第26話 ギャルはリラックスが命なんで
「っしゃー! こっからは本気出すから!」
「今のが本気じゃなかったのかよ……」
再び始まったゲームでは、クロエが鬼のような猛追を見せた。どうやらさっきまでのしんみりモードは完全に切り替わったらしい。ミニゲームで雷牙をボコボコにしながら、「はいざまぁ!」「こっちはブースト付きだから!」とテンションは天井知らず。
「ていうかさぁ、マジでさっきの話、続きが気になるだけどぉ~」
「いや、ゲームに集中してんじゃねーのかよ」
「集中してるけど、耳も空いてるから!」
クロエは、いつの間にかソファの端っこで缶を手にくつろいでいた。ぱっと見はジュースに見えたが、その飲みっぷりとほんのり漂うアルコールの匂いからして、どうやらそうでもないらしい。
「……なに飲んでんだ、それ」
「え? ん~、なんか、桃のやつ。名前忘れたけど、コンビニで売ってた期間限定のやつ~」
そう言って見せてきた缶のラベルには、可愛らしいフォントで「ピーチ・サンダー・ハイ」と書かれていた。たぶん、ピーチ味のハイボール的なやつだ。
(あー……そりゃ酔うわ)
クロエの頬はほんのり赤くなり始めていて、声のトーンがいつもより少しだけ高い。笑い方もどこか緩くなっていて、ツッコミの切れ味もいつもほど鋭くない。何より目元の力がちょっと抜けていて、ふわっとした空気をまとい始めていた。
「……酔ってんじゃねーのか?」
「べっつに~。これくらい全然大丈夫だし?」
「そのセリフがいちばんアブねぇんだよ」
そう言いながらも、雷牙の声にはどこか安心したような響きが混じっていた。
夜は静かに、更けていく。
テレビ画面の中ではドットのキャラがジャンプし、クリア失敗の音がポコンと響く。クロエが「ちょっと今のはコントローラーが悪い」と言い訳し、雷牙が「じゃあ次は俺な」と譲る。そんな何気ないやりとりが、ただ淡々と続いていく。
部屋の明かりは少し落とされて、外のネオンが窓際でわずかに揺れていた。エレクトロニアの喧騒も、今だけは遠く感じられる。
異世界とか、戦争とか、雷導兵とか。
そんな言葉がどこか遠い出来事のように思えた。ただこの部屋の中には、ゲームの音と、炭酸の弾ける音と、酔いが少し回ったクロエの笑い声だけが、心地よく漂っていた。
「なーなー」
不意に、クロエがちょっといたずらっぽい顔で雷牙を覗き込んだ。
「何だよ、今度は何だ」
「いたの? 彼女」
「……へ?」
「こっちに来る前よ、神谷雷牙のときにさ~。いた? 彼女? 好きな子? 付き合ってたとか、どーせいたっしょ?」
「な、なんだよいきなり……」
「ねー、正直に言ってよ。ここでウソついたら絶交な!」
どこまで本気なのか分からないが、クロエの目は意外と真剣だ。そして微妙に酔っている分、制御が効いていない感じが怖い。
(……リアナのこと、今言うべきか?)
雷牙の脳裏に浮かぶのは、あの冷たい視線と凛とした表情の教官、――リアナ・ヴェイル
かつての元カノ、白石理亜奈に瓜二つの存在。
言ったらどうなるか……いや、どう考えても面倒な展開になるに決まっている。
クロエのことだ。仮に本人にそのつもりがなくても、「前の彼女に似てる女がいる」なんて話をしたら、瞬間的に沸騰する可能性は高い。
クロエはリアナのことを知っている。俺たち3人はそもそも同期だし、顔を合わせる機会も多い。俺とリアナが幼馴染っていうだけでヤキモチを焼くくらいなのに、もしそのリアナが“前の世界で付き合ってた元カノにそっくりだった”なんて話を今ここで言ったら――
クロエの性格からして、黙っていられるわけがない。
しかもただ似てるってだけじゃない。“瓜二つ”ってレベルだ。
髪型も目元の鋭さも、あの冷たいけどどこか繊細な空気も――そっくりだった。
そんな話、面と向かって言えるわけないだろ。
リアナはリアナで、理亜奈は理亜奈だ。
似ているだけで、同じじゃない――頭では分かってる。
でも、顔を見た瞬間に引きずり出される記憶や感情まで、きれいに切り分けられてるわけじゃない。
そんな曖昧なままの話を感情に敏いクロエにぶつけるのは、あまりにも無防備すぎる。
万が一、……あくまで万が一だが、言った瞬間のクロエの反応を想像してみる――
(え、それってつまり……リアナのこと“前の女”だと思って見てたってこと!?)
からの、
(あたしの目の前で、あの美人教官と前世ごっこしてたの!?)
とか言い出して、最終的に、
(じゃああたしは何!? 代役!? 2.0!? 妄想のサンドバッグ!?)
と、まくしたてる未来しか見えない。
下手すりゃ、さっきまでやってた格闘ゲームよろしく、リアルコマンド入力からの必殺技コンボを喰らう展開だ。
(……それはマズい)
つまり今は“沈黙が金”。
おとなしく話を濁して、この場を平和に乗り切るのが一番だ。
まちがっても「リアナの寝起き姿、前の彼女と完全一致しててビビったわ」なんて口が滑っても言ってはならない。
うっかり言ったら最後、クロエに「は?」の一言で首を絞められかねない。
よし、ここは――適当にボカすしかない。
「いや、まぁ……いた、のかも?」
「いたのかも、ってなによ」
「ちょっと、そういう関係だったけど、もう終わってて」
「ふーん?」
クロエの顔がぴくりと引きつった。
「なんか今、ぜーったいごまかした顔してた。あたしに言えないことでもあんの?」
「いや、別にないけど……」
「ほんとぉ~? “異世界で前の女に再会した”とか、言えない過去あるんじゃないのぉ~?」
「そんな漫画みたいなことあるか!」
即答したが、汗が一滴つーっと首筋を流れるのを感じた。心なしか、クロエの目が笑っていない。
「じゃあゲームしようぜ、なっ?」
ごまかすようにコントローラーを差し出す雷牙。
しかし――
バチン!
「いてっ!?」
クロエはそのコントローラーを思い切りはたき落とし、まるで獲物に飛びかかるような勢いで雷牙をベッドへ押し倒した。
「おいおいおいおい……ちょ、ちょっと落ち着け!」
「落ち着いてるよぉ~?」
そう言いつつ、クロエの寝巻きの前が少しはだけていて、思わず目のやり場に困るほどに胸元が大胆に露わになっていた。肩越しには、部屋の間接照明がほんのりと彼女の輪郭を浮かび上がらせている。
「くっそ、なんで寝巻きこんなゆるいんだよ……!」
「え? ギャルはリラックスが命なんで~」
「ははは……いやいや、ほんと、な?」
「アンタさぁ……あたしのこと、好き?」
その問いに、雷牙は一瞬、息を呑んだ。
いつもは軽口の裏に隠れているクロエの“本音”。
今の問いには、その重みが確かに宿っていた。
けれど、今の状況では真面目な返答もままならない。なにせ自分は今、寝巻き姿のギャルに跨がれている状態なのだから。
「す、好きだけどさ、今はその、タイミングが……」
「ふーん。じゃ、好きなら……逃げんなよ?」
「え、ちょ、マジで待てって――!」
クロエの顔がぐっと近づく。
雷牙はなすすべもなく、ただ天井のライトのぼやけた光を見つめることしかできなかった。




