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第23話 海が見える町



夏の記憶ってのは、どうしてこんなにも胸に焼きつくんだろう。


蝉の声が、空のどこかで跳ねていた。

鼓膜を震わせるようなあの音は、ときに喧しくさえ感じるのに、不思議と耳を塞ぎたくはならなかった。

むしろそれが聞こえなければ、夏が本当に来たとは思えなかった。


たとえば、午後の気だるい陽射し。

たとえば、風鈴の音が一瞬だけ止んだときの静けさ。

その隙間に、蝉の声はいつだっていた。


――神奈川県藤沢市。

江ノ島の南東、観光地の喧騒から少し離れたところにある、小さな坂道の町。


そこが、俺の“生まれた場所”だった。


誰かにとっては地図の片隅でしかないようなその町が、俺にとっては世界のすべてだった。


潮の香りが、風に混じって家々の軒をくぐり抜けていく。

塩気を帯びた空気はどこか懐かしくて、呼吸するたび胸の奥がざわつく。

濃い青を湛えた海と雲のない空が、まるで町を見守るように重なっていた。


舗道に刻まれたひび割れ、電線の合間を縫って流れる雲。

誰が描いたのかも分からない落書きが残るコンクリの塀。


それらすべてが――静かに、けれど確かにこの場所を形づくっていた。


目を閉じるとあの午後の光景が、今も心の奥で微かに揺れる気がする。

俺はその景色の中で、誰かと笑っていた。


確かに――あの場所に、いたんだ。



地図の上で見れば、ただのひとつの点にすぎない。

江ノ島――その賑わいと喧騒の裏手、観光客の足音が届かない北側の隅に、波と暮らしが寄り添うようにして続く小さな町がある。


潮の匂いは、いつだって風の中に混じっていた。

肌を撫でる海風は少しだけ湿っていて、通り過ぎたあとには髪の毛がほんのり重く感じられる。

それが嫌だと言ったら、母さんは笑って「海の子の証拠よ」と言っていたっけ。


汐見町は、坂と階段の町だった。


ゆるやかに曲がりくねる坂道が、丘の中腹から海辺へと繋がっている。

それが「汐見坂」――町の背骨みたいな場所だ。

坂沿いに立ち並ぶ家々はどれも古びていて、だけどどこかあたたかい表情をしている。

洗濯物の並ぶベランダ。軒先に吊るされた風鈴。ひび割れたコンクリートの隙間に咲く名も知らない草花。

そんな風景が、俺にとっての「ふつう」だった。


神谷商店。俺の実家のラーメン屋も、その坂の途中にある。

木造の二階建てで、外壁はどこか煤けたような色をしている。

玄関の引き戸にはいつも藍色の暖簾がかかっていて、海から吹いてくる風にそっと揺れていた。

昼どきには出汁の匂いが町の空気に溶け、夜になると湯気と笑い声が、坂をゆっくりと登っていった。


派手なものなんてひとつもなかったけど――

あの町には確かに、毎日が静かに積み重なっていく音があった。

歩くたびに靴底が擦れる音とか、どこかの家のテレビから漏れるニュースの声とか、

そんな小さなものたちが、俺の“日常”をかたちづくっていたんだと思う。


朝になると、坂道には潮の香りが流れ、商店街のシャッターがひとつ、またひとつと上がっていく音がした。駄菓子屋「ミナト屋」のおばあちゃんは早起きで、いつも7時前には店を開けていた。漁港帰りの汐見鮮魚店の大将は、その日獲れたばかりのアジやイワシを並べていた。


夏のある日、俺は店の手伝いを終えると、そのまま汐見坂を下って海まで歩いたことがあった。


アスファルトが焼けるように熱く、ビーサン越しでも足の裏に温度が伝わる。商店街を過ぎると海沿いには防潮堤があり、その向こうには青い海が広がっていた。視界の端には、観光客で賑わう江ノ島の展望灯台がちらりと見えた。


でも、俺が好きだったのは観光スポットじゃない。もっと地味で、静かで、生活の匂いがする場所――この汐見町の、生活そのものが染み込んだ風景だった。


駅へと続く細い坂道の途中には、コンクリ造りの小さな駅舎 《潮風駅》があった。電車が来ると、ホームに一度だけ風が吹き込む。その風に混じって、磯屋菓子舗の甘いみたらしの香りがふわりと漂ってくる。買い食いする子どもたちの笑い声。ラムネ瓶をカランと鳴らす音。


それら全部が、俺にとっての“夏の音”だった。


空は真っ青だった。まるで落ちてきそうなほどに、近く感じた。


その青に映えるように、町のあちこちには小さな花が咲いていた。誰が植えたのか分からないプランターの朝顔、庭先に咲く百日紅さるすべり、風鈴の音が聞こえる軒先。


風鈴――そう、汐見町の夏といえば、風鈴だった。


昼下がりの静かな時間、どこからともなくチリン……と音がして、それが重なるように町全体を包み込む。風が吹いたというだけで、誰かの暮らしの音が響く。そんな町だった。


俺の部屋は、神谷商店の二階にあった。木造の床は歩くとギシギシと音がし、夏になると網戸越しに海の匂いが入ってきた。小さな扇風機と畳の感触、そして壁に貼られた料理のレシピのメモたち――それが、俺の“世界”だった。


母さんが言ってたっけ。


「この町には何もないけど、何でもあるのよ。風も匂いも、音も、ぜんぶが生活なの」


当時は意味がよく分からなかった。でも今なら分かる。


この町には、確かに“生きている実感”があった。観光でも便利さでもなく、ただ、日々がそこにあるという確かさ。それこそが、汐見町の価値なのだと。


そしてその“実感”が、今の俺にとって――この異世界において、もっとも遠く、もっとも愛おしいものになっている。


目を閉じれば思い出す。


風が抜ける坂道の音。ラジオから流れる野球中継。母さんの包丁のリズム。父さんがラーメンのスープを見ながら呟く独り言。


あの坂を走った日。屋台の焼きそばの匂い。夏祭りの夜、花火が上がって、光が屋根瓦に反射した光景。


全部、あそこにあった。


あの日々が、俺の背骨だった。


雷導兵“ライ”として生きる今の俺が、どこかでまだ“神谷雷牙”としての自分を求めているのは、きっとそのせいだ。


何を失っても、あの記憶だけは、あの日々の時間だけは――失いたくない。


俺の中に、たしかに生きている。汐見町の景色は、今もなお昨日のことのように、記憶の奥底で揺れていて――

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