第41話 やりにくい相手引いたな…
「昔さ、友達と寿司屋に行ったんだけど、生魚がマジで無理だったんだよね。魚っていうか、なんか“生”って感じが怖くて」
「は? ガチで言ってんの?」
「うん、ガチ」
「え、じゃあ何食べたの?」
「エビ……だけ」
「それだけ!?」
「あと、シーチキン」
「子どもかよ」
フレンのツッコミに笑いながらも、自分でも少し情けないなと思う。
でも、ほんとに無理だったんだって。
あの見た目というか艶っぽさが、どうしてもダメで。目の動きとか、皮膚の質感とか――想像しちゃうんだよね、あの海の中でふわふわ泳いでる感じを。
それがなんだか……罪悪感というか、生々しさというか。
ただの生き物っていうより、もっとこう、直接的に感覚に訴えてくる感じでさ。
「なんか痛々しくない?まだ動いてそうっていうかさ。海で泳いでる魚をそのまま食べてるみたいで」
焼こうが煮ろうがそのまま食べるってことに変わりはないでしょ。
そう、フレンは話す。
生魚なんて野菜と一緒なんだから、新鮮さが肝心なんだって言うけど、あたしにはちょっと無理。
頭でわかってても、気持ちが追いつかないことってあるじゃん?美味しいかどうかより、受け入れられるかどうかの問題っていうか。
そんなくだらない会話をしてたのは、1限目の実技演習の待ち時間だった。今日は『ビショップ』のチームが対戦相手で、私とフレンは別フロアの控え室でのんびり待機中。控え室は演習フロア特有のひんやりした空気に包まれてて、壁際のモニターには次の対戦準備中の表示が流れてた。天井の配線が低く唸る音と、遠くから聞こえる雷導装置の起動音。試合前だって言うのに、不思議とこういう待ち時間は嫌いじゃなかった。試合中継も映る大画面のモニターを観ながら、皆とくだらない話して笑って、ちょっとだけ緊張をごまかせるから。
「いい?また先生に怒られちゃうから、自分の能力を過信しすぎないこと。力でねじ伏せようとするのは素人のやることだよ?わかった?」
「わかってるって」
「じゃ、頑張って。モニターで応援してるから」
前回壁を壊してしまったのは、“超重力“の能力をうまくコントロールできなかったせいだ。何が最悪って、その時ちょうどお腹が痛かったんだよね。
前日の夜に、ミカの家でたこ焼き食べすぎてたせいで。
さてと――準備、始めよっと。
今日の演習相手って、誰なんだろう?
前回はお腹の調子も最悪だったけど、単純に相性も悪すぎた。あの時の相手は、確か“壁”とか名乗ってた、受け身タイプのゴリラみたいなやつ。物理攻撃が全然通じなくて、マジでどうしようもなかった。
で、仕方なく出したんだよね。
本来は室内使用禁止のスキル――《重力弾》。
まさか、それすら弾かれるとは思わなかったし。
弾いたのは向こうなのに、なぜか私が“規定違反”で失格。意味わかんない。いやマジで、冷静に考えてもあれは不可抗力だったし、納得いかないんだけど。
……にしても、負けが続くと後期の授業スケジュールに響くから、ほんと勘弁してほしい。評価システムもクソ真面目すぎるっての。だから、今日はぜっっったいに勝つ。
さて――対戦相手は、誰かなー?
控え室のフロアに設置された電子パネル。表示された名前を目で追って、そこで足が止まる。
“Lenny”
……誰?
完全にニックネームじゃん。こういうの本当困るんだけど。
名簿登録の時にあだ名でエントリーするやつ、マジで多すぎ。なんで堂々とフルネームで書かないのか、ほんと理解に苦しむ。こっちはちゃんと書いてんのにさ。
まぁ、演習の仕様上、対戦相手の詳細プロフィールは直前まで非公開ってルールだから、入場直前に名前が出るだけでもマシか。でも、こういうニックネーム系って全然予測できないじゃん?所属班も戦闘タイプも読みづらいし、情報戦から不利なんですけど。
とにかく、レニーね。
……誰だっけ、それ。
一瞬でも記憶の引き出しを探るけど、見覚えも聞き覚えもなし。うーん……どこかで一度くらいは顔合わせてるかもだけど、それだけじゃ判断できない。
まぁ、いいか。どうせ、始まればわかる。
勝てばいいんでしょ、勝てば。
今日は、最初からちゃんと決めてやる。
「演習の準備が整いました。エントリーNo.14の生徒は、指定フロアへ移動してください」
無機質なアナウンスが、控え室のスピーカーから響く。
深呼吸ひとつ。軽く準備運動をしてから、演習場へと向かう。
演習場は全12フロア構成で、それぞれに異なる地形と設定が施されている。今日の舞台は第8フロア。
巨大な区画の中に円形ドームが並び、それぞれのドームは開閉式の天井を備えた独立構造。観客席も設けられており、フィールド部分の直径はおよそ200メートル。どこか、近未来のアリーナを思わせる景観だ。
専用通路を抜け、指定エリアへと足を踏み入れる。
すでに相手は入場済みだった。
対面のベンチに腰掛けているのは――
「……ちょ、レニーって、あんたのことだったの?」
目を見張ってしまう。
そこにいたのは、《ビショップ》のムードメーカー、いや、お調子者とも言うべき人物――ザンダー・レザック。
液体金属を自在に操る、岩属性のスペルキャスター。
物質系魔法の中でも制御難度が高く、応用性も広い厄介なタイプ。
(あー……マジか。やりにくい相手引いたな……)
彼も、どちらかと言えば防御寄りの構成だったはず。
こちらの攻撃が素直に通るとは思えない。
はぁ。めんどくさい相手に当たった――
「前回壁壊したらしいじゃん?」
「うっさい」
「今日は勘弁してくれよ?変ないちゃもんつけられても困るし」
ルールは簡単だ。
相手を戦闘不能にさせ、演習用の拘束具を両腕に取り付けた方が勝ち。過度に攻撃したり、演習場のフィールドを破壊したりしなければ、何をしても許される。
と、私は認識している。
いちいち難しいことは考えてらんないし。よっぽど弱いやつじゃなけりゃ、ちょっとやそっとのことじゃぶっ倒れたりしない。
さ、始めようか?
さっさとステージに立ちなよ。
ドーム内のフィールドは、基本はフラットな設計になっている。
エリア8もそうだ。
ありふれた芝生に、格子状に鉄骨が入り組んだ屋根。
エリアによっては湖のようになってたり、ゴツゴツした岩場のようなところもある。
嫌いなのは湿地かな?
濡れるのが嫌いなんだ。ズブズブしてるっていうか、動きづらいのがとくに。
白線の内側に立った。電光掲示板には『standby』の文字。対戦者同士が位置につけば、カウントダウンが始まる。レザックは私が位置に着くや否や、ベンチから立ち上がった。
この人の戦闘スタイルってなんだっけ?
接近戦?
遠距離?
液体金属って確か色んな形に変形できたよね?
質量自体は変化させられなくて、自分と同じ大きさのものにしか変化できない。
ただ、質量内の密度自体は自由に変化させられるって聞いた。誰からだったかは忘れたけど。
「両選手スタート位置に着きました。これよりカウントダウンを開始します」
あー。
どうせ戦うんだったら真っ向からぶつかってくるようなやつが良かった。毎度毎度こんな対戦相手じゃ気持ちも萎えるって。
とりあえず様子見でもしとくか。速攻かましてくるようなやつでもなさそうだし。
「ready? start!」
開始の合図と同時に、レザックは静かに構えを取った。スタート地点から一歩も動かず、まるでこちらの出方を待っているかのようだった。
相手との距離は、ざっと50メートル。互いの射程にはまだ少し遠い。だからこそ、この間合いでは先に動いた方が不利になりかねない。
戦闘の勝利条件は“撃破”ではなく“拘束”。
無闇に動いて相手の布石を見失うなんて、愚策中の愚策だ。
だから、ここはあえて——慎重に。
スゥ――
その時だった。
レザックの身体が、じわじわと金属の光沢を帯び始めた。まるで皮膚の下から溶けた金属が滲み出てくるような変化。手のひらの上には円環状のリングが静かに浮かび、ゆっくりと回転を始めていた。
彼の全身が完全にメタリックな質感に変化した頃、すでに両脚は地面へと沈み込んでいる。
「……ああ、そう。そう来るんだ?」
コイツ……
地面の中に潜るつもりかよ。
目の前で起きている事態に――一瞬、思考が止まりそうになる。でも、すぐに切り替える。
そっちがそう来るなら――こっちにも手はある。
フィールドに敷かれた白線。その内側であれば、地面を破壊してもルール違反にはならない。演習ルールにおける“フィールド内”とは、つまり《すべてが戦術対象になる“許可区域”》ってことだ。
隠れて奇襲を狙うってんなら――その“隠れ場所”ごと吹き飛ばしてやる。
レザックの体が、じわじわと地面に沈み込んでいく。上半身、腰、足――やがて、その姿が完全に地表から消える。
同時に宙に浮かんでいたリング状の金属が、カチリと音を立てて動いた。
まるで合図のように、リングが急加速しながら私に向かって飛来する。
直線的じゃない。回転しながら、不規則な軌道で。
リングは空中でばらけ、無数の粒子へと分解された。
細かく、鋭く、舞うように。
スプレーから噴き出す微粒子のような、目に見えるか見えないかの極小の破片が、光を反射しながら空間に拡散していく。まるで霧のように広がる攻撃範囲。
半径にしておよそ5メートル、いやもっとか。広範囲に、静かに、しかし確実に――殺意が散布されていく。
これは……視覚妨害?センサー狙い? それとも、地上に意識を向けさせておいて、地中から――
一瞬で脳内に浮かぶ可能性を並列処理しながら、私は重力の制御に入る。
逃げ場を奪う気か。
なら――逃げずに、迎え撃つ。
クロエの足元が、静かに震えた。




