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第40話 パーフェクト・コピー



「…おいおい。なんじゃこりゃあ」


動画を見て驚いたのは、ルシアの右手が、確かに自分の顔を捉えていることだった。


捉えていること自体に驚きはなかった。受けた感触的に、まず間違いなく「パンチ」だと思ったからだ。問題は、それが「どこ」から来ているか、だった。


映像を確認すると、ルシアの右手は謎の異空間の中から飛び出してきていた。黒い靄のような円盤が、空間に穴を開けたように出現している。その「穴」は腕がちょうど入るくらいの大きさしかないが、奇妙なのは、それがルシアの攻撃を呑み込むように現れていたことだ。


穴は合計で2箇所、存在した。


1つはルシアと自分の中間、——つまり、元々攻撃が来るだろうと予測していた場所。


もう1つは自分の顔面の横。ちょうど、“真横”あたりと言ったほうがいいだろう。


その「2つ」が、同時に現れていた。


ルシアの右腕は切断されていた。少なくとも、映像からはそう見えた。穴の中に吸い込まれるように右腕が消え、その“消えた部分が”、もう1つの穴の中から飛び出してきていた。


2つの穴を隔てて、ルシアの腕が伸びているような状況だった。


「…これは」


思い当たる節があった。


確かクラス3の生徒の中に、『ゲート』という能力を使うヤツがいた。その生徒は空間に穴を開けることができ、その「穴=ゲート」を介して、自由に物体を移動させることができる。


まさか、ライのやつ…



ジークハルトが察したのは、その生徒の「能力」と、“クラス3の生徒”という点だった。


確かライやルシアとも仲が良かったはず…


…いや、仮にそうじゃなくても、この能力は…



――6年前、ライが“特別支援枠”でLCA入所への推薦を受けた理由。


それは彼の「スキル」が、“特級クラス”であると認定されたからに他ならない。


『ACCP』の指標のうち、「アビリティー ability」の評価ポイントにおいて、クラス3の中では異例中の異例とされる「80」。クラス1の生徒でさえも1つのカテゴリーが80に達する生徒は早々おらず、その数値がいかに特別であるかがわかる。


『パーフェクト・コピー』


ライのスキルの名前だ。自分以外の対象1人のスキルを“完全”にコピーし、それを利用できる。コピーできる対象にはこれといった制限はないが、コピーできる時間には制約がある。


スキルを発動した24時間。


この時間内であれば、コピーしたスキルを何度でも扱うことができる。たんに相手のスキルをコピーするだけの能力なら、“特級スキル”と呼ばれることもなかっただろう。パーフェクト・コピーが特級スキルだと言われる所以は、『ストック』と呼ばれる特殊な“保存領域”にある。この領域において彼は一度に3つのスキルを保持することができ、それを併用できるのだ。


単純に捉えれば、ライの能力は「3人分のスキルを同時に保持できる期限付きの能力」と言えるだろう。

だが、真に優れている点はそこではない。

スキル同士を“組み合わせる”ことで、既存の能力を超える応用力と広範な適用性を発揮できる――それがこのスキルの本質だった。


つまり、コピーしたスキル間に“互換性”を生み出すための識別コードとソースコードを、ライは自らの内部フィールド(場)に一時的に埋め込むことができるのだ。

これにより、複製したスキルを単なる模倣ではなく、“編集可能なスキル”へと昇華させられる。

この柔軟な拡張性こそが、彼の能力の真価であり、最も高く評価されるべきポイントだった。


「……やりやがったな」


「何がだ?」


「とぼけんな。スキルは使わねぇって言ってたろ」


「……」


ライはそっぽを向いた。


彼は顔に出やすいタイプだ。裏表のない性格ゆえ、嘘や隠し事が苦手だった。


ここ数回の訓練で、ライは自らのスキルを封印していた。ジークハルトの言葉は、その点を突いていた。

別に手を抜いていたわけではない。

ただ、スキルのコントロールにまだ課題があり、あえて使用を控えていたのだ。


ライの“コピー能力”は非常に強力だ。

だが強力であるがゆえに、制御が難しいという側面もある。

だからこそ扱い方を誤れば、むしろ自分自身の足を引っ張ることにもなりかねなかった。


つい最近のことだ。


最近と言っても約1ヶ月以上も前のことだが、ある生徒のスキルをコピーした折、それを上手く扱えなかっただけでなく、同じタイミングでコピーしていた他のスキルでさえも、正常に機能しなくなった。


能力の特性上対象のスキルを完全にコピーすることはできるが、それを100%の状態で扱うためには、 様々な知識と経験が必要だった。


まだ、自らの「スキル」を持て余していた。


あえて使用しないことで、スキルの扱いそのものを客観視しようとしていた。能力としての理屈や「基礎」を、築いていこうとしていた。それが自ら導き出した、ライなりの考え方だった。


「…まあいい。大体30点てとこだな」


「あぁ!?なんでだよ!」


「ライの能力がなけりゃ、今頃お前は悶絶してた」


「ただの負け惜しみじゃねーか」


「試してみるか?」


「上等!」


2人が言い合ってる中、ライはスタジアムを去ろうとしていた。


それに気づいたルシアは、慌てて彼を呼び止める。


「おい!どこ行くんだよ!」


「用事があるんだ」


「用事ぃ?」


「ここの“用”は済んだだろ?あとは勝手にやってくれ」


ルシアからの「要望」は聞いた。そう言わんばかりに、ライを手を振る。ナツキは驚いていた。まだ着いて10分も経ってない。それなのにもう帰るの?そう言いたげだった。


「ナツキ」


「え?」


「飛べる?」


「飛べる…けど」


「スタジアムまで頼む」


「スタジアムって……西地区の?」


「ああ。見に行くって約束してんだよ」


ライの返答に、ナツキはあからさまに嫌そうな顔をした。


「……西地区って、何しに?」


「…えっと、まあ、人と会う約束してて……」


「……は?」


ナツキは一拍置いてから、信じられないものを見るような目でライを睨んだ。


「ちょっと待って。今訓練中なんだけど?」


「いや、だから約束してて――」


「誰と」


「……その、えっと……」


「誰・と」


一語一語に圧が乗る。ライは思わず背筋を伸ばした。


「クロエ、です……」


「はぁ〜〜〜……」


ナツキは深く、心底疲れ切ったような溜息をついた。


「アンタさ。さっきまでやる気満々の顔してたの、誰?」


「それとこれは別だろ」


「別じゃないでしょ!? しかもよりによって“今”!?」


「今しか空いてねぇんだよ!」


「はい出た、“今しか空いてねぇ”理論」


ズバッと切られ、ライはぐっと言葉を詰まらせる。


「……だって、行かないと後が怖いし」


「正直すぎるわよ!」


ナツキはこめかみを押さえながら、じっとライを見据えた。


「いい? 一回しか言わないからちゃんと聞きなさい」


「お、おう……」


「ルシアは今テンションMAX、ジークはプライド粉砕、あたしはこれから後処理係。

で、アンタは――」


指先でライの胸元を軽く突く。


「女の子との約束優先」


「……悪いかよ」


「悪いわよ!」


即答だった。


「でも……」


ナツキは一瞬だけ視線を逸らし、少しだけ声のトーンを落とす。


「……まあ、行かなかったら行かなかったで、あの子が荒れるのも目に見えてるし」


「だろ?」


「ドヤるな」


ため息混じりにそう言ってから、ナツキは肩をすくめた。


「ほんと、アンタって厄介な立ち位置よね。

放っとくと誰かが傷つくし、構うと余計面倒になるし」


「褒めてる?」


「褒めてない」


ぴしゃりと言い切り、ナツキは一歩前に出る。


「……今回は、私が付き合ってあげる。

ただし条件あり」


「条件?」


「帰りは自力で戻りなさい。あと――」


じっと目を合わせる。


「変なことしたら、次の訓練で倍にして〆るから」


「飛ばす前から着地後が怖いんだけど!?」


「安心しなさい。逃げても追うから」


その言葉に、ライは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


「……了解です」



空気中の微細な水分が、まるで霧のようにナツキのもとへと集まり始めた。やがてその粒子たちは彼女の周囲を巡るように渦を巻き、うねりながら形を成していく。ナツキの魔力が触媒となり、水分子は次第に組み替えられ、ひとつの壮麗な“姿”を描き出し始めた。


「流動系水式——《水霊変化ウォーター・フロント》」


その言葉と同時に、ナツキの髪がふわりと宙に舞い上がる。彼女の全身は淡く透き通るような水のエネルギーに包まれ、輪郭がやわらかく揺らぎはじめた。そして次の瞬間——その場に現れたのは、巨大な霊鳥のシルエット。


長くしなやかに広がる翼。滑らかな曲線を描く尾羽。そして、水晶のような輝きを放つ羽毛が、まるで光を受けた清流のように煌めいていた。


《ウォーター・フロント》はナツキのスキル――『シェイプシフト』の中でも、特に移動用に特化した水霊体であり、速度と持久力に優れた形態だ。


「——乗りなさいよ。急ぐんでしょ?」


水の翼がバサリと空気を切る音を立て、鳥の背が低く降りる。ライは軽く頷いて、その背中へと飛び乗った。


「サンキュ」


「ったく、感謝の言葉は10倍で返してもらうからね」


ライを乗せた《水の精霊》は、そのまま空高く舞い上がった。


風が唸るように流れ、ライの視界は一気に広がっていく。


大気は澄み渡り、空はどこまでも青い。陽光はエレトゥス大陸の大気に煌きを添え、眼下には巨大な機械都市・エレクトロニアの姿が広がっていた。


無数のパイプラインと浮遊軌道が絡み合い、高層ビルの群れが網のように都市を覆っている。蒸気と光子エネルギーを放つ霊素炉が都市の心臓部のように脈打ち、無人走行車とドローンが街路や空中を縦横に走り抜けていた。


その景色の遥か彼方、都市の西端に広がっているのが、第三市街——《アカデミア・アーク西区》。


ここは一般候補生たちの主な所属エリアであり、戦闘訓練施設や基礎教育センターなど、初等〜中等教育を担う主要施設が集中している場所だ。


今日、クロエが試合を行うのは、そのうちのひとつ「第六演習スタジアム」。


彼女はライやルシアと同じ“ファイタータイプ”でありながら、極めて制御が難しい“重力系魔力”——闇と雷の複合属性を操る、異才の使い手だった。彼女の戦闘訓練は常に見応えがあり、多くの候補生たちが注目していた。


「間に合うかな……」


風の中、ライがぼそりと呟く。


ナツキは何も言わず、ただ速度を上げた。水の翼がきらめきを残して空を裂き、エレクトロニアの上空を一直線に駆け抜ける。


水の翼から放たれる魔力の波動が風と同調し、空の振動を心地よく響かせていた。騒がしくも賑やかな訓練場の喧騒は、遥か下方に遠ざかっていく。


風と一体になったかのように、《ウォーター・フロント》は大気を滑るように翔けていく。

都市の喧騒は小さな点となり、空の音だけが二人の周囲を包み込んだ。


ライは前を見据えながら、そっと目を細める。


「……たまには、こういうのも悪くないな」


ナツキは何も返さなかった。ただ一瞬、わずかに肩を揺らしながら視線を前へと向ける。


彼らを乗せた霊鳥のシルエットは、陽光を背に、青空の果てへと溶けていく。

やがて、その姿も霧のように淡く、蒼く、遠くへと――。


エレトゥスの空に、音もなく、消えていった。

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