第8話 記憶はノリで戻ってくるタイプだった
◇
チュンチュン――。
小鳥の囀りが聞こえた。
……うん? 小鳥?
おい待て、ここ軍施設だぞ? そんな牧歌的なBGM、今まで一度だって聞いたことなかったぞ?
目を開けると、窓辺に小さな金属製の鳥籠が置かれていた。
陽の光を受けて、ピカピカ反射している。なんだこれ。アンティーク? 飾り物? それとも……スピーカー?
「……ああ、人工か」
そう、たぶんこれは“癒やし効果のある環境音”ってやつだ。
この部屋に移されてから初めて聞いた“まともな音”。
冷たい床、監視カメラ、無言の鉄扉とは大違い。少なくとも、俺の脳みそは「いま、ちょっとだけマシな環境です」と判断したらしい。
だってほら、昨日までは“チカチカ照明”と“低周波バイブ床”に苛まれてたわけで。
そりゃもう、地獄のソーシャルディスタンスルームだったよ!
……とまあ、そんなこんなで、いま俺は“寮”と呼ばれる部屋に転居した。
一見すると、どこにでもあるようなシンプルな個室。
ベッドが一つ、簡易デスクと椅子、あと鳥籠(NEW!)付き。
ただ、窓の外には青空じゃなくて、電子フィルターを通した人工空が広がってるけどな! メルヘンに寄せきれてないあたり、さすが軍施設。期待を裏切らない硬派っぷり。
……しかしまあ、部屋はマシになったとはいえ、俺の頭の中はまだスープが煮詰まりすぎててグツグツ状態だった。
記憶はぐちゃぐちゃ、体は鍛え上がり、元カノそっくりの軍人に監視され、ラーメン屋の夢はどっか行っちゃってる。
「現実って何? 夢ってどこ?」状態だ。
そんなカオスを整理できぬまま、俺は枕元で横になりながら天井を見つめていた。
さっきからずっと同じ点滅をしてる照明を見つめてたら、脳内で「ピカチュウ!」って聞こえた気がした。末期だな。
……その時だった。
「コン、コンッ」
ノック音が鳴った。控えめながら、やたらリズム良く、二回。
緊張感はあるが、どこか躊躇のないリズム。訓練されたノックってやつか?
喉がカラカラで「誰だー!」とか叫ぶ元気もなかった俺は、ベッドの上でゴロンと寝返っただけだった。すると――
「シュウ……」
おっと。ノックからの、自動ドアオープン。はい来た、無許可IN。
これがこの世界の“おはようございます”なのか。厳しめだな。
そして現れたのは――
「おい、ライ、大丈夫か? 顔色ひっでぇぞ!」
いきなりの重低音。
現れたのは、真っ赤な髪を後ろに撫でつけたデカい男。肩幅どんだけあんの。ウチのラーメン屋のカウンターより広いぞ。
「……吐き気は、もう治まったのか? 数日寝込んでいたらしいが」
続いて入ってきたのは、真逆の印象の男。青灰色の髪を流し、静かな声で観察するように俺を見ている。目が鋭い。すごく冷静。そして無感情なようで、わずかに気遣いの香りがする。
…………ん?
……いや、待って
……俺、この二人、知ってる……?
なんか、見覚えがある。めっちゃある。記憶の引き出しを開けてみると――
あった! しかも、ラーメンレシピの隣にファイリングされてた!
この二人、記憶の中の“軍人の俺”の仲間だ!
赤毛のパワー系:レオン・バルガス。雷霊素をぶん投げる豪腕野郎。怒ると空気がビリビリする。
青髪の冷静派:ユリウス・ヴェステル。分析と指揮が得意な戦術オタク。たぶん寝るときもデータ片手に寝てる。
……って、いやいやいやいや。
なんで俺、彼らのプロフィールまで知ってんだよ!?
しかも“俺”って誰!? どの俺!? 大学二年の俺? それとも戦場の俺!?
記憶がまたグラグラ揺れた。頭痛がぶり返してきそうだ。
「……レオン。ユリウス」
気づけば、俺の口から自然とそんな言葉が漏れていた。
二人の男は顔を見合わせると、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「ほらな、言っただろ? ちゃんと覚えてんじゃねーか」
「記憶混乱は一時的なものだったようだな。ま、あれだけ派手に転倒すれば、脳もびっくりするだろうが」
軽口を叩くようでいて、どこか安心したような空気をまとったそのやり取り。
俺はただ茫然と立ち尽くしながら、内心でめちゃくちゃ混乱していた。
え、なに? なんで俺、この二人の名前を知ってんの? ていうか口に出した瞬間、あまりにもしっくり来てたのが怖い。まるで、数年ぶりに再会した幼馴染かってくらいのナチュラル感。
でも俺、名前なんて名札でしか覚えられないタイプだったんだけど!?(学生時代、バイト先の先輩を一年間「すいません先輩」で通してた実績アリ)
部屋の中を見渡すと、それまで異物感の塊だった雑多な風景が、妙に馴染んで見えるから不思議だった。
机の上に置かれた使い古しのマグカップ。
壁に立てかけられた訓練用の模擬剣。
足元に転がったボロ靴。
……昨日までなら「うわ、雑ッ! 部屋の片付けどうなってんの!?」とツッコミ入れてたところだけど、今日はなぜか「うん、俺の生活空間ってこんな感じだったかも」とか思っちゃってる。
なんだこれ、急に脳が馴染んできてる。記憶って、こんなフワッと戻るもんなの?
そのときレオンが俺の肩を軽くポン、と叩いてきた。
……うん、重い。分厚い。ガッチリした手のひら。
この感触にも、なぜか“懐かしさ”すら覚えてしまった。おい俺、どうした。
「本当に大丈夫か? またぶっ倒れて泡吹いたら、ユリウスの冷やし水責めが待ってるからな」
「おい、勝手に脅すな」
ユリウスが眉ひとつ動かさずに突っ込み、そして俺に向き直った。
「表情が曇っているな。……君らしくない」
……君らしくない、ってお前。
俺の“らしさ”って、どの時空基準? 日本の大学ラーメン男? それともこっちの軍属?
いったいどっちが“本物”なんだ?
でも、否定できなかった。
なぜなら胸の奥が、はっきりと確信していたからだ。
――こいつら、俺の仲間だった。記憶の奥底で、確かに一緒にいた。
一緒に訓練して、笑って、怒鳴り合って……そんな日々が、確かに存在したような気がしていた。
窓の外からは、かすかに訓練場の喧騒が聞こえてくる。
掛け声、踏みしめる足音、武器のぶつかる音――全部が、この場所の日常。
その雑音すら、今の俺には“日常のBGM”に聞こえた。
……なんだよこれ。
日本の大学の講義、父ちゃんのラーメン屋、夜な夜なスープを仕込んでた日々。
それらが遠い夢みたいに感じてしまっている。
まるで、こっちの世界こそが本物で、前の人生が“プロローグ”だったかのように。
「……今、何か思い出したか?」
ユリウスが少しだけ声を落として問いかける。
俺は首を振る。
「いや、全部がまだバラバラで……整理が追いつかない。だけど、ここが……すごく馴染んでる気がして……」
「それで十分だ」
レオンが唐突に笑った。いい笑顔だが、やたらとガタイがいいせいで全然和む気がしない。
「とにかくな、何がどうなってようと、俺らは仲間だ。記憶があろうがなかろうが、今ここにいるお前は、お前だ」
……なんかいいこと言ってるっぽいけど、全然頭に入ってこない……
「で、腹減ってるだろ?」
そう言ってレオンが渡してきたのは、焦げ気味のパン。
色合い的に“これは失敗作だな”って分かるやつ。表面ザクザク、中しっとり未遂。
でも俺は、思わずそれを受け取ってしまった。
そして、なんのためらいもなく口に入れた。
「……うん。……なんか、悪くない」
味は、ちょっと炭。ちょっと粉。だけど、なぜか懐かしい。
「不思議だな」
思わず呟いた言葉に、ユリウスがまた眉をひそめた。
「何が?」
「いや……うん、なんでもない」
焼き焦げパンを飲み込みながら、俺は確信していた。
この世界での自分――
雷導候補生としての俺。
それが、もしかすると“もう一つの本当の俺”なのかもしれないってことを。




