第31話 そういう問題じゃねぇんだよ、バカ
「で? 結局、何してたのよ。昨日の夜さ」
ナツキが豆パンの最後の一口を口に放り込みながら、目だけでじっと雷牙を見つめる。その隣では、ミナが興味津々といった様子で首を伸ばしてきた。
「わたしも気になる~。もしかしてさぁ、噂のクロエ先輩と……?」
「うっ……」
雷牙はわかりやすく言葉に詰まった。
……図星だった。
「……あー……その、まぁちょっとした、あれだ。急な宿泊対応的な?」
「はあ?」
「いや、違う、ちゃんと外泊申請は出してるし! 違反行為はしてない、絶対してないから!」
「そういう問題じゃねぇんだよ、バカ」
ナツキが箸を置いて、音を立てた。ぱしん、とテーブルに響いたその音に、少しだけ周囲が静まり返る。
「軍属候補生がだよ? 私的に他の候補生の家で“宿泊”とか、“何もありませんでした”で通ると思ってんの?」
「……いや、通る、とは……」
「おまけに朝練サボって、点呼ギリ。顔は寝不足。態度も緩い。そんなんで今日のバトルに立てると思ってるわけ?」
ナツキの声は、決して大きくはなかった。
けれど、そのひと言ひと言が、鋭く胸に突き刺さる。
雷牙は気まずそうに肩をすくめながら、小さくつぶやいた。
「……ごめん」
ミナが気まずそうに視線を泳がせ、気を利かせたようにトレイを片付けに立ち上がった。
ナツキは一拍置いてから、ため息をついた。
「……はあ。ま、本当はもっとちゃんとできるやつなんだって、私は知ってるから」
「……ちゃんと、ね」
雷牙は窓の外に視線を向けた。
人は、過去の積み重ねで評価される――わかってはいる。
だが、記憶がまだ曖昧な自分には、その「過去」がどこか他人事のようでもあった。
周囲に聞けば、自分は「チャラついてて、問題児で、喧嘩っぱやい」候補生だったらしい。
それは、今の自分にはどこか“演じられていた役”のような印象すらある。
けれど――
(……こんなふうに心配してくれる幼馴染がいて、こうして怒ってくれる仲間がいて、それでも見捨てず、隣にいてくれるやつがいる)
だからこそ、ちゃんとしなきゃって思った。
自分のために――じゃない。
誰かの期待を裏切らないために。
過去がどうであれ、今の自分がどうあるかを選ぶのは、今ここにいる“俺自身”なんだから。
「……ありがとな、ナツキ」
ぽつりと漏らした言葉に、ナツキは少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。
「べ、別に礼とかいらないし。あたしが正しいと思うこと言っただけだし」
「へーい、へーい。素直じゃない幼馴染特権、だろ?」
「殴るぞ」
そんな会話を交わしながら、二人は食器を片付けて食堂を出た。
霊素時計はすでに“07:32”を指していた。
訓練開始までは、あと二十八分。
「そういえば、今日の一限目ってバトルシュミレートだったよな。……俺と、おまえと、ルシアの三人組」
「そう。班分け変わってなければ、A区画の第七訓練棟。ルシアが朝から図書室にいるって言ってたから、そろそろ迎えに行くつもりだったけど……」
「じゃ、俺が行くわ」
「え?」
「ほら、おまえまだ食堂整理のローテじゃん。行っとくから先に準備しといて」
ナツキは少し驚いたような顔をして、それから少しだけ微笑んだ。
「……わかった。ルシアのこと、よろしく」
そう言って、彼女は食堂スタッフに手を挙げて挨拶しながら、奥の片付けエリアへ向かっていった。
ライは、食堂を出てすぐの訓練掲示板へと向かう。
中庭に設置された、霊素掲示端末。タッチすればその日の訓練スケジュールが浮かび上がる。ぎこちなくも手慣れた仕草で手首のエコルをかざし、自分たちの予定を確認する。
《Zone-A17 / Class-3 本日スケジュール》
▶ 08:00~ 第一限:戦術シュミレート(訓練棟A・第七演習室)
▶ 09:30~ 第二限:術式応用実技(中庭演習区)
▶ 12:00~ 昼食・自由訓練時間
▶ 13:30~ 第三限:持久戦闘演習(霊素機動施設)
▶ 17:00~ 終了・訓練報告提出
「……わりと詰め込みだな」
思わずつぶやきながら、雷牙は掲示板を離れて中環回廊へ向かう。
この先、メインホール棟にある《図書室セクター07》。
そこには、班のもうひとり――ルシア・フローレンがいる……はずだった。
ナツキとは違う種類の距離感で、けれど確かに、ライの中で特別な位置を占めている存在。
一見クールで聡明、静かな空気をまとう青年だが、その実どこか闇を背負ってる風な眼差しと、突然爆発する言動には注意が必要である。
(……あいつ、朝から機嫌悪いとめんどくさいんだよな)
ライにとっては、“触るとたまに火傷するタイプの火属性男子”という認識だった。
が、何だかんだで無視できないのがまた悩ましい。
「……さて。次の火種、拾いに行くか」
気を引き締めるようにライは背筋を伸ばし、図書室へ向けて歩き出した。
少しばかりの覚悟と、ほんのちょっとの防火対策を胸に抱えて。




