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第44話 重力 vs 電磁気力



観客席の上段――そこに“アイツ”の姿があった。


金魚のフンみたいな取り巻きたちとヘラヘラ笑いながら談笑してる。

目が合った途端にわざとらしく口角を吊り上げて、挑発の笑みを浮かべやがった。


……やっぱり、ね。


「まさか」と思った自分が甘かった。


こんなルール無視の介入、普通はしない。

でもアイツは平気でそういうことをする。涼しい顔して、誰よりも外道な手段を選ぶことを。


——全く、とんでもないクソ野郎がこの育成局にはいるもんだ。


上等じゃん。



一つ一つの金属粒子が、まるで独立した意志を持ってるみたいに動いてる。

分裂体っていうのは、本来なら全体が一つの「本体」の支配下にあるはずだ。けど、こいつらの動きはまるで“群れ”が持つ特有の同調性を必要としていない。


一個一個が、「個」として生きてるようにすら見える。


もしこれがレザック1人の制御によるものだったなら、私は素直に感心したかもしれない。でもそうじゃないとわかった以上、こっちも容赦はしない。


フィールドのど真ん中に降り立つ。


それに合わせて全方位から金属の粒子が向かってくる。



いいよ。


来るなら来なさいよ。


そっちが向かってくるなら、逆に“吸い寄せてやるだけ”だ!


無重力空間ではない“逆の空間”。“超重力空間”って知ってる?私が名付けたんだけど、今日は特別だから。出力を最大まで引き上げてあげる。



ドッ



「空間」が歪む。The Gravity(グラヴィティ(重力圏))の能力を持つクロエ・レインが発動した「断空」は、

地面へと落ちるはずの“重力”そのものを縦軸に引き伸ばし、空間を“垂直に潰す”ような圧力場を作り出した。


発動直後、フィールドに散布されていたレザックの金属粒子がまるで何か“透明な膜”に弾かれたように軌道を変えた。


――水滴が、ガラスを伝うように。


重力の“壁”が空間内に構築され、粒子はそのラインに沿って滑り落ちる。直線的な降下ではない。ほんのわずかに湾曲しながら、クロエの足元を避けるようにして地面へと流れ込んでいく。空間そのものが、ゆっくりと傾いているかのような軌道制御。


重力波が重なり合うその中心に、クロエは立っていた。


歪みきった演習場の地形は、既に原型をとどめていない。破壊された地面は所々がめくれ上がり、まるで巨大な獣が掘り返したように荒れている。けれども彼女の立つその一点だけは、奇跡的に“保たれた水平”を維持していた。


彼女はそのわずかな平面に立ち、重力の圧力出力をさらに引き上げる。


足元の地面が鈍く唸りを上げ、環状に――ドーナツ状に――周囲が凹みはじめる。空間の中心に立つ彼女を中心として地表が引きずり落とされるようにへこみ、空間全体が“すり鉢状の構造”へと変貌していく。


その内側で、レザックの本体が身を沈めていた。


粒子による攻撃を仕掛けようと上空へと散布していた彼の分裂体は、クロエが計算していた“磁場の集束点”を起点に一斉に引き寄せられた。金属の群れはまるで意志を持っているかのように正確な軌道を描いていたが――逆に言えば、それら全ての“動き”は予測可能だった。


重力は方向を持つ。


そして、力は大きさによって範囲を限定できる。


クロエはレザックが操作していた粒子の“動作反応点”――すなわち、磁場が最大になる集束座標を割り出し、その一点を“断空”の中心に据えたのだ。


空間圧力が最大化したその瞬間、粒子たちは統合反応を起こし、重力のドーナツ内部へと引き込まれていく。レザックの本体すらも、磁場と重力の複合干渉によって押し潰されるように“ある一点”にまとめ上げられた。


重力の強制集束。


それはもはや術式というより、“空間への拘束命令”だった。


 

こっからは——


根比べだね。


意識を失うのが先か、効果が切れるのが先か。



《 放射系闇式:断空 》は、効果範囲を狭めれば狭めるほど重力の強さを増大させることができる。ただ、思いのほか粒子の量が多かった。近づけるだけ近づけたつもりだけど、背後に回っていた一部の粒子群が想定よりも外側へずれていた。

“効果範囲内”ではある。けど——

もう少し「円」の中心に近づけていれば、全体の強さをさらに高めることができたのに。


ねぇ、じっとしててよレザック。

……今さら逃げたって遅いんだから。


って、は? おいおい、マジで……?



——“重力”より“電磁気力”の方が強い。



昔、授業で先生が言ってた。

冷蔵庫に貼った磁石が落ちない理由。それは、たった数グラムの磁力で“地球規模の重力”を相殺できるからだって。


……それを初めて聞いた時、なんか釈然としなかったんだよね。

だってこっちは重力制御してるんだよ?空間ごとひっくり返す力を使ってんだよ?


それでもたったそれだけの磁場で、重力を押さえつけられる——そう言ってた。


素粒子ってのがあってさ。

この世界を構成してる究極のチップみたいなやつ。


“クォーク”とか“レプトン”とか、私にはどっちがどっちか分かんないけど、それらを支配してる“たった4つの力”が、世界を回してるらしい。


・強い力

・弱い力

・電磁気力

・重力


物理学の教科書の最初のページに、ちょこっと書いてあった。ぶ厚い本のくせに、世界の根幹が数行で説明されてるってどうなのって思ったけど。


で、比較するとこうらしい:


 強い力 :100

 電磁気力: 1

 弱い力 : 0.0001

 重力 : 0.000000000000000000000000000000000001


……は?

なにこの最弱ステータス。


こっちは死に物狂いで「重力」を操ってるってのに、

“電磁気”に軽くひねられるレベルってマジでどういうこと?


って、最初は思ったっけ。



この数字を見れば、重力が電磁気力に対していかに“弱い”かっていうのがわかるだろう。二ニーとの喧嘩にたびたび負けているのもこのせいだ。


“相性”ってやつ?


でもその気になれば、これくらいちょうどいいハンデだとも思ってる。逆にこれだけの差があって私に押し負けている時があるくらいだし?


今もそうだ。


重力に逆らって、レザックの粒子たちは再び空中へ逃れようとしている。磁気の網を張り直して私の“術域”から抜け出そうと必死だけど、そう簡単にいくと思ってる?


半径5m圏内は私のテリトリーだ。それにもう“ロックオン”してる。“思い出した”って言ったでしょ?磁気圏を操作してるのがレザックじゃないとわかった以上、このフィールドに張り巡らされた高磁場ネットワークはアイツ由来のもの。


……だったらこっちは、磁性を持つ金属の「性質」そのものを変えてやればいい。


私の力の本質は、“重力を操ること”じゃない。

物質の質量、密度、空間の慣性構造に“直接”干渉すること。量子レベルの“重力情報”を読み取り、空間内の質量分布を再構成できる能力――


つまり、“重力を量子化する”ことができる。


もし空間の一点に、超高密度の質量を閉じ込めることができたら?

あんたはそこから出てこれなくなる。質量が増加すればそれに比例して時空の曲率も上昇する。相手の粒子がいくら高速で動こうが、その「道」を歪めてしまえば全ての物質はどこにも行けない。


ま、そんなことしたら殺人未遂罪で訴えられかねないけど。


だから“閉じ込め”はやめた。代わりに――“放出”するよ。

そう、短時間で圧縮した質量ならそこから取り出せるエネルギーも最小限に抑えられる……かも?


やってみないと分かんないけど、こればっかりはね。


クロエは「断空」の効果範囲を解除し、代わりに手のひらに新たな領域を生成する。

それは、質量の再定義を行うための空間――すなわち、“重力の再編成場グラヴィティ・コア”。


対象とするのは、空間そのもの。


そこに蓄積された粒子の痕跡、慣性の歪み、地形の変位、そして自身の“魔導核”から常時供給されている魔力流――

それら全てを“一点に圧縮”することで、自然界に存在しない“質量の塊”を人工的に生成する。


魔導核から供給される魔力は、通常は術者の能力特性に従って変換・制御される。

だが、重力圏に直接干渉することができる術者であるクロエの場合、その魔力は“圧力”や“質量”という概念に直結して変換される。

そのため、一時的に空間内の質量構成を変え、演算可能な「重力波」として再放出することが可能になるのだ。


それはもはやただの攻撃でも、防御でもない。

空間そのものに対する――再定義リフレーム


下手を打てば建物ごと吹き飛ぶほどの威力を持つが、演習場のフィールドには強大なバリアが張られていることを見越した彼女は、失格処分を覚悟で行動に移った。


その選択をした理由は2つあった。


1つは、二ニーの磁気圏内で戦うことは、それ相応の高次的なエネルギーが必要になるということ。


そしてもう1つは、“腹が立った”ということだ。


それもそのはずだ。後期の授業の内容や昇級試験の評価シートに関わる大事な一戦で、あろうことか、外部からの重大なルール違反があった。しかもその違反者は“候補生の問題児”で、犬猿の仲。さっさと勝負を決めて、直接殴りに行きたいと思っていた。優先順位が切り替わったのだ。試合に勝つという目的よりも、顔面に1発いれてやりたいという「欲望」の方に。


演習場のフィールドが、重く唸る。

クロエの手のひらから発せられた新たな重力波が、半径数メートルにわたって空気の層を巻き込み、圧縮していく。




「超重力圏、構築完了」





《放射系闇式:断界重壊グラヴィティ・バースト》——




その発動は、まるで宇宙の誕生を模倣するかのような静寂から始まった。


空気が凍るような沈黙の中、クロエは右手をゆっくりと掲げる。

指先から放たれる魔力が、空間に渦巻くように流れ出す。紫がかった闇の波動が手のひらの周囲に形成され、その中心には微かに震える光点――それがこの術の“種”となった。


「——いくよ」


彼女の言葉と共に、体内の“魔導核”が呼応する。魔力の供給リミッターが自動的に解除され、クロエの魔力負荷が一時的に外部へと開放される。都市管理局が制御する魔導炉が警告を発するほどの巨大な魔力波動が、クロエを中心に四方へと放射された。


地面が鳴動する。重力圧によって空間座標が“押し潰され”、まるでフィールドの空気そのものがひしゃげるように歪んでいく。

足元の地面が沈降し、彼女を中心とした環状構造――“術式紋”が姿を現す。


それは、精緻な円環構造。

重力波動と魔力を融合させた幾何学的な紋様グラヴィティ・シジルが、地面に刻まれていく。


幾重にも重なる円。そこに交錯する三角形、五芒星、六角の組紐。

そしてその最奥に刻まれる“闇”のルーン——重力の本質を象徴する黒の文様。



クロエの周囲に空間の“ひび”が走る。

空気や光、魔力の流れが彼女の術式に吸い寄せられながら収束を始める。


彼女が構築するのは、あるべき空間構造を打ち壊し再構成する“場”——

すなわち、“重力による空間の粛清”。


中心座標は、クロエの掌。

そこから生まれた重力核は、空間内の質量分布、運動エネルギー、慣性をすべて解析し、演習場全域を覆うように拡張されていく。



「――沈め、黒き深度」



その瞬間だった。


——全てが、落ちた。


空気が、

魔力が、

光子が、

粒子が、

音が。


彼女の生成した重力核を中心に、ありとあらゆる存在が“落下”する。


だがそれは地面に落ちるのではない。

空間そのものが、“中”に引き裂かれるのだ。


まるで演習場の中心に“ブラックホール”が発生したかのような異常現象。

中心から外へ向かって放たれる重力波動が、逆に“内”へ向かってすべてを飲み込む構造へと転換される。


無数の金属粒子が吸引され、制御を失い、軌道を逸らされながら“核”へと落ちていく。

レザックの分裂体は軌道を維持できず、まるで蜘蛛の糸が断たれたように崩れ、中央の“重壊陣”へと引きずり込まれる。


その一つ一つが空間圧に押し潰されながら崩壊していく。


「逃がさないよ、レザック……。この空間自体があんたの棺桶になる」


その言葉通り、《断界重壊陣》が完成した時点で、 彼の“自由”は終わった。


演習フィールドの上空には重力の波動干渉による螺旋状の空間の裂け目が形成されていた。

まるで天を割ったような異様な景色。その中心に浮かぶ“黒い核”は、光をも呑み込む虚無の球体。


それは、圧縮質量によって生まれた擬似的な魔導重力井戸。

時間の流れすら歪ませるこの核の内部では、あらゆる物理法則が機能不全を起こす。


ここに落ちれば、脱出は不可能。

粒子も体も魔力すらも解体され、存在情報として崩壊する。



…さて、あとは、その圧力を“どこに向けるか”だけど、狙いはもちろん――あの金属の“核”。


空間の歪曲は、極限まで達していた。


《断界重壊陣》の中心核には、すでに演習場全体から集束された魔力、重力波、粒子圧、さらには場そのものに存在していた質量情報が圧縮されている。膨大な演算処理の末に収束されたそれは、もはや“一点”という概念を超えた、次元の軸ずれそのものだった。


この間僅かに10秒前後。ただ、それだけで十分だった。


フィールド全体を吹き飛ばすだけの力は。



空間に張り詰めていた沈黙が、重く低い“音”へと変わる。

それはまるで地球の鼓動のような、質量が震える響きだった。


静かに振り下ろしたクロエの手。


その瞬間、中心核が“はじけた”。



ドッ……!



無音。だが、“それ”は確かに空間を突き破った。



全方位へと放出されるエネルギー。


波のように伝っていく空気の振動。



中心核から解放された重力波動が同心円状に四方八方へと拡散されていく。

音速を超え、光速に近い速度で展開された波動はあらゆる物体の運動エネルギーと慣性を狂わせた。


金属粒子は軌道を崩し、逆流するように空中でバラバラに粉砕される。

レザックの本体を包んでいた残留磁場すら、もはや抵抗の役目を果たせずに一瞬で“剥がされた”。


巨大な衝撃波がフィールドの中心に発生し、空間が見えなくなるほどの塵が巻き上げられる。



とばりの向こう側――


クロエは、一歩も動かずに立っていた。まるで爆心地の中心に唯一残された“静”そのもののように。


彼女の立つ地点だけが完全な無風域だった。周囲の物質は次元のひずみに呑まれて消し飛び、フィールドの演算補助陣ですら臨界直前で自動緊急停止に移行していた。それほどの規模――いや、“質”の違う術式だった。



やがて、煙が晴れる。


焦げついた空間の残響のなか、重力波動の余韻だけが幽かに震えていた。周囲には何もなかった。ただ、無数に散った金属片の残骸が地表に静かに降り積もるだけ。さっきまで暴威を振るっていた分裂体も、制御の糸を失ったただの破片に過ぎなかった。


フィールド中央にはぼろぼろになった一つの“人影”が横たわっている。


レザックだった。


身体のあちこちに損壊痕が見られたが、致命傷ではない。それでも、彼の背中に残る焼痕が術式によって引き剥がされた磁場の痕跡を物語っていた。


クロエは歩み寄り、真上からその姿を見下ろす。


「あたしの勝ちだよ。レザック」


彼は息を荒げながら、苦笑する。


「……やっぱ、お前は……」


続く言葉を紡ぐ前に、意識が暗転した。

限界を超えた魔導構成と断続的に続いた空間干渉の負荷。最期まで耐え抜いたのは、彼自身の意地だったのだろう。


クロエは深く息をついた。張り詰めていた集中が、ようやく緩む。


その時、観客席の最上段――先ほど見上げた位置に、まだ彼女がいた。


背後の生徒たちと共に涼しい顔で拍手を送っている。皮肉のような笑みと挑発にも似た軽薄な視線。それは明らかに“次”を意識させるものだった。


クロエは無言で視線を返す。


やがて、場内放送が一拍遅れて響いた。


「……第七試合、終了。勝者、クロエ・レイン。

 規定演算負荷を超過したため、本戦闘記録は教官団の判断により再審査対象とします」


再審査。

それは事実上の“保留”処置。


クロエの勝利は明白だった。だが、その術式の規模と影響が育成局の規定に収まる範囲か――

それは単なる生徒の戦いではなかった、という意味でもあった。


「はぁ、再審査か。…面倒くさっ」


そう呟いたクロエの声には勝者の昂揚よりも、ほんのわずかな諦念が混じっていた。


中心部には、さっきまで存在していた重力核の残響がまだかすかに残っていた。

地表の上にわずかな魔力震動を帯びた“焦げ痕”が、まるで円形のしるしのように刻まれている。


場内は静まり返っていた。


空間の一部だけがほんの僅かに揺れている。見えない風がそこに吹いているかのように、焦げた地面の上で薄い砂塵が円を描く。


陽光が、静かに射し込んでいた。


破れた演習ドームの天井、その隙間から差し込む光が、まるで誰かの手のように焦土を撫でていく。

空気は冷たく、乾いていた。風すら止んだような静寂の中でクロエはゆっくりと顔を上げた。

その瞳に浮かぶのは、勝利の誇りでも達成感でもない。

ただ、遠くを見据えるような、次の戦いをすでに意識した者の眼差しだった。


「——まだ、ここは通過点」


誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。


その声は散り散りになった金属の残響に溶けて、やがて消えていった。


焦げた大地に一人立つ少女の姿だけが陽光に照らされ、あたかも舞台のスポットライトのようにその輪郭を際立たせていた。

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