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第30話 幼馴染特権だ



点呼端末に手首のエコル・リングをかざすと、ピッという高周波の共鳴音が鳴り、端末上部の雷霊素受信インジケーターが淡い緑に染まった。

同時に、ガラス板のようなディスプレイに情報が浮かび上がる。


《ID:Zone-A17 / Class-3 / 認証済》

《点呼時刻:06:59 / 許容範囲内》


「雷導候補生、認証確認。Zone-A17、クラス3所属、点呼完了」


冷ややかな合成音声が広場全体に響き、雷牙は胸を撫で下ろした。ホログラム表示がすっと消えるのを見届けながら、息を吐く。


「……ふぅ、間に合った」


すぐ隣、寮舎の壁にもたれていたナツキが腕を組んだまま、じとっと横目を向けてきた。


「ったく……あと二分遅れてたら、査問室直行だったからね。点呼ギリとか何度目よ?」


「わかってるって……今回は本当にギリギリだったけど、セーフはセーフだろ」


「“ギリギリ”を常習化するやつは、そのうち本物の“アウト”になるの。覚えときな」


そう言って、ナツキは呆れたようにため息をつきながらスタスタと広場の奥へ歩き出す。


Zone-A17は、《TACT》課所属の候補生たちの拠点であり、寮と訓練棟、そして食堂棟がL字型に配置されていた。建物はどれも白銀を基調とした合金素材で組まれ、都市霊素の再循環機能を備えた省エネルギー構造になっている。


朝の霊素光に照らされた通路を進むと、すでに点呼を終えた候補生たちの姿が見え始めた。


「おーいナツキ、今日もご立腹か〜?」


「アンタがサボりすぎるから、私の怒りポイントが常にリセットされないんだよ!」


「雷牙、また朝帰りか? おまえほんとタフだな〜」


「あのな……別に遊び呆けてたわけじゃねえから!」


そんなふうにして、通りすがりに軽口を飛ばし合うのも、Zone-A17の“日常”だ。精鋭訓練の名の下に殺伐とした空気が流れている場所もあるらしいが、ここは違う。


戦うための技術は磨いても、心まで尖らせてしまわないように。

互いに補い合い、競い合いながらも笑い合える空気が、ここの空気にはある。


「朝食、食べに行こ。訓練までまだ時間あるし」


ナツキの一言に、雷牙はうなずいて食堂棟へ向かった。


Zone-A17の食堂は、いわゆる“ミリタリー仕様”ではあるが、候補生たちの年齢に配慮された設計になっていた。白い床に薄いブルーのテーブル、霊素パネルの天井からは柔らかな光が注がれており、どこか学食めいた雰囲気すらある。


「ライ、席取ってて。私取ってくるから」


「あ? 珍しく気が利くな」


「たまには貸しといてやるっての。あとで倍返しで返してもらうけど?」


言い捨てて、ナツキは列へと向かっていった。軽快な足取りと、ショートヘアを揺らすその背中には、何か小さな覚悟のようなものが滲んで見える。


雷牙は窓際の二人掛けテーブルを確保し、静かに腰を下ろす。


窓の外に広がるのは、まだ目覚めきらぬ都市の朝だった。

中環区の建築群が整然と並び、その間を行き交う自律型輸送ドローンが、滑るような軌道で動いていく。建物の外壁には、朝霧に反応した霊素フィルターが淡く輝き、都市全体が静かに呼吸しているかのようだった。


遠くには人工樹林の緑が広がり、人工と自然の境界線が曖昧なこの都市の姿を物語っている。


高層と地表の境をつなぐ多層式の連絡ブリッジ。

その上を歩く人影や、時間通りに起動する巡回機械の微かな音。


どこか無機質でありながらも、人の暮らしの鼓動が確かに感じられる――

それが、エレトゥスという大地に根差した“都市”の、もう一つの表情だった。


(……クロエ、もう訓練始めてるかな)


ふと今朝の記憶がよぎるが、頭を軽く振って振り払う。


今は目の前の“生活”に集中しよう――そう自分に言い聞かせたとき、トレイを持ったナツキが戻ってきた。


「はい、あんたの」


「お、ありがと……って、豆パンと温霊茶だけ?」


「朝にそんな重いもん食べるわけないでしょ。消化遅れるし。てか、いつもあんた残してるじゃん」


「いや、そりゃ……」


「しかも今日は午後、持久魔導訓練あるんだよ? 今ガッツリ食べたら絶対後悔するやつ」


ナツキは自分の分のスープとサラダを口に運びながら、ついでのように言う。


「でもまあ……あんた、少しは顔色マシになったかもね」


「……は?」


「昨日の夜は寮に戻ってこなかったから、気にはしてたの。寝坊かって思ってたけど、顔がやたら死んでるからさ?」


「……そっか」


ナツキの言葉はいつも不器用だけど、どこか温かい。言葉を濁しても、態度で伝えてくれるのが彼女だった。


「ま、感謝しとけ。幼馴染特権だ」


「おまえ、なんでも“特権”にすんなよ……」


そんなやりとりを交わすうちに、周囲も少しずつにぎやかになってきた。候補生たちが次々と集まり、あちこちのテーブルで笑い声や呆れ声が飛び交う。


「あ、ライ! ナツキ! おはよー!」


後方から手を振って駆け寄ってくるのは、同じクラス3のミナ・グレイス。霊素医療課と掛け持ちの支援系女子で、ふわふわとした茶髪が特徴的な、TACT課の癒し系ポジションだ。


「なんか、二人並んで朝食とか珍しくない?」


「うるさい。普通のことしてるだけ」


「ふーん? でも、ほらほら、顔赤いよナツキ~」


「赤くない!」


騒がしくなってきたテーブル。日常の風景。

たったそれだけのことが、今のライにとっては心を繋ぎ止める確かな鎖だった。


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