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第22話 どこから話せばいいんだろうな



「ね、話聞かせてよ?」


ふいにクロエがそんなことを言ってきたのは、ゲームの1面をクリアした直後だった。


「……え?」


俺はコントローラーを握ったまま、間抜けな声を漏らした。画面の中ではドット絵の主人公が小さくガッツポーズしてる。その隣で踊っている謎の動物キャラが、こっちの戸惑いなんかお構いなしにアホみたいなダンスを繰り返していた。


「“雷牙”としての記憶、だよ?」


テレビの明かりを受けて、クロエが小首をかしげながらこちらを見ていた。普段のギャルっぽさがすっと抜けて、少しだけ真剣な目になっている。


「……なんで、そんなこと聞きたいんだよ」


俺は言いながら、ゲーム画面に視線を落とす。次のステージが始まり、背景が近未来都市の夜景に切り替わっていた。画面の中のキャラは、浮遊ターミナルを駆け抜けるようにして敵をかわしていた。


「気になるに決まってるじゃん。だって、あたし――」


クロエは一呼吸おいてから、ソファの背にもたれた。


「適合化棟に運ばれたって聞いたとき、本気で心配したんだから」


俺は黙ったまま、コントローラーを持ち直す。が、操作はもう頭に入ってこなかった。画面のキャラは自動で進んで、気づけば敵に囲まれてやられていた。指はボタンを押しているはずなのに、意識はもうクロエの言葉に全部引きずられていた。


「戻ってきたときだって、ちょっと話しかけたよね? でもあんたなんか、どこか上の空だった」


クロエの声は普段の軽さが抑えられていて、でも押しつけがましくもなかった。ただ、ただ、“知りたい”っていう想いが、まっすぐ伝わってくるような声だった。


(……たしかに、あのときは)


俺の中にある“神谷雷牙”としての記憶と、“ライ”としての過去。それがちぐはぐに混ざり合って、俺自身でもよくわかってなかった。クロエのことは覚えてる。笑った顔も、ふざけた口調も、手をつないだあの感触も。


でも、それがどこの記憶なのかすら――曖昧だった。


(たぶん、彼女も感じてたんだ。俺が“知ってるようで、知らない”。そのズレを)


「……で、なによ。話すのやめとく?」


クロエが、わざとらしく頬をふくらませる。


「もしかして、あたしに言えないこととかあるんじゃないでしょうねー?」


「……そう言うわけじゃねーけど、言っても信じるか?」


「言ってみなきゃ分かんないでしょ。あたしは聞きたいの。あんたが本当に何を感じてるのか。何を思い出してるのか」


その言葉に、胸の奥が不思議と熱くなった。


この世界に来て、何人かに「自分は異世界から来た」と話したことはあった。けど、そのたびに「また妄想癖か?」とか、「ストレスによる記憶構成の乱れだ」とか、まともに取り合ってもらえなかった。


話半分、もしくは完全に“症例”として見られていた。


でも、クロエは違った。


信じる信じないの前に、「知りたい」と言ってくれた。


それだけで、救われた気がしたんだ。


「……どこから話せばいいんだろうな」


正直、何から話せばいいのか分からなかった。俺が生きていたのは、こっちとはまるで違う“普通の世界”だ。霊素もなければ、雷導兵なんて存在しない。空には電線が張り巡らされ、スマホでニュースを見て、朝はコンビニでパンと缶コーヒーを買って――


(そうだ、そういえば……)


その日常を、誰かに話すのは初めてかもしれない。記憶として蘇ってくるそれは、いつの間にかぼんやりとしていて、まるで夢だったかのように曖昧になっていたけれど――


「……じゃあ、まず俺の“生まれた場所”の話から、してみるか」


そう言ったとき、クロエが小さく目を丸くした。そしてすぐに、にこっと笑ってうなずいた。


「うん、聞かせて。雷牙の“世界”」


俺は深く息を吸い込んで、画面の中でジャンプするドットキャラを見ながら、かつての東京の街を思い浮かべる。


高層ビルと雑居ビルが並ぶ景色、夕暮れの駅前、実家のラーメン屋の暖簾。


どこから話しても、どうせ彼女には想像もつかない風景ばかりだろう。


でもそれでも、話してみようと思った。


(俺が、俺であることを――忘れないためにも)


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