第36話 候補生の持つ可能性
ドンッ
土埃が飛散する。火花を散らしたように、重力が持ち上がる。掴んだ地面を蹴り上げる。
——その下で、爆発的なスピードが生まれた。
しゃがんだ姿勢のままだった。低い体勢のまま、ジークハルトの足元に潜り込む。
「喰らえ!」
右手に溜め込んだエネルギーを解放する。右腕は赤い炎に包まれていた。『焔武装』と呼ばれる、ルシア独自の強化技だ。
ボッ
突進しながらの一撃は、空気を切り裂くような音を残しながら疾走した。スウィングした右手の軌道に乗って、炎が放出された。
炎は”副産物“だ。
焔武装は、肉体的な強化に使われる技。つまり、一撃に込めていた。左足に集中したエネルギーを支点として、右手をスウィングするための力を”運んで”いた。中途半端な攻撃が通用しないことはわかっていた。全体重をジークハルトに向け、攻撃する。命中すれば決して無傷ではないだろう。それだけ、ルシアには自信があった。
――ザザザザザァァ
右手には感触が無い。ジークハルトは寸前で避けていた。ルシアは右腕を振り切った姿勢のまま、数十メートルほど前に走り抜けていた。止まれなかったといった方が正しい。
それだけ、勢いがあった。
「チッ」
悔しがるルシアをよそに、ジークハルトは不敵な笑みを浮かべている。
皮一枚届かなかった。
いや、実際にはもっと距離があった。
ギリギリまで近づいていた。
視界の中で、肥大化する「姿」があった。ジークハルトの、ガラ空きの懐が。
右足を地面につけ、勢いを殺しながらブレーキをかける。ルシアが駆け抜けた地面の上は、焼け爛れたようなスライド痕が刻まれていた。
「少しは上達したじゃねえか。だが、まだまだだな」
直前まで動く素振りすら見せなかったが、流れるように身を躱していた。“上達した”と言うのは、ルシアの「動き」のことである。
LCAに通う候補生には多種多様な戦い方、及び戦闘スタイルが存在するが、ルシアは「ファイター型」であるため、“魔力を内側に閉じ込めるタイプ”に分類される。この内側というのは体の内部のことであり、エネルギーを出力する上で必要な「身体能力」のことだ。“魔力”と言うのは、人間が生まれ持つ『魔子(μ粒子)』と呼ばれる、肉体を構成する原子の一つから派生したエネルギーの一種である。
あらゆる生物はμ粒子を体内に持っており、自らの生物としての「情報」を保存するのに使用されるだけでなく、それを外へと拡張、複製をするのにも用いられ、それら一連の細胞学を総称して【分子生物学】と呼ばれる。
魔力や魔法というのは、一般的に“生物としての遺伝情報に直結するDNAシークエンシングの分子場“というふうに認識されており、それ自体が「実体」を持つわけではない。
そもそも「魔法」と言うのは、個々の生物の持つ“エネルギーそのもの”である。数字の1や2のように実数形式で表現できるものではなく、それ自体が単体で動けるようなものではない。扱える範囲としても、例えばそれが「数」という表現でグラフ化しようとした時、実数直線上にはない数値によって表現されるため、感覚的には存在しない「数」と認識してしまいがちである。実際には、2つの実数 a, b と虚数単位 i = √−1 を用いてz = a + biと表すことのできる「領域」とみなすことができるであろう。
すなわち、魔力をある数値に置き換えて可視化する上では、その数字上の形式は「複素数」と見なすことができる。
エネルギーは常に出入りしている。
あらゆる生物は常に変化をし続けており、“同じ状態を取る”と言うことはない。
これは生物学上明らかにされていることであり、科学という分野ではこのことを「細胞分裂学」と呼ぶ。
私たち人間はドメインと呼ばれる分類群を構成した物質的性質を有しており、細胞の中に核膜に包まれた核を持っている。この性質を持つ生物は「真核生物」という種に分類されている。真核生物は、直径1 µmに満たない緑藻植のような単細胞生物から、体重300t、体長50mに至るサンドドラゴンのような動物、あるいは高さ200m にもなるユグドラシルのような植物まで、形態的に多様なさまざまな生物を含む。細胞分裂学の話に戻れば、「細胞分裂」というのは、親細胞が2つの娘細胞に分裂する過程である。通常、細胞分裂は大きな細胞周期の一部であり、細胞は分裂する前に成長し、遺伝情報を担う染色体が複製され、その後細胞質を分離する段階を含む。
核を持たない原核生物では、二分裂により親細胞と同一の遺伝情報をもった娘細胞を生成する。核を持つ真核生物では、細胞分裂は、親細胞と遺伝的に同一の娘細胞を形成する有糸分裂と、有性生殖のために単数体の配偶子を形成する減数分裂の2種類に大別される。
細胞分裂の主要な目的は、元の細胞のゲノムを存続させることであり、分裂前に染色体に保存されているゲノム情報が複製され、それぞれの子細胞に均等に分割されなくてはならない。世代間のゲノム情報の一貫性を確保するために、さまざまな細胞基盤が関与している。
細胞周期を適切に進行させるために、さまざまなチェックポイントが設けられ、DNAの損傷が検出され、修復される。これらのチェックポイントでは、サイクリン-CDK複合体を阻害することにより、細胞周期の進行を止めることができる。
アメーバのような単細胞の微生物では、1回の細胞分裂は生殖に相当し、新規の生物を生み出す。より大きなスケールでは、挿し木から成長する植物のように、有糸分裂によって多細胞生物が子孫を作ることができる。
有性生殖生物は、減数分裂で作られた2つの配偶子が融合した単細胞の接合子から発生することができ、接合子から成体へと成長した後も、有糸分裂による細胞分裂で自己を再生したり、修復することができる。人間の体では、一生の間に約一京回の細胞分裂が行われることが知られている。
あらゆる生物の細胞内では、細胞を構成する“量子領域”となる部分が絶えず循環しており、これがいわゆる“エネルギーを出入り”させるための運搬路になっている。
細胞分裂学に於ける一つの定義としては、生物という存在は皆、“0と1の間に連続している事象形態の一種“とみなされており、この意味に於いてより具体的なことは、ある特定の位置、及び時間に於いて、“「100%の位相不変量」を持つことがない連続体である”、と形容することができるという点だ。
描こうと思えばどんな図形でも描くことができ、逆にこれといった「形」というものが、現在進行形において存在しない。
物質と非物質の境界を絶えず行き来しており、その過程において“図形を構成する点の連続的位置関係”を生み出すポイントを、非定常場の量子空間において“ある有限な領域に連結”させている存在。
平たく言えば、そういうことだ。
人とは黒であり、白でもある。
「1つ」という決定的な事象ではなく、“事柄”でもない。
途切れのない「変化」の中に生き続けているもの。
水のように、決して一つの場所に留まることがないもの。
ここからここまで、という“境界線”を持たないもの。
少なくとも、「存在」という観点で見れば、そういった数学的な見方ができる。
μ粒子というのは、その「核」となる部分であり、魔力全般を構成する“連続変形可能なグランドポテンシャル(点と点を自由に連結させるための量子場)”であると言える。
ジークハルトは、「魔力」の扱い方を2人に教えていた。
生命活動を維持するために必要なエネルギーの大半は、“魔力を扱う”という観点で見ればなんの役にも立たない。
人間には生まれつきμ粒子を扱うための「ポケット」のようなポテンシャル領域が存在しているが、その領域を外へと拡張できる者はそう多くない。
魔力は「外」へとエネルギーを放出する力だ。この“放出”という意味は単純に内から外へというイメージではなく、「単位時間あたりに動ける範囲を広げる」という意味のエネルギー流域のことを指す。人間の持つポテンシャルには無限の可能性が含まれており、μ粒子はその可能性を押し広げるためのもっとも重要なパーツであると言われている。
一つの動作、呼吸の取り方を取っても、「運動」という領域に関与するスペースには自由エネルギーの有効場となる「可動域」が存在し、“時間の経過によって進行できる距離の上界値”が自ずと算出できるようになる。
この「壁」を打ち壊すことができるのが、つまりLCAで学ぶ候補生たちの持つ“潜在能力”であった。




