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第21話 隠居ってなんだったっけ



「……まだ決めたわけじゃない。時間の無駄になる可能性もあるしな」


「なんだよ、自信ねーのか?」


「そうじゃない。言っただろう。今はどこにいるかもわからないと。それにイグザスとは多少の面識はあるが、仕事の依頼を取り持てるほど仲が良いわけではない。管轄も違ったしな」


「んだよ。頼りねーな。“やってみなきゃわかんねー”って、昔はよく言ってただろ?」


「昔の俺とはもう違うんだ。計算が立たない計画を取れるほど、手が空いているわけでもない。会わせてやることはできたとしても、依頼を引き受けるかどうかはお前の交渉次第だ」


ムスッとしたように頬を膨らませているが、そんな顔をされても困る。俺は交渉術に長けているわけじゃないし、飛空挺の専門家でもない。イグザスは確かに凄腕の技師だが、彼じゃないと駄目だというわけでもあるまい。…というより、カイの周囲には技師の一人や二人がいたはずだ。それも、かなり知識が豊富な奴が、な。航行調整くらいなら、わざわざあいつを探すほどでもないはずだ。


「私も空賊をやってもう十数年だ。空を飛んでりゃ、嫌でも耳に入ってくんだよ。“天才技師”の名くらいはな」


焚き火の火はもう炭になりかけていた。パチ、パチと、枝の最後の命が弾ける音が山の静寂にしみ込んでいく。


確かに、イグザス・ベルネロ――その名前を聞けば、大抵の技術者は一度は敬礼する。


だがあの男は……癖がある。いや、技術者全般が多少そういう傾向にあるとは思うが、イグザスは特にそうだった。自分の研究領域以外には一切興味を持たない。一見ぶっきらぼうで不親切、だが理論にだけは忠実。その代わり、見返りが明確なら協力は惜しまない、というタイプだ。


「なあゼン。私の飛空艇を何度か見てるだろ?」


「シルヴァ=ヴァルザンのことか?」


「ああ。……私の自慢の相棒だ。良い艇だって思うだろ?」


そう言うと、カイは嬉しそうにニッと笑った。


「確かに。加速力も操舵の応答も、重心配置も悪くない。旧式ながらも設計が堅実で、空戦仕様のわりに機動性と安定性が両立してる。魔導帆の展開速度も速いし、操縦桿のレスポンスも精妙だ。……あの機体、お前自身が調整してるんだろ?」


「おう。仲間と一緒にな。けど――もっと先がある気がすんだよ」


「……先?」


「そう。今のままでも十分やれる。でも、“もっと軽く”、もっと“滑るように飛べる”艇にしたいんだ。空気を斬るんじゃなく、空そのものを撫でるみたいにさ」


“空を撫でるように飛ぶ”。


俺には今ひとつ捉え難い表現だが、わからなくもない。操縦者がまるで艇と一体になったような、直感と機体が完全に同調する飛行感覚。それを追い求めるのは、空に生きる者として当然か。


「……となると、問題は空力構造の再設計と、動力の魔力伝導率か」


「そのへんがより深い部分でわかるやつが、他にいないんだよ。いや、技師はいる。腕の立つやつもな。でも、“今よりもっと”って観点で艇を見ようとすると――何かが足りねーんだよ」


なるほど、単なる整備や修理じゃない。


空を知り、魔導理論を扱い、そしてより“理想”という形に即した感覚に近づけられる方法。……そうなると確かに、「天才」と呼ばれたあいつの名に自然と行き着くのも納得がいく。


腕の立つ猛者たちが集うレースに本気で勝つつもりなら、イグザスは確かに必要な人選となるだろう。


「なぁ、ゼン。頼むよ。あんた以外に、イグザスの居場所を辿れそうな奴、思いつかないんだ」


「…………」


焚き火の火は、もはやほとんど消えかけていた。


灰が風に流れ、静寂だけが残る。カイももう何も言わない。ただ、こちらをじっと見つめている。いつもは男まさりで行動ばかりが先立つ強気な性格のくせに、急に萎れたように弱々しい目をするもんだから、不思議と心が揺らいでしまう。昔からこいつは…そういうところがずるいんだ。


「……わかった。一晩、考えさせてくれ」


「……っしゃ!」


小さくガッツポーズを取るのが見えた。まだ何も決まっていないというのに、もう勝ったつもりか。


……はぁ。どうしてこうなるんだ。


隠居って……なんだったっけな。

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