなんだろうけど、ちょっぴり意固地になっちゃう自分もいて……
「別に助けなくてもよかったのに」
「それが助けてもらった人に対する態度?」
「だーかーら、問題なかったっつってんだろ??」
「問題だらけでしょ。そもそも演習で勝つ気ある?!」
「あるよ?」
「嘘ばっか!勝つ気があるならあんなことしないでしょ」
あーだこーだ言ってると、「やれやれ」と言った顔でため息をつきながらフレンが帰ってきた。
「まだやってんの?」
「だってアカネが…!」
「だってクロエが…!」
(2人同時に)
むむむ…と唇を歪めているアカネ。そんな顔したってダメダメ。私が悪かったのは認めるけど、あんたの取った行動は演習じゃ禁止されてることだよ?ルール違反ギリギリの行動を起こした私が言うのもなんだけどさ?
「じゃあもう一生助けてやんない!」
「勝手にしろ」
「じゃあ頭痛のときに、脳内ノイズ薄くしてあげるのもやめる。あんた、市販薬効かないタイプでしょ?」
「それとこれとは話が別でしょ!?」
「同じですぅ!」
言っとくけど、私は私であんたに申し訳ないって思ってんだよ??結果的に私のせいでお互い生徒指導室に呼び出されることになったし?でもそれはあんたが勝手にしたことであって…
「ストップ!」
フレンは間に割って入り、人差し指をピンと立てた。
「今回の件に関してはクロエが悪い」
「なんで!?」
「そもそもあんな威力がでかい技を披露するとか、レザックじゃなかったら相手は怪我どころじゃなかったよ?」
「ちゃんとそれは見越してましたー」
「そういう問題じゃないでしょ」
「じゃ、どういう問題」
「演習はあくまで演習。限られたルールの中で相手を制してこそ、意味があるの」
「ニニーが加勢してきてる時点で話が変わってくるでしょ」
「それが事実だとして、どうして審査員に申し出なかったわけ?」
「それは…」
「私も見てたけど、いざとなったら緊急ブザーを押すことができたはず。どうせ頭に血が上って、あんなことしたんでしょ?」
「そーだそーだ!」
「ぐっ…。それはまあそうだけど、私が今怒ってんのはアカネの件だっつーの!」
「それもあんたが悪い」
「はぁ!?何で!!」
「そもそもアカネは心配してたんだ。あんたが無茶ばっかするから」
「ちゃんと計算してました!」
「あれで??」
「見たらわかるでしょ?計算してなかったら今頃この場所も吹っ飛んでたし」
「私が言いたいのは、計算してるしてないの問題じゃなくて、そういう「可能性」がある状況を作った問題なの」
「…へーへー」
「それにあの“技”も使ったでしょ?あれほど使うなって言ったのに」
フレンに喋らせるといつもこれだ。いっつも痛いところをついてくる。そりゃ早とちりだったとは思うよ?正規のルートで違反申告でもしときゃ、アカネも呼び出されることはなかった。
どれもこれもあのクソ女のせいだ。話が済んだら速攻で殴りに行ってやる。この際アイツの寮ごと破壊してやろうかな。どうせろくな奴らがいないんだから。
「ちょっと。やり返そうなんて思ってないよね?」
「なにが?」
「あんたの考えてることなんて大体察しがつくよ。言っとくけど、絶対に行かせないから」
「どこにも行かないよ」
「ほんとに?明後日は先輩の試合見に行くって約束してるでしょ。これ以上面倒ごとはごめんだよ?」
「…あ、そっか」
そうだそうだ。完全に忘れてた。今週末に開催されるバトルロードの予選大会が近いんだった。約束してたのをすっかり忘れてたよ。
「とりあえず仲直りしな?」
「…えぇ」
「私は謝らないからねー」
…コイツ
別に謝ってほしいなんて言ってないし。それに話の論点が合ってないんだって。私がしたことについてはさっき謝ったでしょ?それをチクチクチクチク突っ込んでくるから。
睨みを利かせてくるフレンに押し負け、仕方なくアカネに謝った。フレンを怒らせると怖いからね。なんたってエクスプロージョン(爆発)の能力者なんだから。
私たちは生徒指導室に向かうために、演習会場の正門を出た。
あーあ。ビッグスが待ってるよ。まーたプンプンだぞアイツ。でも今回のは私にも言い分があるし、100%非があるわけじゃない。演習のスキャナー装置で記録した採集データがあるはずだから、どっちが先に問題行動が起こしたのかなんてすぐにわかる。あとでバレるのに、なんであんなことしたんだろうなアイツら…
バカだから後先のことなんて考えてなかったのかも。喧嘩なら外で売りゃいいのに




