第16話 パッション全開で
カラオケ館――正確には、《共鳴音響娯楽施設・シンフォニア館第六区店》。
俺たちはその、自動案内ドローンが小さく咳払いするような名前の店に足を踏み入れた。
入口では、ホログラムの看板がぐるぐると文字を切り替えながら流れている。
【“音に魂をのせて叫べ!”】
【全室マナ導音対応】
【共鳴エフェクトで100倍盛れる!】
どうやら、霊素制御された音響効果で「声がよくなる」らしい。
つまり、音痴でもプロの歌唱力。チートかよ。
「じゃーん! ここがウチの推し部屋!501号室、通称“音の玉座”ってヤツ!」
クロエはテンション高めにドアを開けて、中へと飛び込んでいく。
低反響加工のソファ、霊素共鳴式のサウンドスピーカー、天井には星空っぽいホログラム。空間だけ見ると、カラオケっていうより異世界のVIPルームだ。
「……まさか異世界でカラオケに来るとはな」
「なにそれ、ダサ~! 世界変わっても遊びは遊びっしょ!」
クロエはもう、オーダータブレットを迷いなくガンガン操作していた。
その素早く正確な指さばきは、もはや職人芸というより、小隊オペレーター級の精密さだった。
おいおい、ここって兵舎じゃなくてカラオケだよな……?と一瞬不安になるレベルで、その手際に一切の躊躇がない。
「はいはーい、ウチはとりま雷霊素ビールね~♪」
そんな軽いノリで、クロエはメニューからビールを選んで確定ボタンを叩く。
俺は慌てて声を上げた。
「おい、それ……未成年だろ?」
「はあ? 未成年?それどこの用語?」
クロエは、あきれたように眉を上げながらも得意げに言う。
「ウチ、雷霊素適合率78.6パーあるし。霊素的にはとっくに“大人認定”されてっから~」
「どんな理屈だよそれ……」
この世界ではどうやら“法的な成人”という概念が、我々の常識とはちょっと違うらしい。
人体の霊素適合率――つまり、その人間が霊素をどれだけ安定的に体内で運用できるか――が一定の水準を超えると、その人は「身体的・精神的に自律した構造体」と見なされ、いくつかの制限が解除されるのだという。
たとえば飲酒。
普通のアルコールではなく、雷霊素で発酵された“霊素酒類”は、その微細なエネルギーを適切に制御できる者でないと、神経系や共鳴器官に不調をきたす恐れがあるらしい。
だからこそ、年齢よりも「適合率」が重視されるわけだ。
その説明をクロエがするはずもなく、当然ながら俺は飲み込めないまま黙ってると――
「かんぱーい! 今日もお疲れ、ライくん!」
にこやかに店員ドローンが到着し、淡く光る泡が煌めく“雷霊素ビール”を、テーブルへと丁寧に置いていった。
完全に注文通ってるあたり、システム的にもクロエは公認ということらしい。
なぜか悔しい。こっちのほうが正しいはずなのに、どうにも“負けてる感”が拭えない。
「お、おう……乾杯」
俺はせめてもの抵抗として、未成年対応の“雷導ソーダ”を選択。
これも雷霊素ベースだが、適合率50%以下でも問題なく摂取できる仕様らしい。
微炭酸でピリッと舌に電気が走るような味――やけにクセになる。
そんな俺の迷いなんて一切お構いなしに、クロエはすでにマイクを両手で構えていた。
その顔には、完全に“戦闘前”のスイッチが入ってる。
どこからどう見ても、ただの娯楽とは思えない本気の目だ。
「いっちょぶっかますか~! 今日の一曲目はあたしの十八番!」
タブレットをスライドして、選んだのは――
「ミレニア・ヴァイスの! 《Stellar Shocker》ッッ!!」
背景に宇宙雷撃を模したホログラフィック映像がばばーん!と展開される。
クロエが叫ぶように歌い始めた瞬間、狭いルームはまるでライブ会場。
霊素共鳴スピーカーが空間に合わせて響きを調整し、音と光が脳内を直撃する。
もう、俺の“常識”がどうとか言ってる場合じゃなかった。
……この女、ノリだけで世界を塗り替えてくる。
「またそれかよ、お前それ毎回……」
イントロより早く、クロエの全力シャウトが飛ぶ。
“♪バースト・ザ・ライトニィィィング――!!”
うわっ! 空気砲かよ!
床の下から風きたぞ今!
「どうよ! 初手からキメたった!」
「いや、もうちょっと肩慣らし的なの挟めよ!」
でも、声に混じってた。
笑い声。こっちまで笑ってしまうくらいの、豪快で真っすぐなやつ。
この異世界で笑ってる自分がいることが、なんだか信じられなかった。
クロエはビール片手にマイク振り回して、次の曲リストを漁ってる。
どこからどう見ても未成年のくせに、キメ顔でロック系を全力で歌いあげてるのがもう……清々しい。
「……お前、東京にいたら完全に補導案件だな」
「ハァ? ここじゃ合法なんで! ウチの自由領域ナメんなよ?」
「領域って言うな」
マジでバカだ。
でも、そのバカっぽさにどこか救われる気もした。
「んで、次はライのターンね! 歌ってスッキリしな!」
「え、俺? いや俺、歌える曲そんなに……」
「ハァ? この前、部隊の演習打ち上げでノリノリで歌ってたじゃん。“ビリビリ☆インパクト”とかって変なやつ」
「……それ、クロエが無理やり入れたやつだろ!」
「いいから歌えよ、ぐちゃぐちゃしたモンぶっ飛ばせ~!」
ふざけた口調。でもどこかで俺の気持ちをちゃんと理解してて、背中を押してくれる。
その感じが、彼女らしいというかなんというか。
俺は仕方なく選曲リストを開いて、よく分からないけど適当に一曲。
“♪この空が まだ 蒼いなら――”
音楽が流れると、さっきまでの霧みたいな気持ちがスッと晴れていく。
共鳴エフェクトがかかって、声がどこか俺じゃないみたいに響いた。
でもそれが今の俺にはちょうど良かった。誰でもない“自分”になれる気がしたから。
ライトが光り、音が弾け、都市の喧騒が外へ消えていく。
今だけは、兵士でも素体でもなく、ただの“ライ”でいてもいい。
そう思えた。
曲が終わると、クロエがやたら盛大に拍手してきた。
「ヒューヒュー! やるじゃん、ライくん! 声伸びてたし、顔イケてたし、てか……マジでいいじゃん!」
「いや、顔は関係ないだろ……」
「は? カラオケって顔ゲーでしょ? 表情命よ? 顔死んでたら何も伝わんねーっつーの」
そう言いながら、彼女はまたビールをグイッと流し込む。
金色の泡が少し唇に残って、それを親指で拭うしぐさがなんか妙に色っぽいのに、次の瞬間にはマイクを二刀流して「デュエットいくぞ」とか言い出してる。
「え、ちょ、お前それ……」
「ほら、ウチの十八番! “DEEP SHOCK☆ラブストーム”! 二人で歌うやつ!」
いきなり始まる爆音。パッション全開のメロディ。
手元の画面には、やたらキラキラしたカップルが雷をバックに抱き合っている謎のホログラフィックMV。
「……なあクロエ、この曲の歌詞、ほぼ意味わかんねぇんだけど……」
「感じろ! 言葉は音だってあんたの教官も言ってたじゃん!」
「言ってねえよそんなこと」
笑った。
なんかもう全部バカバカしくて、だけどそれがいい。
ここ最近ずっと頭の中に張りついていた「現実」の重さが、クロエの騒がしさで少しずつ剥がれていく。
こんな時間、日本じゃあり得なかった。
未成年が酒飲んで、爆音で熱唱して、霊素のネオンに包まれて――
でも、不思議と嫌じゃない。
曲が終わって、俺は息をついた。
さすがにちょっと喉が枯れてる。
それでも、体の芯が妙に軽かった。
「なぁ、クロエ」
「ん? なに?」
「こういうのさ。たまにはいいよな」
「でしょー? ウチ、ずっと言ってんの。生きてるだけで結構エラいんだって」
彼女はソファに深く沈んで、空のジョッキを逆さにして見せた。
「霊素ぬけたー」とか言ってふらつく仕草も、全部芝居くさいのに、どこかリアルだ。
「さ、次いく? それとも一旦休憩する?」
「……休憩。ちょっとだけな」
俺はカーテンの隙間から外を見た。
遠くのビル群が、まるで星空みたいに瞬いてる。
ここが“異世界”であることなんて、今はもうどうでもいい気がした。
「なあ、クロエ」
「んー?」
「お前さ、俺が“昔の記憶”の話したとき、あんま驚かなかったよな」
クロエは一瞬だけ眉を上げた。でもすぐに、肩をすくめて笑う。
「そりゃさ、ウチのクラスのやつでも“変な夢見た”とか“前世ガー”とか言い出すヤツ、今までにもいたし」
「……マジかよ」
「でもさ、ライはウチが知ってる“ライ”だし。記憶がどうあれ、今ここで隣にいるのが“本物”でしょ?」
その言葉が、思った以上に、深く響いた。
「だからウチは、別にアンタが何者でもいいよ。ただ――」
「……ただ?」
「どっか行くなら、先に言えよな」
クロエは少しだけ目をそらして、それでも強がるように笑った。
その顔に、どうしようもなく心が揺れた。
「ああ……わかった。どこ行くにしても、お前にだけはちゃんと言うよ」
「……へへ、オッケー」
そうしてふたりは、また沈黙の中でドリンクを飲んだ。
音楽は流れてないのに、どこかで確かに、何かが共鳴していた。
霊素に満ちた都市の一角で。
カラオケボックスという奇妙な避難所で。
兵士であることも、異邦人であることも忘れて――
俺たちはただ“若者”として、少しだけ自由を謳歌していた。




