第39話 教えてやるかよ!
ボディ。
ジークハルトは、その一撃が加速していることに気づく。その「正体」が何かを、まだ追いきれない状況だった。
タイプ1と2の併用。
ルシアはこの日のために準備を重ねてきた。そしてその一撃がどのように転んでいくかを、ほとんど省みようとはしなかった。タイプ2に移行した時点で、彼の腹のうちは決まっていた。
相手が動く「先」を捉える。
言葉で言うのは簡単だが、それに至るまでのプロセスは、自らの足取りに懸かっていた。勝負を急ごうと言うのではない。決断した以上は、そのスピードがもっとも発揮される“内側”に行こうと思った。
目では追えない距離、——思考が追いつけないほどの「間」へ。
ジークハルトは迎撃の体勢を取る。
避けるつもりだったが、思いの外ルシアのスピードが乗っていた。最初に想定した感覚とは異なる動き。その「動き」の本質がなんであれ、下手に避けようとするのは得策ではない。
腹に力を入れる。
ルシアの「焔武装」のヒントになったのは、ジークハルトの“身体操作”だ。焔武装と同様、エネルギーを体内へと自由に移動しながら、部分的な「肉体強化」を図る。避けるのではなく受ける。真正面から受け止めようとした。癪な話ではあったが、それだけ、ルシアの動きに意外性があった。
——クンッ
ジークハルトの視線が下に落ちる。その反応を受け取ると同時に、ルシアはより素早い対応を見せた。動作はすでに始まっている。始動した動きの流れは滑らかな軌道線上に泳ぎ、淀みのない空間の繋ぎ目を疾っていた。地面を掴んだ足は、芝生を削るように低い重心を保っていた。足の裏に密着する土の破片が、地面とクッションの間に弾けるように散り、微かな“緩み”でさえも解くように交錯していた。
影と影のすれ違う、——「間際」に。
ズッ
深く、沈む。
体の向きは一点だった。一点に向かって、全ての動作を注力していた。動きそのものは、引きつける動作の中間にあった。ただ前に出るのではなく、ジークハルトの動きを追いかける。そのために必要な要素は、一つ一つのモーションに混ぜ込んでいた。
混ぜ、“中和”させていた。
スープに塩を加えるように。
あるいは、コーヒーにミルクを混ぜるように。
——温かい料理が冷めないうちに。
「感覚」は、連結する動作と時間の繋ぎ目を泳いでいた。全ては布石でしかなかった。それでいて、「今」を直進するために必要な踏み込みと、“方法”だった。やり直しはきかない。最初の一振りで、「文字」を書く。筆の先に描かれる確かな「線」は、墨をつけた瞬間から始まっている。肩の力を抜き、大きく息を吐く挙動。そのギリギリの臨界線上を、ルシアは動く。
時計の針が触れる先端を、——突く。
ゴッ——
鈍い音が、ジークハルトの“頬”を襲った。
音は“通り”過ぎていた。
わずかな反響を残しつつ、小さな振動を空間にこぼしていた。
意識は下に傾いていた。それは事実だ。ルシアの攻撃は、顔面ではなく下。——ジークハルトの腹部を目掛けて放たれていた。しかし、予期しない角度から「視界」が揺れる。
スッ
と、暗闇が顕われる。
距離が、見えない。
不意に意識を襲った不可解な感覚は、糸で引っ張ったように頭のてっぺんを“突いた“。
ジークハルトは、「防御」への意識に傾いていた。上半身に流れる筋繊維を束ね、迫る攻撃に備えようとしていた。ダメージを恐れての行動ではない。彼の実力を鑑みれば、それがどの程度の攻撃であったとしても、全てのエネルギーを吸収することができただろう。たんに受けようとするならば、その場に留まっているだけでよかった。その選択を無視しての「防御」に意識を投じたのは、彼がルシアに伝えようとしたからだ。
攻撃は通じない。その“メッセージ”を。
より強い形で、その意識を“表明”しようとした。
何をしようとしているにせよ、効かない。鉄を殴るような「硬さ」を味わわせてやる。
ルシアの動きに合わせていたとはいえ、“避けきれない”というのは彼の癪に触っていた。だからこそ、「逆に弾いてやる」という意識だった。腹に力を入れ、魔力を使った“硬質化”を施す。ジークハルトからすれば、これ以上ない万全の状態だった。
グニャッ
ほくそ笑むジークハルトの顔が、歪む。
左半分の皮膚がルシアの拳の形に沿って窪んでいき、クの字に口が曲がる。ジークハルトの腹に触れようとしていたルシアの右腕が、なぜか彼の顔面を捉えていた。
踏み込んだ下半身が、尚も「下」へと流れていながら——
「ぐぼぁ!」
衝撃と同時に、ジークハルトの口から唾が飛ぶ。死角から飛んできたその「パンチ」は、一直線に顔の真ん中を捉えていた。力強く握りしめた拳が、メキッと頬骨の表面にめり込んでいた。重い衝撃音が波打つ。踏みしめたままの下半身と、窪む地面。
——ッ
振り切った右腕の先端に走る衝撃は、彼の身体を吹っ飛ばすのに十分な威力を持っていた。接触と同時にジークハルトの体が浮く。その挙動は“不自然”だった。ルシアは確かに右腕を“振り切って”いるが、体全体の動きは「前」へと傾いていた。
ジークハルトが身構えたように、真正面へと右腕は向かっていた。
体の正面、接触面積の多い、——ボディに。
ズザァァァ
受け身も取れないまま、芝生の上に勢いよく倒れ込む。大の字に倒れるその様子を見るや、ルシアはド派手なガッツポーズをかましていた。「よっしゃああああ」という大声が、スタジアムに鳴り響く。白い歯が、響き渡る声の下に露わになっていた。爆発する感情を抑えようとする素振りもなかった。隠すつもりもない“喜び”を、剥き出しにしたまま。
してやったり顔。
ニヤァという、満面の笑み。
ルシアはこの日いちばんのドヤ顔で、ジークハルトの方を見ていた。
まさかの展開だった。
もろに顔面にヒットした。
それは間違いなかった。
それに一番驚いていたのは、他でもないジークハルトだ。
「…おいおい」
「ザマーミロ!」
…一体何が起こったのか
整理しようとしていたが、思うように動けない。クラクラする頭を手で押さえる。
(…バカな)
ルシアが何やら罵声を浴びせているが、ジークハルトの耳には届いていなかった。それよりも、彼は起こったことを振り返ろうとしていた。確かにボディに向かって右腕が動いていた。見間違いなんかじゃない。
ルシアの視線も、連動するモーションも。
…だとしたら、どうして顔面に…?
わけがわからない。
わかっているのは、自分が地面に倒れているということだけだ。絵に描いたようなドヤ顔で、ギャーギャー騒いでるガキが1人。
…いや、待てよ
ジークハルトはハッとなった。
(…そういえば、今日は動いていないな)
その違和感の矛先にいたのは、スタート位置から動いていないライだ。
なんでアイツは動いていないんだ?
いつもなら、ルシアと一緒に向かってきてるはずなのに。
「大丈夫か?“先生”」
普段なら、そんな敬称は絶対に使わない。大抵は“ゴリラ”とか“クソ先公”とか、そのような蔑称ばかりだ。これ見よがしに煽りながら、ルシアは腕を組んでいた。まるで、“今日は俺が見下ろす番だ”と言わんばかりに。
「一体何をしたんだ?」
「教えてやるかよ!」
「…まあいいさ。こういう時のために動画は撮ってあるしな」
訓練場には多方向から映像を記録できる電子媒体が埋め込まれている。「バトルシュミレート」としての利用が多い分、分析や自己解析を行うための確認用ツールとして設置されていた。
訓練場内の「メディアステーション」という場所で、その映像を確認することができる。ただし、ジークハルトには便利なアイテムがあった。LCAの各種施設のコンピュータにアクセスできる、教員用のパスコードを持っていたのだ。これによって、彼は手元にある電子機器でも、遠隔で保存された「データ=動画」を閲覧することができた。




