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第4話 俺の頭は二つのスープで煮込まれている



整理が……つかない。いや、整理するヒマすらない。

てか、整理ってなに? おいしいの? スープに合う?


そんな混乱を抱えたまま、俺の“幽閉ライフ”は華々しく始まった。

場所は、例の監禁部屋。名前はカッコつけて「隔離室」とか言うけど、実態は「孤独育成型メンタル破壊ブース」である。しかも窓はゼロ! 空は見えない! 太陽も月もナッシング!


頼りになるのは天井の青白いLED照明くん。

これが周期的にピカッ……ピカッ……と明滅するわけだが、たぶん“昼夜の代用”ってことなんだろう。だが俺にとっては、ただの「精神衛生ぶっ壊し装置」だった。地味に不快なのが逆にタチ悪い。


そんな不気味照明の下、俺は時間の感覚を失いかけていた。

体感では二日? 三日? いや一週間? もはや昨日と今日の区別が怪しい。ラーメンで例えると、「スープが濁って何の味かもうわからん」状態。


でも、確実に言えることがひとつある。


頭がずーっとフル稼働。オーバーヒート寸前。


何がって、記憶だよ。もう、ぐっちゃぐちゃ。

大学のキャンパスで友達と「単位って味噌ラーメン並みに取りづらいよな~」とか語ってたはずが、次の瞬間には軍隊の訓練メニューを正確に暗唱してる俺がいる。


……おい、誰だよ。俺の頭に帝国軍のしおり入れたやつ。ラーメンのレシピの隣に「対魔獣陣形パターン集」置かないで!


で、極めつけは――

実家のラーメン屋で、親父と一緒に寸胴かき混ぜてたあったかい記憶に浸ってたと思ったら、不意に耳元で「バンッ!」って銃声が鳴る。

気がつけば戦場で、なぜか俺は血まみれの剣を握っているという……。


いやいやいやいや!!

記憶がダブルブッキングしてるってば!


そりゃ体もおかしくなるわ。

気づけば、胃の奥からこみ上げる吐き気。視界はグラングラン。

ラーメンのスープの香りを思い出そうとするだけで、なぜか鉄錆の臭いが鼻を突く。どんな地獄コラボだよ。


俺の中には、二人の“俺”が同居していた。

ひとりは、のほほん大学生 with 夢いっぱいラーメンライフ。

もうひとりは、帝国の兵士として魔獣とガチバトルする雷霊素対応型アサルトヒューマン。


……うん、どっちも“ラ”しか共通点がねぇ!


昼か夜かわからぬ世界で、俺は時折うめきながら床をのたうち回っていた。

寝ようとしても、目を閉じるとどっちかの記憶が強制再生される。


「今日はラーメン……スープは鶏ガラと煮干しで――」

(バンバンバン! 魔獣接近! 戦闘準備!)

「や、やめてくれ……今チャーシュー煮てるところなんだぁあ!」


額には冷や汗。

体は熱いのに、気分は氷点下。胃はローラーコースター状態で、二日くらいまともに寝られなかった。


だが、時間とは偉大なもの。三日目あたりから、ようやく混乱が少しずつ落ち着いてきた。

記憶の洪水は、なんというか、冷めたスープのごとくぬるくなっていった。


「あれ……いまの俺、どっちの記憶だ? ラーメンの麺茹でタイマー? それとも爆破処理カウント?」


そんな風に、脳内がちょっとしたクイズ大会になる程度には整理ができてきた。

相変わらず、目を閉じれば“大学の自分”と“兵士の自分”が交互に出てくるけど、少なくとも“トイレで吐く”というハードモードは回避できるようになった。


要するに、俺の中の“二重スープ”は、ようやく乳化し始めたのだ。

……おお、ラーメン的にはちょっと嬉しい。


だがそのときの俺はまだ知らなかった。

この記憶のチャンポンは、まだ前菜にすぎなかったことを――。

この先、もっととんでもない“謎の味変”が俺を待っているということを……!





――七日目。



隔離室生活、ついに一週間突破である。

祝いたいけどケーキはない。てか、砂糖すら出ない。主食は“疑心と孤独”です、どうも神谷雷牙です。


俺はその日も、いつものように床に座り込み、背中を冷たい壁に預けていた。

天井の光がまたしても「チカッ……チカッ……」と点滅し、謎の低周波バイブが床から伝わってくる。


いやこれ、絶対マッサージじゃないからね? 精神的にジワジワ削ってくるタイプのヤバいやつだからね?


でも、そんな日々にも慣れて(慣れたくない)、暇すぎて最近は壁のひび割れでパズルやってた。

「これはドラゴンの横顔に見える……うん、見えないな」とか言いながら。

あれ? 俺、もしかしてちょっと頭おかしくなってきてる?


そんなタイミングだった。

「ギィィ……」という金属音。いつもの扉が、ゆっくりと、地獄の門みたいに開いていった。


現れたのは――やっぱり、あの人だった。


リアナ・ヴェイル。

茜色の髪は今日もサラッサラ。

灰色の瞳は、気温が5度下がるレベルの冷たさ。

完璧に着こなした軍服は、まるで「お前、服まで性格カッチカチだな」とツッコミたくなるほどの堅物スタイル。


「調子はどうだ?」


第一声、それかよ! って感じだった。


いやいや、普通「大丈夫だった?」とか「寂しくなかった?」とか、せめて「おにぎり持ってきたよ♡」とか言うもんじゃない? 俺、監禁されてんだよ? もしくは、ラーメン差し入れてくれよ、マジで。


でもその一言に、なぜか心が揺れた。

だってこの人、やっぱりどこか“理亜奈”に似てるんだよな。高校時代に付き合ってた彼女。あの、ちょっと気が強くて、すぐプリンの取り合いでケンカになってた人。


そんな彼女に似た顔で「調子はどうだ?」とか聞かれたら、そりゃグラつくっつーの。


俺の中で怒り、疑問、不安、全部の感情がミキサーにかけられてグルングルンしてた。


聞きたいことは山ほどあった。


「なぜ俺はここに?」

「なんで記憶が二重スープ?」

「お前、白石理亜奈の双子なの?」

「あと、ここにWi-Fi飛んでないの?」


……そんな怒涛の質問を投げつけるチャンスだった。だったのに――


俺の口から出た言葉は、あまりにもシンプルだった。


「……今すぐに、ここから出してくれ」


めっちゃ必死だった。自分でもビビるくらいのトーンで、清々しいくらいに情けない。


リアナ(仮)はしばらく黙って俺を見ていた。

あの冷たい瞳で、じーっと。なんか、脳の深部までスキャンされてる気分だった。

マナスキャンですか? 脳内検索ですか? プライバシーとは。


そして数秒後、彼女は息をつくように、こう言った。




「……焦るな。時期にその時は来る」


なにそのRPGの賢者みたいなセリフ。

でも、声のトーンはほんの少しだけ――そう、ほんのちょっとだけ柔らかかった気がする。


俺は口を閉じて、視線を落とした。

無力感ってこういうことを言うんだな、と思った。

かつては寸胴鍋の中でスープの濁りを見抜く職人の卵だった俺が、今じゃ実験用のカップ麺扱いですよ。ええ。


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