第29話 このサボり魔め
スパークレールの車両が音もなく発車し、ホームがゆっくりと遠ざかっていく。
それを見届ける間もなく、雷牙――いや、“ライ”としての彼は、駅の改札を駆け抜けていた。
「マジでやべぇ……!」
点呼まで、残り数分。
制服の襟元は跳ね、足元のブーツが石造りの歩道を打つ。アーク・スピア中央第五駅の外――中環第5区は、すでに都市活動が目覚め始めていた。
空には霧のような雷霊素塵がまだ残り、その隙間を縫うようにスカイレールが複雑に交差している。空中には、巨大な霊素管の束がアーチを描きながら浮遊し、青白い脈動光を断続的に放っていた。高層区の外縁として整備されたこの街は、まさに雷の都市機構そのものだ。
朝日を受けて揺らめくホログラム広告が次々と浮かび、路面を走る霊素誘導ラインは淡い光の筋となって地面に刻まれていく。
通りの右手に広がるのは、市民階層向けの集合住宅群。濃淡の異なる鉄骨と光反射ガラスで構成されたその建築群は、機能性に徹しながらも、どこか無機質な造形美を醸していた。
道沿いには朝食を提供する屋台がすでに営業を始めており、霊素で加熱された鉄板の上には、焼きパンやソイベーコンの香りが漂ってくる。
(腹減った……けど今はそれどころじゃねぇ!)
息を切らしながら、雷牙は中環第5区から隣接する第4区へと向かうスロープブリッジを駆け上がる。点呼場があるのは、雷導兵候補生育成区画――Zone-A17前の広場だ。
この区域には各専門課ごとの演習棟、適性訓練施設、霊素変換装置の演算塔などが建ち並び、候補生たちはそこで日々、霊素制御技術や近接戦闘、戦術支援技術の訓練を積んでいる。
ライが所属するのは、《戦術適応制御課(TACT)》――属性霊素(魔力)の偏向操作と個体技能の統合的運用を基盤とした、戦術特化型の課程だ。
過酷な術式訓練に加え、臨機応変な判断力を要するこの課程は、支援枠候補生の中でも“地味にキツい”クラスとして知られている。エリート育成というより、実戦対応力を重視した“現場型”の訓練が中心で、毎日の指導はどこか部活のようでもあり、軍属予備校のようでもある。
(マジで間に合えって――!)
制服の前をはためかせながら駆け込む先は、《Zone-A17》の訓練エリア。その広場の中央に設置された点呼端末に向け、雷牙はエコルを取り出す。
霊素時計の表示は「06:58」。
滑り込みセーフ。ギリギリだが、セーフはセーフだ――そう安堵しかけたその瞬間。
「……はぁ〜ん? 候補生のくせに朝帰りとは、ずいぶん優雅なご身分だこと、ライ?」
その声は、涼しげな朝の空気を切り裂くように響いた。
ライが顔を上げると、寮舎の門の脇――そこに立っていたのは、制服の上着をきっちり着こなし、腕を組んで仁王立ちするひとりの少女。短く整えられた水色の髪は朝の光を受けて揺れ、琥珀色の瞳が鋭くこちらを見据えている。
制服の裾から覗く引き締まった足、軽やかに動く仕草。その立ち姿はまるで、教官の査察にでも来たかのような威圧感すらあった。
「……ナツキ」
ライは小さくつぶやいた。
ナツキ・B・ウォッシュバーン。
クラス3所属、《TACT》課の訓練候補生。
そして何より、ライにとって“幼馴染”という特別な存在。
「何さらっと戻ってきてんの。朝練、見事にスルーしてたじゃん。サボリ魔め」
「いや、違うんだって。ちょっと事情が……」
「ふーん、“事情”ねぇ?」
ナツキはにやりと口元を吊り上げながら、すっと距離を詰め――そのまま雷牙の頭をがしっと掴み、ぐりぐりと押さえ込んだ。
「うおっ、いてて! やめろって!」
「どうせろくでもない理由でしょ。……顔に書いてんの。『昨夜、事件がありました』って」
「いやほんとに、違……」
「はいはい。詳しくは後でたっぷり聞いてあげるから、覚悟しなさい」
言葉こそ辛辣だが、その声音にはどこか、からかい混じりの優しさがあった。まるで昔と変わらない、いつもライを叱っては、隣にいてくれた頃のような――そんな空気。
ナツキは昔からこうだ。
言動はキツくても、誰よりもまっすぐで、誰よりもライのことをよく見ている。
「……はぁ、マジで容赦ねぇな」
「当然。甘やかしたらすぐ調子乗るもん、アンタ」
ナツキが呆れたように肩をすくめると、二人は何となく並んで歩き出す。
ここ、《Zone-A17》。支援枠候補生たちが集う、TACT課の一角。
“エリート”とは程遠い環境だけど――だからこそ、共に並び、支え合い、歯を食いしばる仲間たちがいる。
今日もまた、何気ない朝の始まり。
けれど、そこには確かに――誰にも奪われない絆が息づいていた。




