第37話 勢いがあるのは口だけか?
「相変わらず芸がねぇなぁ、お前は!」
矢継ぎ早に攻撃を繰り返すルシアの攻撃を全て躱す。その身のこなしは軽やかで、かなりの余裕がある。反対に、ルシアは息が切れつつあった。手数が多く、攻撃のバリエーションも豊かだが、ジークハルトとの距離は開く一方だ。
最初の一撃こそ至近距離まで踏み込めたが、それ以外はからっきしだ。ルシアが動く動作に合わせて、ジークハルトも動いている。
外から見ればギリギリの攻防をしているように見えるかもしれない。それくらい、“近い距離”でやり取りをしていた。
「ちょこまかすんな!」
「ハハッ。勢いがあるのは口だけか?」
まるで、届く気配がない。それを間近で感じていたのはルシアだ。近い距離であればあるほど、手合わせをする相手との間合いの「広さ」が、立体的な感覚の中に掴める。
踏み込んだ時の感触。
繰り出した攻撃のスピード。
そのどれもが、柔らかいスポンジの上のような質感を含んでいた。はっきりとした手応えがなかったのだ。目の前にある距離以上に、ジークハルトを遠く感じた。
「それじゃあダメだな」
痺れを切らしたように、ジークハルトは迎え撃つ。両腕は組んだままだった。オープンスタンスで踏み込んだルシアの左ストレートを、右足1つで受け止めた。
ドンッ
重い接触音が、サンダルの靴底で響く。ただのサンダルならすでに燃え尽きているところだ。それくらい、威力があった。候補生の多くは「ナノバイト」と呼ばれるナノ炭素材料でできた装備品を身につけており、ジークハルトのサンダルもその素材でできていた。ナノバイトとは最も軽量で極めて高い電子移動度を有し、導電性や熱伝導性、力学特性などに優れたナノ炭素材料である。電子材料への応用が期待できるだけでなく、プラスチック等にその素材の強度と復元力を高められるため、汎用できる新たな素材としても期待されている素材だ。戦闘服や防具、軍用品の多くにもこの素材が流用されており、その使用用途は多岐に渡る。ルシアやライも同様、この素材を使った高分子繊維の服を着用していた。
足を前に出すようにして受け止めたまま、ルシアに苦言を呈した。ルシアの「power」はクラス3でも申し分ないが、それをうまく活用するための“動作”が不十分であると感じていた。
攻撃は当たらなければ意味がない。
当然、実力差が開いている両者にとって、互いの間合いやスピードには雲泥の開きがある。ジークハルトが指摘したのは、“実際の事象”というよりもそれに至るまでのプロセスだ。攻撃が当たらなくとも、その確率を高めるための動きを継続する必要がある。
ルシアは直線的な攻撃をしてしまう傾向にあった。戦術によってはそれが有効になり得るケースもあるが、動きが単調になりやすく、相手に攻撃を読まれやすくなる恐れがある。
戦闘を有利に進めるには、とくにそれがより広範囲の「対応力」へと精算する必要がある場合は、攻撃のペースやエネルギーの配分、スペースの確保など、いかに周りを俯瞰して見ることができるかに注視していなければならない。
戦場では、“一対一の局面”など限られている。
近接距離を主戦場とするならば、“空間の使い方”は最重要課題の一つだった。その点について、ジークハルトは指摘していた。
「ただ攻撃をすりゃあいいってもんじゃねえぞ?」
「アァ!?」
グググッと拳が揺れている。
が、びくともしない。
サンダルの裏側で、突き出した左腕が止まっていた。
握りしめたままの拳を押し込もうと力を入れていた。
振りかぶったモーションから体重をうまく乗せた一撃だったが、巨大な大木が目の前にあるかのような感触が、拳をぶつけると同時に現れていた。
ルシアは一歩後退する。止められた左手を引き、僅かに拳を緩める。額にこぼれる汗を拭いながら、スゥーと息を吸った。全身を脱力させ、胴体を少しだけ前に屈ませながら、体勢を整えた。
「おいおい、人の話を聞け」
「うるせぇ!」
やみくもに突っ込むべきではない。そうでなくとも、慎重に行くべき相手だ。そんなことはわかっていた。
ただ、「前」に出なければ戦局を変えることはできない。近距離を主戦場とするルシアにとっては、「攻め」こそが重要なスペースになる。
「焔武装・タイプ2」
ルシアは両足に炎を灯す。
焔武装は、肉体的な強化、——つまり、あらゆる運動機能を上昇させるための「バフ」だ。
タイプ1は“時間変動型”。指定した部位にエネルギーを送り、より少ない時間効率で局所的な強化を行う。初手の一撃は、このタイプ1を利用した攻撃だった。部分的にエネルギーを消費することで、“一時的な”肉体強化を図ることができる。これをうまく活用することで、エネルギーの消費を最小限に留めることができる。指定した部位にエネルギーを送るためのリードタイムが若干必要になるが、範囲や可動域を応用することで、より立体的な奥行きを持たせることが可能だった。
対して「タイプ2」は、“持続運用型”に分類される。
タイプ1に比べてエネルギー効率が悪く、単位時間あたりにかかる魔力の消費量が増すが、その分、常時指定した箇所を強化することができる。
強化した箇所は両足。より具体的には、膝の関節部分からつま先にかけて。指定した箇所が限定的であればある分、強化できる割合も上昇する。理想の配分としては、肉体的な質量の約4分の1程度。膝から下までの質量を考えれば、理想の配分と言えた。
範囲を絞りつつ、出力を高めていく。
「それで、どうする?」
ジークハルトは挑発する。
タイプ1で動きに緩急をつけてもダメだった。仮にタイプ2で出力を上げ、スピードそのもののベースを上げたとしても、そう易々と近づけるとは思えない。それだけの「差」があることは、お互い理解していた。
だからこそあえて挑発した。
本当に、”近づけるのか?“、と。
さっきも言ったように、ルシアにとっては、攻撃を当てられるかどうかが問題ではない。勝負に出ている以上、後ろに引くわけにはいかないのだ。例え追いつけないとわかっていても、攻めの姿勢を崩すわけにはいかなかった。自分自身のスタイルを最初から最後まで貫き通せるかどうか。その愚直さが、勝負のより深いところに関わっていく。
そして、その重要さをもっとも理解していたのは、“ジークハルト”だった。
ルシアを挑発したのは、彼なりの“配慮”があったためだ。ルシアの行動には彼の単純な性格が色濃く反映されている。良い点もあれば、悪い点もあった。“教員”として、教えられる部分は教えていかなければならない。指導方法としては、少し独特な部分があった。それは彼が不器用だという側面があったからだが、それ以上に、戦場での“厳しさ”をよく知っていたからでもあった。
どんなタイプの候補生であれ、「戦い」には不確定要素がいくつも存在する。自分が有利に立てる局面もあれば、逆のパターンも。
そういった多様な局面に対応していくには、基本的な戦術や技術、基礎となる体力を鍛えていくことはもちろん、精神的なバランス感覚を養っていくことが重要であると、常々考えていた。
偏った考え方は、大きな隙を生む足枷となる。ルシアに教えたかったことだ。だからこそ、彼は挑発していた。ルシアの性格を知っていたからこそ、あえて”煽った”。
心の動揺を誘ったのだ。
頭に血が昇りやすいタイプには、「言葉」が有効な手段だったりする。
ルシアが取った行動に対する“意見”。文字通り、それは心地良いものではなかった。はっきりとした棘があった。「悪手である」というニュアンスが、絶妙な距離感とタイミングに於いて発せられていた。ルシアにとっては、感情に直接響く「内容」だった。
それこそ、目の前の行動を、咄嗟に変えてしまうほどの。




