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第21話 ヤッてたのかヤッてなかったのか


挿絵(By みてみん)




(……いや、これ完全に“お泊まりコース”じゃん)



シャワーを終えた雷牙は、脱衣所の曇った鏡越しに自分の顔を見て、小さく溜め息を吐いた。肩に乗っていた疲れは湯気と一緒に消えていったが、それと引き換えに脳内には新たな“戸惑い”が霧のように立ち込めている。


いつの間にか、流れに身を任せてここまで来てしまった。いや、流されてる場合じゃないだろ普通……と、改めて自分の状況を再確認する。


バスタオルを手に取ったまま、足元に置かれた畳まれた服に視線を落とす。


(……なんだこの、やたらもふもふしたパジャマは)


手に取ると、ふわっと甘い柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。色は薄いラベンダー色で、袖口には小さなレースがあしらわれている。……これは、間違いなくクロエの私物だ。


(いや、さすがにコレ着ろってワケじゃないよな……いや、まさかな……)


そう思いながらもタオルを脇にかけ、まずは下着を……とカゴの中を探す。


が、見当たらない。


(……あれ? さっきまでここに脱いだはず――)


カゴの中は空っぽだった。いや、正確には、タオルと使用済みのボディジェルのパックしか残っていない。洗濯機を見ると、電子ロックのランプが赤く点滅しながら、しっかり“運転中”の表示が点いていた。


(……え、もしかして、もう洗われてる!?)


あわててドア越しに声をかける。


「おーい、クロエ! 下着ないんだけど!? 洗濯されてるっぽいんだけど!」


すぐに、廊下の向こうから返ってきた明るい声。


「えー? あー、それ回しといたー! すぐ乾燥機かけっから、ちょっと待っててー!」


「待ってるって……いや、その間履くもんないんだけど!?」


「え、じゃあノーパンでいーじゃん? 誰も見てないし!」


「見てるだろ! お前が!!」


「細かいことは気にすんな!」


(……マジかよ……)


思わず天井を仰ぎ見る。いや、豪快っていうか、そういうのに無頓着っていうか……。さすがにちょっとついていけねーぞ、このノリとスピード感……


「……はぁ……」


とりあえず、ノーパンでパジャマを着るという屈辱を乗り越え、ふわふわの上下を身につけてみる。サイズはギリギリ入ったが、袖がやたら長いし、パンツももっさりしていて妙に落ち着かない。何より、下半身がスースーして落ち着かないったらない。


そろりと脱衣所を出ると、クロエがリビングの階段下にちょこんと立っていた。すでに彼女も寝巻きに着替えており、今度は自分用のもふもふルームウェア。薄ピンクのパーカーにショートパンツ。髪もほとんど乾いていて、さっきより落ち着いた雰囲気があった。


「おかえり〜、じゃ、こっちこっち」


クロエはそう言って、階段を上っていく。雷牙は仕方なくその後を追うが、スースーする感覚はなかなか消えてくれない。


階段を上り切ると、廊下の突き当たりに小さな部屋があった。


「ここ、あたしの部屋ね。まぁ、そんな大したもんじゃないけど」


ガチャリとドアを開けた瞬間、雷牙は思わず立ち止まった。


部屋は思っていたよりも広く、そして……やたらポップだった。


壁紙は淡いベージュで、ところどころに星型のステッカーが貼られている。カーテンはカラフルな幾何学模様、棚には整然と本とフィギュアが並び、ベッドの上にはキャラクターもののクッションが山のように置かれていた。机の横には音楽プレイヤーとメモパッド、そしてお気に入りらしいスニーカーが整頓されて並んでいる。


(……なんか、すごい“女の子の部屋”って感じ)


ふわふわした空気に包まれながら、雷牙はそっと部屋の隅に腰を下ろした。


クロエはさっさとベッドの上に座り込み、背もたれにクッションを置いてリラックスモード。


「どーしたの? 緊張してんの?」


「……当たり前だろ。女子の部屋とか、人生で数えるほどしか入ったことないし」


「ふふ、なーんかライって、そういうとこほんとウブだよね。悪いことしようってわけじゃないのにさ?」


「……いや、状況が悪いだろこの服装とか! ノーパンだし!」


「アハハ! まーもうちょいしたら乾くからさ、それまで我慢我慢♪」


呑気な声と、笑い声。なんでこんなに自由なんだろう、この人は。


でも――


どこか憎めない。むしろ、こういう人がいるから、自分はこの世界でも少しだけ“人間”でいられてる気がする。


ふと窓の外を見ると、遠くで浮遊バスの軌道ライトがゆっくりと横切っていった。


静かな都市の夜。クロエの部屋にあるちょっとだけ温かくて、少しだけ騒がしい“日常”が、雷牙ライの心にじんわりと染み込んでいた。



(……無理だ。まじで落ち着かない)



クロエの部屋に通されて、軽く座ってみたはいいものの、俺の心はまるで電子レンジの中でぐるぐるチンされてるみたいに混乱していた。


何がって、まずこの状況だ。


部屋の雰囲気、あの妙にふわふわしたパジャマ、そして現在進行形で下半身ノーガード。ノーパン状態ってだけでも男としてなかなか精神的ハードモードなのに、目の前には同い年の“付き合ってる彼女”が、すぐ手の届く距離にいる。


これ、冷静になれって方が無理だろ……。


クロエはあいかわらず自然体で、部屋のスピーカーから流れる音楽に合わせて指先でリズムを取ってる。さっきまでの“シャワー直後バスタオル姿”が脳裏に鮮明すぎて、正直こっちはどこを見ればいいかもわかんねぇ。


(……いや、でも俺たち、付き合ってるんだし?)


そう自分に言い聞かせようとする。事実、記憶にはクロエとのいろんな場面があった。笑い合ったことも、泣かせたことも、手を繋いだことも、――キスだってした。いやそれどころか、たしか何度か、あれも……その、ヤッてる。



――ヤッてる、んだよな?



(……え、まじで?)


脳の奥底でぐるぐる渦巻くその記憶は、確かにリアルな感触を伴ってる。クロエの肌の温度とか、髪の匂いとか、耳元で聞いた声とか。そういう“具体的すぎる記憶”が、時折フラッシュバックしてきて余計に混乱する。


でも、それが“本当にあったこと”なのかどうか、イマイチ確信が持てない。


神谷雷牙としての俺は、クロエと出会ったのはこの世界に来てからだ。リアナに監禁され(実際には監禁されてないが)、経過観察扱いにされ、何日か過ごしていく間に訓練所でクロエと再会――それが確か、数週間前の話だ。


でもライとしての記憶には、もっと長い時間がある。孤児として生きて、候補生として育てられて、訓練と実戦を繰り返して……その中で彼女と出会って、何度か合同の演習で一緒になって……そこから……


(いや、別にそこまで昔の話でもないんだけどな……。ライとしての記憶では……)


ヤッてたのかヤッてなかったのか。したかしてないか。


――そんなもん、確認のしようがない。


だからせめて、“してない”ことにしておきたい。それが今の俺にとっての唯一の理性の砦だ。


でも――緊張するもんは、する。


「……確か、初めてクロエとヤッた時は――って、ああもう!!」


思わず心の声が口に出かけるのを、ぎりぎりで飲み込んだ。


何を思い出そうとしてんだ、俺!? こうして座ってるだけで頭おかしくなりそうなのに、そんな過激な記憶、今このタイミングで掘り起こしてどうすんだよ!


落ち着け……落ち着け……心を無にしろ……。


「……なにムッとしてんの?」


クロエが怪訝な顔でこっちを見てきた。


「え、いや、別に……なんでも……」


「そんな肩に力入れてどうすんの。ほら、適当に座りなって。あたし何もしないってば」


「……それが逆にこえーんだよ……」


「ん? なに?」


「い、いや、こっちの話!」


クロエは気にせず、棚からコントローラーらしきものを取り出してテレビに向けた。


「ゲームでもしよーよ。アクションとか苦手だったっけ?」


「ゲーム……? いや、別に苦手じゃないけど」


「じゃ、ちょっと古いけど、これやろう。あたしが初めて全クリしたやつ♪」


そう言って彼女が立ち上げたのは、シンプルな2Dスクロールのアクションゲームだった。霊素だの共鳴だの、そういうこの世界の専門用語からはまるでかけ離れた、どこか懐かしいドット絵のゲーム。


「これ、昔親父が持ってたやつでさ、あたしが小学生くらいの時に毎晩やってたの。見た目古いけど、難易度ヤバくてさ~。でも最後までやったの、自慢なんだよね」


そう言って笑うクロエの顔は、訓練場で見せるギャル風の派手な顔とは違って、どこか素朴で、子どもっぽかった。


(……あれ。今、ちょっとだけ“普通の女の子”に見えたな)


彼女の言葉や態度が、緊張で固まっていた俺の心を少しずつ解していく。


コントローラーを受け取りながら、俺は深呼吸して、ちょっとだけ表情を緩めた。


「んじゃ、負けた方が、ジュース買いに行くってことでいいか?」


「は? なにそれダサい! でも、まぁいっか♪」


少しだけ、空気が軽くなる。


さっきまでの妄想と混乱は……一旦、棚に上げておこう。



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