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第5話 ラーメン屋志望、いざ兵士コスプレ



翌朝――といっても、この隔離室に朝も夜もあるのかは怪しい。ただ、天井の照明がいつもより明るく光り、低く響いていた共鳴音が一段落ち着いたように聞こえた。おそらくそれが「朝」の合図なのだろう。


重苦しい扉が再び開いた。

現れたのは、無機質な制服を着た数人の男たち。胸に刻まれた紋章と手に構えた銃の大きさからして、ただの従業員ではない。徹底した無表情、規律正しい動作――どう見ても軍の警備兵だった。

彼らを従えて、リアナが入ってくる。


「出るわよ」


そう短く言い放つと、俺に何かを投げ渡してきた。


受け取った瞬間、心臓が嫌な鼓動を刻んだ。

それは見覚えのある服だった。黒を基調にした厚手のジャケット、膝まで覆うブーツ、胸元には銀色のエンブレム。

俺の頭の中に、また別の記憶が呼び覚まされる。訓練場で汗を流す兵士たち、整列した黒い背中。あれは……雷導兵の制服だ。しかも下級兵士用。


リアナが淡々と続ける。


「これに着替えろ。外に出る許可が下りた。もっとも、自由を得たわけではない。訓練のための外出だ」


俺はしばらく服を見つめていた。

ラーメン屋の白衣でも、アルバイト先のエプロンでもない。

それは兵士の装備一式。俺が本来なら関わるはずのなかった人生の象徴だった。


警備兵たちの視線が突き刺さる中、俺は渋々袖を通す。サイズはぴたりと合っていた。まるで最初から俺専用に用意されていたように。胸元のエンブレムは重く、妙に現実感を強調していた。


リアナは俺を一瞥し、短く頷いた。


「……似合っている」


褒め言葉かどうかもわからない、冷たい声音だった。


こうして俺はラーメン屋志望から一転、軍服をまとった「雷導兵候補生」として、隔離室を出ることになった。



廊下は長く、ひたすら無機質だった。

壁には導管のような金属パイプが縦横に走り、淡い青の光を断続的に放っている。歩くたびに床がわずかに振動し、地下を流れるマナ炉の鼓動を思わせた。

足音は吸い込まれるように小さく響き、ただ銃を構えた警備兵の規則的な歩調だけが一定のリズムを刻んでいる。


やがて廊下は大きな分岐へと開け、硝子張りの窓が現れた。

その向こうには――街が広がっていた。


息を呑んだ。

記憶の奥底にあった“この目で見たことのないはずの景色”が、そこにあったからだ。


巨大な尖塔が空を貫いていた。雲を突き破り、その先端は光を反射して煌めいている。塔から放たれる青白い光の帯が大気を切り裂き、都市全体を覆うように弧を描いていた。

都市の中心から放射状に広がる街路は光の導管で縁取られ、まるで大地そのものが発光しているようだった。建物は石造りと金属構造が混じり合い、荘厳さと機械的な冷たさを同時に湛えていた。


街路には多くの人々が行き交っていた。制服姿の軍人、市場で荷を担ぐ商人、マナ灯を手に笑う子供たち。だがそのすべてを監視するかのように、空には飛行艇が浮かんでいた。翼の代わりに青い光を尾に引きながら、静かに巡回している。


――機械都市エレクトロニア。

俺の頭の奥から、その名が自然と浮かんだ。初めて見る景色なのに、懐かしささえ覚える。記憶がまた混ざり、頭がくらくらした。


俺は窓に手をつき、息を吐いた。


「……すげえな。これが俺の、いや、この世界の現実か」


リアナが隣に立ち、冷たい声で告げた。


「見惚れている場合ではない。君が歩む場所は街路ではなく、訓練場だ」


そう言って彼女は再び歩き出す。

俺は渋々窓から目を離し、列の最後尾に続いた。



廊下はさらに続き、やがて高いアーチを描く大扉の前にたどり着いた。

扉の表面には、翼を広げた鳥と星を抱く紋章が刻まれている。それは帝国の象徴であり、雷導兵を意味する紋章でもあった。


リアナが手をかざすと、扉は低い唸りを上げて開いた。

眩い光が差し込み、広大な空間が現れる。


――そこが、訓練場だった。


砂地が広がり、いくつもの演習用施設が配置されている。障害物コース、射撃場、模擬市街区。中央には共鳴塔と呼ばれる高い装置が立ち、空へ向けて青白い光を放っていた。

数十人の候補生が整列し、号令に従って動いている。彼らの動きは揃い、規律に満ちていた。


その光景を見た瞬間、また頭の奥がざわついた。

訓練場に立つ自分の姿。銃を握り、仲間と声を合わせて叫ぶ記憶。

現実と記憶が重なり合い、足が震えた。


リアナが振り返る。


「ここが君の立つ場所だ。自覚を持て」


俺は返事をしなかった。ただ喉の奥が乾き、息が苦しかった。

俺はラーメン屋を継ぐはずだった。鍋を振り、湯気に包まれる日々を送るはずだった。

けれど今、俺は軍服をまとい、銃を手にしようとしている。


窓から見た壮大な都市の景色も、この訓練場の冷たさも、どちらも確かに俺の現実だった。

それをどう受け入れるべきか、まだ答えは見つからなかった。


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