第35話 少しは楽しませてくれるんだろうな?
「おい!おせぇぞ、ガキども!」
一喝するように叫ぶ。待ち合わせ時間に遅れているわけではない。ギリギリではあったが、まだ5分前だった。
「うるせーよ!」
ライはストリート育ちで、過酷な子供生活を送ってきた経験もあってか、大人に対しての物言いは基本的にタメ口だ。
「威勢だけは一丁前だな。少しは楽しませてくれるんだろうな?え?」
「…クソ野郎が」
ライは本気で勝つつもりでいる。その証拠に、額に血管が浮き出るほどの感情を露わにしていた。
まあ、それも無理もないだろう。
先週のことだ。
この場所で同じように勝負を挑み、気持ちがいいくらいに歴然とした“敗北”を喫していた。正面からぶつかって行ったまではよかったが、両手を使わないなどの舐めプをされた挙句、最後は頭突き1発で地面に叩き落とされてしまっていた。
そして、気絶している間に恥ずかしい姿を写真に収められてしまっていたのだ。あろうことか、その「写真」を学園中にばら撒かれているとは、その時はまだ…
「落ち着け。相手の思う壺だぞ」
「ハッ。何澄ましてんだよ」
「まずは客観的に見ろ」
「客観的に、って、何をだ?突っ込む以外にねーだろ」
「この前のことをちゃんと覚えてるのか?」
「覚えてるよ」
「じゃあ一旦はだな…」
実力差ははっきりしている。
相手は“元”海兵で、グレード「D」の雷導兵でもあった。このグレードというのは、全部で12階級存在している。
下から順に
K、J、I、H、G、F、E、D、C、B、A、S
となっているが、この階級差における区分は、それぞれ“ACCP“という指標に基づいて計算されている。
『ACCP』とは、
アビリティー ability
キャパシティ capacity
ケイパビリティー capability
パワー power
の4つから構成される、個人の持つ「総合的な能力の数値」であり、ジークハルトは
80 ability
75 capacity
55 capability
90 power
の計300ポイントのACCPを持つ雷導兵だった。
それぞれ4つのカテゴリーの最大ポイントは100である。
ジークハルトの場合は「power」というカテゴリーの数値が最も高く、逆に「capability」というカテゴリーが最も低い数値となっている。
上から順に言えば、
「ability」は能力、技量、才能、理解力、適正。
「capacity」は保持、受け入れ、または取り込む能力。魔力を扱う上での「体積」や「容量」。
「capability」は全体的な組織的能力、あるいは、団体や組織としての活動に求められる生産性&リーダーシップ。
「power」は、個々の持つ知力、体力、精神力。
のことを指す。
Sランク…380/400
Aランク…360/380
Bランク…340/360
Cランク…320/340
Dランク…300/320
Eランク…280/300
Fランク…260/280
Gランク…240/260
Hランク…220/240
Iランク…200/220
Jランク…180/200
Kランク…160/180
各グレードごとの数値は上記のようになっている。
300ポイントを超える雷導兵はエリートクラスと言われており、ジークハルトもその1人であると言えるだろう。
とくに「power」のカテゴリーにおいては90ポイントを超えており、単独のカテゴリーとしては“超エリートクラス”に分類されている。
ただ、その力に過信するあまり、チームベースではなく単独で動いてしまう傾向にあるため、「capability」は平凡な数値として評価されている。
基本的に「capability」が高い者が組織としてのリーダー格に昇進される者が多いが、彼が隊長に任命されたのはそのポテンシャルの高さからであったと言える。
——それと、もう一つ
「さっさと始めるぞ」
ジークハルトの声に促され、2人は位置についた。この3人で行う訓練は、今年の春頃から始めていた。ちょうどライがクラス3に昇級する半年ほど前の頃だ。
その頃はまだライもルシアも「クラス4」の学級だった。
去年の冬にあった昇級試験に合格し、現在はクラス3に配属することとなったが、なにかと素行の悪い2人が戦術専門課程(AS)に進級してわずか半年で昇級できたのは、このジークハルトの「訓練」があったおかげと言われている。
ライはもちろん、ルシアもそれを認めようとはしない。
ただ、周囲の者たちからすれば、2人の成長は著しいものがあった。本来、LCAに通う候補生のほとんどは、『クラス1』を除いてグレード「K」にすら分類されない。ライもルシアもまだまだグレードの”付与”には程遠い存在だったが、各部門の数値に於いて大きな変動があった。
ライは「power」、ルシアは「ability」のカテゴリーに於いて。
「前に出るから、フォローしろ」
「なんで俺がお前のフォローを…?」
「お前の能力は役に立つからな。一泡吹かしてやろうぜ」
「…ったく」
ガッハッハという笑い声が訓練所内に響く。
ジークハルトはかなり豪快な性格の持ち主であり、周囲を驚かせるほど、自由奔放な一面を持っていた。
「青臭いガキどもが、誰を一泡吹かせるだって?」
「テメーをだよ!」
合図を待たないまま、ライは飛び出した。ハラワタが煮えくり返っていた。毎度毎度恥をかかされている。特に前回は、頭突き1発でやられるとは思いもしなかった。実力差が開いていることは分かっていたが、だからといって、みすみす黙っているわけにもいかなかった。
「おらよ!」
ダッシュで距離を詰める。
走りながら、右手に「電流」を迸らせる。
ライは【雷属性】に適応する候補生だった。
――通称、《雷導術士》。
術士候補生たちは、それぞれ異なる《属性核》を持ち、七属性のいずれか、あるいは複合属性に応じた霊素を扱うことができる。
アルザリオスにおける属性体系は、以下の七種に分類される。
【光】=視界・聖域・秩序を司る
【火】=熱量・爆発・活力を制御
【水】=治癒・浄化・適応を含む
【風】=速度・流動・音響の操作
【雷】=高出力・反応・情報伝達
【岩】=硬質・重力・防衛構造
【闇】=記憶・幻影・精神干渉
ルシアは【火属性】に適応する術士である。
高温の霊素を制御し、攻撃術式の展開に長ける。
だが火属性だからといって、すべてが攻撃特化であるとは限らない。
同じ火の霊素でも、内部強化に使う者もいれば、範囲封鎖に特化する者もいる。
扱える術式の形は、術者の魔導核の状態や思考構造によって変化する。
そもそも「術式」とは、魔力を“外界に通すための演算回路”にすぎない。
誰もが同じ術式を使うわけではなく、術式の“形”は術者ごとに大きく異なる。
唯一共通しているのは、《術効指数》と呼ばれる一種の術理パラメータである。
これは、例えるなら「雷導炉」に供給される魔力量の効率を示す値であり、
単位時間内に行える術式演算の“許容量”を意味する。
“術効指数”は、出力限界とエネルギー制御の両面に関係し、術者の魔導適応において極めて重要な指標となる。
ダンッ
踏み込みと共に足元の霊素が撥ね上がり、床の埃がめくれ上がった。
距離にして数十メートル。
脇目も振らず、ルシアは一気に加速した。
彼は、いわゆる《近接強化型》と呼ばれる術士。
高速での接近戦を得意とし、術式による身体強化を通じて、短距離の間合いで圧倒する。
踏み出す“ひと足”ごとに、瞬間的な魔力の圧縮と解放を繰り返す。
”一歩“に必要な出力を上げる。
見るからに隙だらけだった。
対面するジークハルトは両手を組んだまま、微動だにしていなかった。
いける!
左右に動きながら撹乱する。移動する「幅」を広げつつ、空間をフルに活用する。ただ移動するだけではない。
1つ1つのステップに緩急をつける。
場所が“平面”である分、比較的移動はしやすい。
攻撃の出所を読ませない。
ジグザグに動きながら、ジークハルトの目線を動かそうとした。
バッ
数メートル手前で一度急ブレーキし、地面を掴む。
膝を曲げ、右足は宙に浮かせたままだ。
前傾にしゃがんだ姿勢。
魔力を一点に集中する。
“下半身”
踏み込んだ左足の、——膝下。




