表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/334

第14話 こんな感情、知らなかったはずなのに



さて――と、俺はベッドの上でひとつ大きく息を吐いた。


急にデートの約束なんかしちまったが、正直言って、そんな呑気なことをやってる場合じゃないのも確かだ。

今の俺の立場は雷導兵候補生。訓練スケジュールは分刻みで組まれてて、許可外の外出なんて場合によっちゃ減点対象になる。しかも意識の混濁と記憶のズレをまだ報告していない俺は、正式には“経過観察中”の身だ。


だが。


「……最近ろくに連絡も返してねぇしな」


クロエのあの怒った顔。あの睨み。

別に怒鳴り声を浴びせられたわけでも、泣かれたわけでもないのに、胸のどこかがズキンと痛んだ。


向こうの世界で、誰かにこんな風に心配された記憶なんて――ほとんどない。

バイト、課題、ラーメン屋の仕込み。親父と小言の応酬をして、店が終わったら漫画喫茶で寝て。……そんな生活じゃ恋愛なんて片隅にも置けなかった。


だけど、この世界での俺――ライにはクロエがいる。


だったら、せめて今は――

ちゃんと向き合わねぇとな。



部屋の棚から普段着を引っ張り出す。とはいえ、候補生用の私物なんてたかが知れている。黒の薄手パーカーに、下は戦闘訓練でも着てるパンツをそのまま。裾をまくって、ブーツの中にしまいこむ。胸元のタグには“R-0719”の番号。……これ、外に出ると地味に浮くんだよな。ま、仕方ないか。


髪をざっと整えて、タブレットで現在の区域状態を確認する。

《中環層 第五区:人工庭園エリア》――現在、立ち入り制限なし。

予定通り、そっちでクロエと合流だ。


「……よし」


ドアを開け、静かな寮の廊下へと足を踏み出す。



寮舎――正式名称 《候補生居住第三区》。

外装は金属フレームと灰白の耐震パネルで構成され、構造的には居住施設というより半地下型のシェルターに近い。天井には青白く光る導雷管。雷霊素を直接通すその装置が、夜でもこの通路を明るく照らしている。


廊下を抜けて中庭に出ると、眼前に広がるのは整然と並んだ高層区画。


《リング・アーバン層》――エレクトロニアの中環都市。


光導管を這うように走る吊り下げモノレール《雷鱗ライン》がビル群の間を縫うように高速移動し、時折閃光のような尾を引いて消えていく。

夜の街を照らすのはネオンじゃない。霊素塔から放たれる雷霊光だ。

空に浮かぶマナ分散板が、青白い帯を広げて天井のように広がっていた。


地上ではマナ適合型の自動搬送機が滑るように道路を移動し、各区画へ物資を運ぶ。

その合間を縫って、市民たちが街を歩いている。皆、軍人か研究者か――あるいはその家族だ。こんな軍事都市で恋人と街を歩くってのも、ある意味で貴重かもしれない。


エリアゲートへと向かう途中、俺はふと反対側の空を見上げた。

そこには、中環層からさらに高く聳え立つ上層区画 《スパイア・クラウン》の尖塔が見える。


超高層研究棟群。

そこにはリアナがいる。あの、冷たくて優しくて、俺の記憶を混乱させる教官が。


クロエと約束してなければ――

いや、違う。今はクロエの時間だ。


俺はそっと胸元を押さえる。

さっき、クロエに「忘れてもいいけど、置いてくのはやめなさいよ」と言われた時、なぜか――目頭が熱くなったんだ。


……なんだよ、これ。

こんな感情、知らなかったはずなのに。



エリアゲートに到着すると、そこにはすでにクロエの姿があった。


ジャケットの袖をまくり、手すりにもたれてる。

風になびく長い髪。空気中の雷霊素が淡く光り、彼女の輪郭を照らしていた。

まるで、都市の灯りのなかで一番輝いているのは彼女だと言わんばかりに。


「……来んの、遅くない?」


「いやいや、俺の方が先だったってことで手打ちで」


「……ふーん。ま、許してあげる」


クロエはそう言って、すこしだけ笑った。


都市の光が、二人の影を長く引き伸ばしていく。



「で、どこ行くの?」


クロエがそう問いかけてきたのは、都市中環層・第五区のゲートを抜けて、人工庭園エリアへと続く歩行デッキに差し掛かったときだった。


夜気は思いのほか柔らかく、空気中を流れる雷霊素が微かにきらめいている。クロエの髪がふわりと風に舞い、散った粒子をまとっていた。


「……うーん」


俺は正直、返事に詰まった。


デートに誘ったのは勢いだった。

クロエの機嫌を取らなきゃってのが先で、肝心の「どこへ行くか」なんて、一切考えてなかった。


「何それ。ノープラン? ダサ」


「いや、そう言うなって……」


苦笑いしながら後頭部を掻く。


……だけど、頭の片隅に引っかかってたんだ。

クロエとの日々。どこかでこうして二人で街に出て、何気ない時間を過ごしていた――そんな記憶。


それは“ライ”としての記憶の中だけの話だ。

けれど不思議なことに、俺の脳は、その記憶を“確かに存在したもの”として認識していた。


まるでそれが「雷牙」としての自分よりも、もっと深く刻まれているような。



思い返せば、いつもこんな風に始まっていた。

一日に一度の自由時間。2時間だけ外出許可が下りる。候補生とはいえ、都市の管理区域の一部にはアクセスが認められていて、そこにはレクリエーション施設やカフェ、資料展示館などが点在していた。


「今日は歩こうよ」

「またバイク? たまには歩いて観たいんだけど」

「しょうがないな、クロエさんのご命令ならな」


……確か、そんなやり取りをしていた気がする。


エレクトロニアの中環都市は、“機能美”と“実用性”の両立をコンセプトに設計されている。


街の路面は雷霊素を効率よく循環させる導電素材で構成され、いたるところに霊素拡散塔が立ち並ぶ。それらの塔が青白い光を放ち、都市全体を幻想的に照らしている。高架歩道は多層に分かれ、徒歩とホバーカーが交差することなく移動できる構造だ。


そして、その中心に位置するのが《共鳴プラザ》。


プラザでは霊素の流れを可視化したホログラムアートや、都市に貢献した雷導兵の記録映像が上映されている。

子供たちは光の粒を追いかけ、大人たちはベンチに座ってそれを眺める。

軍都でありながら、この都市には確かに「市民生活」という彩りが存在していた。


その中を、俺とクロエは歩いていた。


手をつなぐことはなかったけど、隣に彼女がいると不思議と心が落ち着いた。

気だるげで口は悪いのに、興味のあるものに近づくと彼女は子供みたいな目をする。

それが可愛くて、ついからかいたくなって、怒られて、でもまた笑って――


「おい、ボーッとしてないで歩きなさいよ、ほら」


「わ、わかってるって!」


俺は現実に引き戻されて、足早にクロエの後を追った。


「思い出してた? 前のこと」


唐突にそう聞かれて、俺はギクリとする。


「……あぁ、まぁな」


「あんたさ、最近ほんと変だったもん。急に連絡よこさなくなったかと思えば、訓練の時もぼーっとしてさ。……記憶、混乱してるんでしょ?」


その言葉に、俺は返す言葉を失った。


図星だった。


そして、きっとクロエはわかってた。俺が“雷牙”と“ライ”、ふたつの狭間で揺れていることを。


「でも、思い出してたってことは……少しは“こっち”を選んでくれてるってことだよね?」


そう言って、クロエはちょっとだけ笑った。


その笑顔を見て、俺は答えを言葉にする代わりに前へ一歩踏み出す。


「共鳴プラザ、行こうぜ。たしか、夜の霊素ショー、あれ、すげー綺麗だったろ?」


「……ふふん、よく覚えてるじゃん」


「まぁな、そーいうとこは記憶力いいんで」


「あっそ。じゃ、忘れないうちに案内しなさいよ、リーダーさん」


「へいへい、承りましたお嬢様」


肩を並べて歩く。その距離は、かつてよりほんの少しだけ近かった気がする。


都市の空は、霊素塔の光に染められて、星すら霞んで見える。

けれど――


その隣で微かに笑う彼女の横顔が、今の俺にとって、何よりも確かな光だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ