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第8話 記憶はノリで戻ってくるタイプだった


挿絵(By みてみん)






チュンチュン――。


小鳥の囀りが聞こえた。


……うん? 小鳥?

おい待て、ここ軍施設だぞ? そんな牧歌的なBGM、今まで一度だって聞いたことなかったぞ?


目を開けると、窓辺に小さな金属製の鳥籠が置かれていた。

陽の光を受けて、ピカピカ反射している。なんだこれ。アンティーク? 飾り物? それとも……スピーカー?


「……ああ、人工か」


そう、たぶんこれは“癒やし効果のある環境音”ってやつだ。

この部屋に移されてから初めて聞いた“まともな音”。

冷たい床、監視カメラ、無言の鉄扉とは大違い。少なくとも、俺の脳みそは「いま、ちょっとだけマシな環境です」と判断したらしい。


だってほら、昨日までは“チカチカ照明”と“低周波バイブ床”に苛まれてたわけで。

そりゃもう、地獄のソーシャルディスタンスルームだったよ!


……とまあ、そんなこんなで、いま俺は“寮”と呼ばれる部屋に転居した。


一見すると、どこにでもあるようなシンプルな個室。

ベッドが一つ、簡易デスクと椅子、あと鳥籠(NEW!)付き。

ただ、窓の外には青空じゃなくて、電子フィルターを通した人工空が広がってるけどな! メルヘンに寄せきれてないあたり、さすが軍施設。期待を裏切らない硬派っぷり。


……しかしまあ、部屋はマシになったとはいえ、俺の頭の中はまだスープが煮詰まりすぎててグツグツ状態だった。


記憶はぐちゃぐちゃ、体は鍛え上がり、元カノそっくりの軍人に監視され、ラーメン屋の夢はどっか行っちゃってる。

「現実って何? 夢ってどこ?」状態だ。


そんなカオスを整理できぬまま、俺は枕元で横になりながら天井を見つめていた。

さっきからずっと同じ点滅をしてる照明を見つめてたら、脳内で「ピカチュウ!」って聞こえた気がした。末期だな。


……その時だった。


「コン、コンッ」


ノック音が鳴った。控えめながら、やたらリズム良く、二回。

緊張感はあるが、どこか躊躇のないリズム。訓練されたノックってやつか?


喉がカラカラで「誰だー!」とか叫ぶ元気もなかった俺は、ベッドの上でゴロンと寝返っただけだった。すると――


「シュウ……」


おっと。ノックからの、自動ドアオープン。はい来た、無許可IN。

これがこの世界の“おはようございます”なのか。厳しめだな。


そして現れたのは――


「おい、ライ、大丈夫か? 顔色ひっでぇぞ!」


いきなりの重低音。

現れたのは、真っ赤な髪を後ろに撫でつけたデカい男。肩幅どんだけあんの。ウチのラーメン屋のカウンターより広いぞ。


「……吐き気は、もう治まったのか? 数日寝込んでいたらしいが」


続いて入ってきたのは、真逆の印象の男。青灰色の髪を流し、静かな声で観察するように俺を見ている。目が鋭い。すごく冷静。そして無感情なようで、わずかに気遣いの香りがする。




…………ん?


……いや、待って

……俺、この二人、知ってる……?



なんか、見覚えがある。めっちゃある。記憶の引き出しを開けてみると――

あった! しかも、ラーメンレシピの隣にファイリングされてた!


この二人、記憶の中の“軍人の俺”の仲間だ!


赤毛のパワー系:レオン・バルガス。雷霊素をぶん投げる豪腕野郎。怒ると空気がビリビリする。

青髪の冷静派:ユリウス・ヴェステル。分析と指揮が得意な戦術オタク。たぶん寝るときもデータ片手に寝てる。


……って、いやいやいやいや。

なんで俺、彼らのプロフィールまで知ってんだよ!?

しかも“俺”って誰!? どの俺!? 大学二年の俺? それとも戦場の俺!?


記憶がまたグラグラ揺れた。頭痛がぶり返してきそうだ。


「……レオン。ユリウス」


気づけば、俺の口から自然とそんな言葉が漏れていた。


二人の男は顔を見合わせると、口元にニヤリと笑みを浮かべた。


「ほらな、言っただろ? ちゃんと覚えてんじゃねーか」


「記憶混乱は一時的なものだったようだな。ま、あれだけ派手に転倒すれば、脳もびっくりするだろうが」


軽口を叩くようでいて、どこか安心したような空気をまとったそのやり取り。

俺はただ茫然と立ち尽くしながら、内心でめちゃくちゃ混乱していた。


え、なに? なんで俺、この二人の名前を知ってんの? ていうか口に出した瞬間、あまりにもしっくり来てたのが怖い。まるで、数年ぶりに再会した幼馴染かってくらいのナチュラル感。

でも俺、名前なんて名札でしか覚えられないタイプだったんだけど!?(学生時代、バイト先の先輩を一年間「すいません先輩」で通してた実績アリ)


部屋の中を見渡すと、それまで異物感の塊だった雑多な風景が、妙に馴染んで見えるから不思議だった。

机の上に置かれた使い古しのマグカップ。

壁に立てかけられた訓練用の模擬剣。

足元に転がったボロ靴。


……昨日までなら「うわ、雑ッ! 部屋の片付けどうなってんの!?」とツッコミ入れてたところだけど、今日はなぜか「うん、俺の生活空間ってこんな感じだったかも」とか思っちゃってる。


なんだこれ、急に脳が馴染んできてる。記憶って、こんなフワッと戻るもんなの?


そのときレオンが俺の肩を軽くポン、と叩いてきた。

……うん、重い。分厚い。ガッチリした手のひら。

この感触にも、なぜか“懐かしさ”すら覚えてしまった。おい俺、どうした。


「本当に大丈夫か? またぶっ倒れて泡吹いたら、ユリウスの冷やし水責めが待ってるからな」


「おい、勝手に脅すな」


ユリウスが眉ひとつ動かさずに突っ込み、そして俺に向き直った。


「表情が曇っているな。……君らしくない」


……君らしくない、ってお前。

俺の“らしさ”って、どの時空基準? 日本の大学ラーメン男? それともこっちの軍属?

いったいどっちが“本物”なんだ?


でも、否定できなかった。

なぜなら胸の奥が、はっきりと確信していたからだ。

――こいつら、俺の仲間だった。記憶の奥底で、確かに一緒にいた。

一緒に訓練して、笑って、怒鳴り合って……そんな日々が、確かに存在したような気がしていた。


窓の外からは、かすかに訓練場の喧騒が聞こえてくる。

掛け声、踏みしめる足音、武器のぶつかる音――全部が、この場所の日常。

その雑音すら、今の俺には“日常のBGM”に聞こえた。


……なんだよこれ。

日本の大学の講義、父ちゃんのラーメン屋、夜な夜なスープを仕込んでた日々。

それらが遠い夢みたいに感じてしまっている。

まるで、こっちの世界こそが本物で、前の人生が“プロローグ”だったかのように。


「……今、何か思い出したか?」


ユリウスが少しだけ声を落として問いかける。

俺は首を振る。


「いや、全部がまだバラバラで……整理が追いつかない。だけど、ここが……すごく馴染んでる気がして……」


「それで十分だ」


レオンが唐突に笑った。いい笑顔だが、やたらとガタイがいいせいで全然和む気がしない。


「とにかくな、何がどうなってようと、俺らは仲間だ。記憶があろうがなかろうが、今ここにいるお前は、お前だ」


……なんかいいこと言ってるっぽいけど、全然頭に入ってこない……


「で、腹減ってるだろ?」


そう言ってレオンが渡してきたのは、焦げ気味のパン。

色合い的に“これは失敗作だな”って分かるやつ。表面ザクザク、中しっとり未遂。


でも俺は、思わずそれを受け取ってしまった。

そして、なんのためらいもなく口に入れた。


「……うん。……なんか、悪くない」


味は、ちょっと炭。ちょっと粉。だけど、なぜか懐かしい。


「不思議だな」


思わず呟いた言葉に、ユリウスがまた眉をひそめた。


「何が?」


「いや……うん、なんでもない」


焼き焦げパンを飲み込みながら、俺は確信していた。


この世界での自分――

雷導候補生としての俺。

それが、もしかすると“もう一つの本当の俺”なのかもしれないってことを。


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