第1話 共鳴する都市、眠る記憶
かつてこの世界に、〈死〉という概念は明確だった。
肉体が壊れ、意識が絶え、魂がどこかへ去っていく──誰もがそう信じていた。
だが時代は変わった。
霊素が「情報の場」であると証明された日、死はただの“移動”になったのだ。
エレトゥス大陸中央、雷導連合国の中枢に位置する機械都市 《エレクトロニア》。
星の神経網とも呼ばれる地脈上に築かれたこの都市は、空に向かって幾層もの塔を伸ばし、地下には幾億の回路と導管を抱えていた。
この街の中心には、雷霊素を制御・変換する巨大施設 《雷導塔》がある。
雷霊素──それは霊素の中でももっとも純粋で、もっとも過激な情報素。
ここではそれが都市全体に流れ、光となり、熱となり、そして──兵器となる。
都市は決して眠らない。
夜になっても、光の導管が青く脈打ち、空には衛星型ドローンが交差する。
路面を走る吊り下げ式の軌道車両、空を切る警戒艇の飛行音、そして遠くから響く、基準共鳴周波の“都市の心音”。
エレクトロニアは、まるで生き物だった。
その心臓部、雷導兵士育成施設 《中央雷導局(CRC)》の地下、
霊素再生室の中で、彼は目を覚ました。
思考が水中を漂うように重い。
視界は霞んでいたが、青白い光と微かな機械音が網膜に滲む。
体が重い。自分の身体ではないような違和感。
しかし確かに感じる。
皮膚の下を流れる“何か”。
雷のように微かに痺れ、けれど確実に、彼の内側を満たしていた。
「──意識安定。霊素反応、基準値クリア」
冷静な声が響く。技術局の記録官だ。
視界の端に、黒いスーツを着た数人の影が立っていた。
中のひとり、長身の女教官が彼に歩み寄る。
「おはよう。雷導兵適合体、コード:イレギュラー・セブンス」
リアナ・ヴェイル。雷導局の戦術教官にして、“共鳴兵”訓練の第一人者。
彼女の瞳は無機質で、それでもどこかに期待の色が滲んでいた。
「あなたはちょっと特別なの。正規の記憶ではなく、どこか“外側”の記憶を持っている。私たちの世界では見たことのない……記憶連結パターン」
その言葉に、彼の心臓が反応する。
胸の奥、雷霊素が“共鳴”するように震えた。
その記憶──大学の講義室、雨の日の喫茶店、見知らぬ街並み。
この世界に存在しない風景が、次々と脳裏をかすめた。
ここはどこだ?
なぜ、自分は生きている?
なぜ、こんな身体で?
「答えは……たぶん、これから見つけることになる」
リアナが言った。
「あなたは《イレギュラー》。雷導兵計画の“誤差”であり、“進化”の兆し」
地下の霊素流は絶えず唸り、
都市の雷霊素は今日も静かに都市全体へと脈打っていく。
その流れの中に、彼の存在が滑り込んだ。
記憶の誤作動。意識の逆流。
本来ありえない存在。
それが、彼。
《記録開始──適合体No.07、共鳴周波数:非既知領域。初期セッション──完了》
彼が初めて立ち上がったとき、都市の基準共鳴塔が微かに“ズレた”。
基準振動数0.00001ポイントの微細な偏移。
それは都市の心臓が「異物」の存在を認識した証だった。
だが、誰もまだ気づいていない。
この都市の未来が、今、静かに変わり始めたことに。




