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第17話 ね、ちょっと歩かない?


挿絵(By みてみん)




カラオケを出たあと、俺たちはそのまま中環層の通りを歩いていた。

特に目的地があったわけじゃない。ただ、このまま別れるには、まだこの夜に名残惜しさがあった。


夜の空気は、霊素粒子のせいか少しだけ帯電していて、肌を撫でる風にピリついた感触が混じっている。クロエの髪がその風を受けて、淡く光るネオンを反射して揺れていた。


「ね、ちょっと歩かない? この辺、ウチの地元なんだよね」


「地元……?」


「うん。中環第六市街。アーク・スピアってとこ。まぁ、準上層っていっても、けっこー下町っぽいとこだけどさ」


そう言いながらクロエは、軽やかに歩道を折れる。俺もそれに続いた。



通りは次第に広がり、高層ビルの影が少しずつ低くなる。


道を進むにつれて、街の雰囲気がじわりと変わっていった。


広めの歩道にはまだ朝の清掃ドローンが巡回していて、霊素塵を取り除くための小さな放電をカチカチと断続的に鳴らしていた。頭上を見上げれば、緩やかなアーチを描く軌道レーンが複数の層で交差している。中環層の都市設計に特有の「レイヤー化構造」だ。高架軌道がいくつも重なり、駅や商業ブロック、住居層が垂直方向に重ねられているのは、都市成長を無理に押し込めた歴史の名残でもある。


クロエが「近道だよ」と言って案内したのは、古びたホログラム看板が点滅する小さな裏路地だった。中央街路の華やかさとは打って変わって、このあたりの雰囲気はぐっと人間臭くなる。床材の継ぎ目には霊素塵が溜まり、細いパイプやコードが頭上を這うようにして張り巡らされていた。


「昔はさ、この辺り全部“開発予定地”だったんだよ。けど資金が回らなくなって、途中で止まってさ。だから見た目はちょいボロだけど、中身は意外と悪くないんだよ?」


そう言って、クロエが笑う。その笑顔には、地元のことを何だかんだで誇っている気持ちがにじんでいた。


道の両側には小さな飲食店が並んでいて、ラーメン屋、焼き魚の店、霊素スナックバー、そして電飾だらけの小さなゲームセンターまである。ここには中央区にあるような“高級志向”はなくて、どれも実用本位の生活感に満ちていた。ドローン配送が定着した今でも、こうして対面で買い物をしてる人たちが普通にいる。やっぱどこか東京の下町を彷彿とさせるような、そんな懐かしさがあった。


小さな十字路を抜けたところで、突如、視界が開けた。


そこにあったのは、駅だった。正式名称は《アーク・スピア中環第六交差駅》。

とはいえ、その外観は想像していたような近未来的なシャトルターミナルではなかった。むしろ古い劇場を改装したような無骨なコンクリート造りで、所々にパネルの剥がれた跡が残っている。駅の上部からは軌道が何本も突き出していて、それぞれが中環層と外環層、さらには上層域の別都市ブロックに繋がっているようだ。


「ここが駅?」


「そ、アタシが毎朝通ってるトコ。まー見た目はアレだけど、中は快適よ。あと自販機のコーヒーがやたら美味い」


クロエはどこか得意げに言う。


駅の外壁には、電飾式の行き先案内板が設置されていて、《中環第七街区方面:1.2分遅延》《上層直通特急:正常運行》《下層誘導路:点検中・代替ルートあり》といった情報が常時スクロールしていた。こうした案内は乗客の個別プロファイルと連動していて、霊素適合度や移動傾向に合わせてパーソナライズされた表示にも切り替えられる。


駅の敷地は広くはないが、その中に入ると途端に空気が変わった。通路には足音を吸収する軟質床材が敷かれ、壁面には歴代の雷導兵士のポスターや、育成局が設置した公共広告が映し出されている。構内の至る所に雷導霊素を安定供給するための導管と共鳴盤が組み込まれており、常時うっすらと青白い光を放っていた。


ホームへと続くスロープの上では、さっきから数人の候補生たちが談笑しているのが見えた。皆、制服姿のままで、軽い訓練を終えた帰りか、あるいは夜勤明けの交代かもしれない。


「この駅、さ。上と下をつなぐちょうど中間なんだ。アーク・スピアの“芯”って意味で、名前がついたらしいよ」


クロエが何気なくつぶやいた。


その言葉に、どこかこの街全体の構造と、彼女自身の立ち位置が重なって見える気がした。上でもなく下でもない。光でも、闇でもない。人間らしさを残しつつ、霊素の中で生きる都市。その真ん中にこの駅が、そして彼女が、――確かに在る。


俺たちはそんな空気を背負いながら、駅の階段へと足を踏み出していった。



駅の階段を抜けた先には、中環層でも独特の空気を纏った街並みが広がっていた。ここは《アーク・スピア》――クロエの言う中環第六市街の中心部。表向きには“準上層階級”と分類されているらしいが、実際には第七街区のような再開発から取り残された混沌と高層層の規律とが絶妙に混じり合う、いわば“都市の境界面”のような場所だった。


道沿いには古い低層ビルと、外壁を補強された中層の集合住宅が混在していて、どの建物も同じ時代に建てられたわけではないことが一目で分かる。建材の剥がれた箇所には防湿シートが貼られ、空調管や霊素導管が建物の外にむき出しで走っていた。空中には霊素通信を中継する光ファイバーの束が交差し、まるで蜘蛛の巣のように都市の上部を覆っていた。


ネオンの灯りはまばらで、先ほどの歓楽区に比べれば格段に静かだったが、その分生活の息遣いが濃く感じられる。商店街のアーケードはすでにシャッターが下りていたが、ところどころに無許可と思しき個人営業の屋台がぽつぽつと店を開いていた。焼き物の匂い、甘い菓子の蒸気、霊素茶の香り……さまざまな匂いが入り混じって、懐かしいような、どこか胸を締め付けるような感覚を呼び起こす。


「昔からこうなのよ、このへん。あんま整ってないけど、変な居心地の良さがあってさ」


クロエが笑いながら言った。彼女の口調には、どこかこの街への愛着と、少しの照れが混じっていた。


高架下には古びたゲームセンターがあって、今も数人の子どもたちがホログラム筐体に夢中になっていた。側壁には落書きと霊素アートが混在し、時間の蓄積そのものがこの街の“装飾”となっていた。高層区のような整理された広告や監視センサーの類は少なく、代わりに小型霊素灯が地面近くを照らしていた。温かみのある橙色の光は、どこか昭和レトロの街灯を思わせるような懐かしさを放っていた。


歩道脇のベンチには仕事帰りの労働者たちが缶入り霊素酒で乾杯していて、その隣では制服姿の学生がスマートグラス越しにアイドルのライブ配信を観ていた。全く異なる日常が、違和感なく並んで共存している。社会的な立場や所属を超えて、人々がこの街を“生きている”。そんな実感があった。


さらに進むと、老舗の修理屋や補給部品を扱う店舗が連なっている区画に出た。外には不要になった端末パーツや霊素バッテリーが山のように積まれていて、まるで「技術の廃墟」のような趣があった。通り過ぎたとき、クロエがぽつりと呟く。


「ウチの親父も、ああいうとこで働いてたよ。雷導機材のリペア工やっててさ。ボロかったけど、まぁ…マジメな人だった」


どこか遠くを見るような彼女の目。都市の夜に浮かぶ霊素粒子の反射が、静かにその瞳の奥で揺れていた。



地下鉄の連絡口の脇には、タイル張りの古びた公園があり、使われなくなった噴水がぽつんと佇んでいた。公園の端には小さな祠のような霊素供養台があり、今も誰かが置いた花束が風に揺れていた。


「小さい頃、よくここで遊んでたんだよ。ブランコとか、あったんだよ昔は」


「霊素供養台の横でブランコ? 結構シュールじゃね?」


「バカ、それがいいんじゃん」


クロエは笑って、いつものように俺の腕を軽く叩く。



住宅街に入ると、街並みはぐっと現実味を帯びてきた。

ごく普通の四階建て集合住宅が並び、外階段には洗濯物が干されていた。

配線がむき出しの電柱が立ち並び、上空では浮遊広告の投影が揺れている。電線は、まるで過去と未来をつなぐコードみたいに、空を複雑に縫っていた。


道の端にはコンビニらしき自販モジュールがあり、透明なガラスの中でドリンク缶が静かに並んでいる。機能は先進的なのに、見た目はなんとなく昔の商店街のような、くたびれた雰囲気だった。


「……ほんとに、日本のどっかみたいだな、ここ」


「そうなの? あたし、こういうとこ嫌いじゃないよ。都市っぽいだけのとこって、なんか生きてる感じしないじゃん」


彼女の言葉は、どこか俺の心にもリンクしていた。


高層ビル群の合間にあるこの“人の生活”の痕跡たち――雨ざらしの郵便受け、端っこに咲いた名も知らぬ草花、放置された自転車。

整備されすぎた上層区画にはない「雑さ」と「不完全さ」が、この街にはあった。


「この辺ってさ、夜になると雷霊素の気圧が下がるの。だから、空がちょっとだけ青くなるのよ」


クロエが指さしたその先――街灯の間から見える空の一角は、確かにほのかに青白く染まっていた。


人工の空なんて、と最初は思っていたけれど、その光景には不思議な優しさがあった。



やがて、小さな交差点にたどり着く。信号機がチカチカと点滅し、電線の先でネオンの明かりが揺れている。

まるで、もう誰も気にしていないのに律儀に生き続けてる昭和の名残みたいだった。


歩道の端に腰掛けて、俺たちはしばらく黙っていた。


遠くで雷導バスのシャトル音が聞こえる。空には高架道路が重なり、浮遊トラックが音もなく滑っていく。そんな近未来の景色の中に、どこか懐かしさを感じている自分がいた。


「さっき、あんたが言ってたじゃん。“ぐちゃぐちゃだ”って」


クロエがぽつりと言った。


「……あたしもそうだよ。みんな、ぐちゃぐちゃだよ。ちゃんと生きてるやつなんかいないって。訓練だって、未来のためって言うけど、結局、自分のためにやってんだし」


「……そうかもな」


「けど、そうやって迷って、うだうだ悩んでんのもさ――生きてる証じゃん」


それはギャルらしからぬ、でも彼女らしい真っすぐな言葉だった。



電柱の明かりが、ふたりの影を長く引き伸ばしていた。

その影がゆっくりと重なっていく。


まるでこの都市の片隅に、“確かに今ここにいる”ということをそっと刻んでいくかのように。


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