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第34話 何でそうなる



「……やっぱ広いな、ここ」



ライがそう呟いて、少しだけ歩みを緩めた。


その広さには毎回圧倒される。

吹き抜けの天井を見上げると、どこまでも広がる霊素層が静かに脈を打ち、空間全体に淡い光が漂っていた。演習室の床は足音を吸い込むように静まり返り、外とは明らかに異なる空気に包まれている。都市の中心にこれほどの空間が存在することが、少し信じられないほどだった。


ナツキは訓練前の癖で、無意識に足を止めて周囲の気圧や温度を確認している。ルシアはもうすでに内部を見通したかのように、視線を先へ向けて歩みを続けていた。


三人の間に、自然と緊張感が漂いはじめる。


端から端まで伸びるまっさらな訓練床に、淡い自然光。


どこまでも広がるその空間は、都市中枢の鋼鉄と術式構造に囲まれているとは思えないほどの開放感を湛えていた。



――その内部に広がっていたのは、訓練施設の中でも特に広大な空間として設計された、候補生専用のバトルフィールドだった。



外部と完全に遮断された構造体には、霊素バリアと高密度の術式層が幾重にも重ねられ、内部の術式干渉と霊素放出をすべて吸収・循環させる設計が施されている。天井高は三十メートルを超え、霊素透過材で作られた天井パネルは都市外縁からの光を取り込むように構成されており、自然光と連動して室内照度を制御する設計だ。閉じられた空間でありながら、上空に広がる青白い光の層が、訓練生たちに静かな開放感を与えていた。


床面には可動式の術式陣が複数埋め込まれ、状況に応じて地形変化や属性環境の切り替えが可能となっている。都市中枢に接続された高圧雷霊素ラインからは、使用状況に応じて自動的に供給制御がなされており、演習中の爆発的霊素使用にも瞬時に対応できる仕様となっていた。


入室ゲートを抜けたルシアたちは、無言のままコンコースを進み、所定のロッカー端末で個人データを認証。ローディングを終えた霊素装備が、透明シールド越しに冷たく静かに待機している。


更衣エリアで装備の最終チェックを終えると、ルシアたちはそのまま無言で歩き出した。


ライが真っ先に足を踏み入れ、広がる訓練空間を一瞥して口を開く。


「なあルシア。今日のメニュー、知ってるか?」


「中距離支援の連携訓練。ジークの担当なら、近接対処も混ぜてくる」


「またかよ……あの人、根性論すぎんだよな。ってかマジで手ぇ抜けないぞ、今日は」


ナツキが苦笑しつつ肩を回し、ルシアは無言でウォーミングアップをする。軽く膝を曲げ、足裏で床を感じ取るようにステップを刻む。


その様子を見て、ライがぽつりと呟いた。


「……この前の負荷試験で、まだ筋繊維が痛ぇってのに」


ナツキが低く呟きながら、背筋を伸ばすように大きく伸びをした。


「どうせ“限界超えてからが訓練”とか言うんでしょ、あの人」


その横でライがにやりと笑う。


「ほら見ろよ、初期地形に“遮蔽物なし”だぜ? 今日はガチで潰し合いコースだ」


ルシアはその言葉に反応せず、淡々と足元の術式パターンを確認している。


「お前さ、本当に感情ってもんがあるのか?」


ライが苦笑混じりに問いかけたが、返事はなかった。

代わりにルシアはふっと視線をナツキに向け、低く息を吐く。


ライはすでにやる気満々だ。


ルシアは相変わらず…というより、ほとんどやる気がない。


ルシアにはルシアの思惑があった。


“練習嫌い”とはいえ、訓練の重要性は重々理解していた。


ただ、いかんせん相手が相手だった。


彼の「教育係」であるジークハルトは、教官一の熱血漢で知られている。

その実力は折り紙付きだが、ルシアとはどうも相性が良くなかった。


「さっきも言ったが、無闇に前に出るのは得策じゃない」


「あー?ひよってんのか?」


「そういうことじゃなくて、むざむざ突っ込むなって話だ」


「じゃあなんだ、じっとしてろってのか?」


「相手の得意分野ってものがあるだろ?近接距離は先生のテリトリーだ。ちゃんと距離さえ保ってれば、それなりの闘い方ができる」


「やっぱひよってんじゃねーか」


「何でそうなる…」



――言い合いはそこで、ふっと途切れた。


視界の先、演習室全体を包んでいた淡い霊素光が、わずかに明度を落とす。

同時に、床下から低く唸るような振動が伝わってきた。


「……来るぞ」


ナツキが短く言うのとほぼ同時に、演習室の床面に走っていた待機状態の術式ラインが一斉に発光する。

白と淡青の光が幾何学模様を描きながら広がり、静止していた空間が、まるで呼吸を始めたかのように動き出した。


床材の一部が滑らかに沈み込み、別の区画がせり上がる。

段差はほとんどなく、だが確実に地形が再構築されていくのが分かる。

フェンス状の防護フィールドが外周に沿って展開され、霊素の膜が透明な壁となって立ち上がった。


「毎回思うけど……演習室っていうより、闘技場だよな」


ライが小さく息を吐く。

視界が整理され、余計な遮蔽物が消えていくにつれて、空間の“輪郭”がはっきりと浮かび上がってきた。


足元の術式パターンが最終形へと収束し、床面の発光が一段落する。

そのときになって、三人はようやく理解する。


この演習空間が、どのような形で彼らを迎え入れたのかを。


――無駄のない、逃げ場のない配置。

正面衝突を前提とした、あまりにも分かりやすい構図。


ナツキが小さく舌打ちする。


「最初から、やり合えって言ってるようなもんじゃん」


ルシアは答えず、ただ足元の境界線に目を落とした。

光のラインは均等な曲線を描き、歪みなく空間を囲い込んでいる。


そして、ようやく全体像が見えた。


訓練所内のフィールドの形状は、真円に近い形状になっていた。


真ん中に引かれたフィールドラインを囲うように、フェンスの端まで白い線が伸びている。



フィールドの中心には、腕を組んで立っている男がいた。



褐色の肌に、額の傷。


見るからに筋肉質で、逆立った前髪の下には鋭い眼光が見える。


ジークハルト・レインズ。


無精髭の男臭い顔立ちと、教員とは思えないほどにラフな格好。


元海兵の一員で、かつてエレトゥス領の沿岸及び島嶼部の防衛を任務とする「海軍第1軍団アルカディア騎兵旅団」という軍事組織に属していた。


右腕の上部に彫られたタトゥーには、“アルカディア”のチームロゴが入っている。


「アルカディア」というのはエレトゥス大陸北部にあるアルカディア山脈から取られた名前で、“勇猛さ”、または“強さ“を象徴していると言われている。


彼が海軍に属していたのは3年も前だが、その実力もあって、海軍第1軍団の“隊長“にも任命されていた時期があった。


しかし隊の指揮系統にも影響及ぼしかねないほどの酒癖の悪さと、海軍の隊員としてはあるまじき不祥事の連続で、海兵隊としての職務を罷免されていた。


海軍でも最強と謳われる第1軍団に所属し、その中に属する一隊の隊長を任されるという実績を持ちながら、あまりいい噂の聞こえてこない内面的な問題を抱えていた。

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